第六話
少女は、自分自身の頭に浮かんだ言葉にはっとなった。
自分『達』。
確かに今、自分は心の中でそう呟いた。それはつまり……
つまり自分は、一人ではなく、仲間達と一緒に『殺し屋』をしている、という事なのか?
そうだとしたら、今その『仲間』達は何処にいるのだろう? 自分が記憶を無くしているという事を彼女達は……
「……彼女」
少女はもう一度、小さく呟く。
『彼女』。
はっきりと今、自分はそう呟いたし、頭の中で思い浮かべもした。つまりは自分の仲間、何人いるのかは思い出せないが、そいつらは女性という事だろう。
そいつらともし……
もし、出会ったら? どうすれば良い? 解らない。そもそも……
そもそも、そいつらが今どこで何をしているのか全く解らないのだ。
少女はまたしてもこめかみを押さえた、針で刺すような痛みがまた再び襲って来る。もう少しで……
もう少しで、何かを思い出せそうな気がする。だが……頭の中に靄がかかったような感覚が邪魔をして思い出す事が出来ない。
仕方ない。あまりうろつき廻るのは得策では無いけれど、とにかく場所を移動しよう。
少女はそう思って、ベンチから立ち上がる。思えばここが何処なのかすら自分には思い出せない。あちこちの標識や看板、それにさっきの騒動で出会った街の住民達から察するにここは日本だという事は解るが、日本の何という街なのか、どの辺りにあるのか、そしてここは街のどの辺りなのかも何も解らないのだ。
それに……今が一体何月何日なのかも解らないし、時間だって解らない。
その辺りから探すのが先決だろう。今はとにかく情報が欲しい。
少女は頷くと、ゆっくりとした足取りで公園の外に向かって歩き出す。
広い道路を歩き、やはり防犯カメラに写らないように注意しながら進む。
やがて到着したのは通りへの交差点だ。コンビニがすぐ目の前にある。少女はやはり緩やかな足取りで店内に入ると、新聞が置かれたコーナーへと向かい、そのうちの一部を手に取る。
ばさ、と広げると一面に大きな記事があった。なんだかこの記事が自分に関わりがあると思った少女は、無言で文面を目で追った。次期総理、とも言われた大物政治家が殺害されてしまったらしい。名前は……
「常磐重造」
口に出して呟く。
呟いてみればその名前が、何度か口にした事があると気づいた。
それは……
それはつまり……
この常磐重造という男を殺したのは……?
記事に大写しになっている写真を見る。スーツに四角い眼鏡の、真面目そうな三十代半ばくらいの男が写っている。写真の顔は引き締まって、何処か冷淡な雰囲気を感じさせるが、その目の奥には穏やかな雰囲気も垣間見える。クリーンな政治家で国民の為になる法案をいくつも提案し、実際に可決されたものもあるらしい。彼が総理なればきっとこの国は良くなるはずだったのに……そんな風に書かれていた。だがそうなる前に彼は殺されてしまった。しかも殺され方が尋常では無かったらしい。
少女は記事の続きを読む。
遺体は、何か鎖のような物で全身を絞められたような跡があったらしい。
さらに遺体は自宅の二階から鎖で吊り下げられていたらしい。相当な怪力の人間が鎖で全身を絞め付け、そのまま窓から吊るしたという事だろう。しかも相手はこれらの事を誰にも見つかる事なくやってのけた。つまり……
「『プロ』の仕業ね」
少女は呟く。記事でもそのように纏められていた。相当な訓練を積んだ軍人かテロリストでは無いか、そういう事が書かれている。この国は平和な国だ、戦争だとかテロだとかも無い、だからこそこの記事を書いた人間は。
否。
この国の誰も知らないのだろう。
『表』の平和な世界の『裏』で……
様々な技術や武器を駆使して人を殺す……
『殺し屋』の存在を。
少女は目を閉じる。
思い出した。
この男……常磐重造を殺したのは自分と仲間達だ。そしてこの男と一緒に……
少女は記事を見る。
記事の端の方、常磐重造がどういう人物で、これまでどんな人生を歩んできたか、そしてどんな法律を作り、どんな政治家だったのか、彼が総理になっていた場合この国はどうなったのか、そんな事が長々と綴られていた。そしてその後に僅かに書かれていた一文。
同日、恐らくは常磐重造を庇ったのだろう、という言葉と共に、現場でもう一人の男が殺された、という事が書かれている。殺されたのは……
「天羽慶吾」
そう書かれている。どうやら常磐重造のSPだったらしいこの男は、背後から鋭利な刃物で首を斬られたそうだ。遺体の首だけが重造の部屋の中に置かれていたことから、恐らく犯人は天羽慶吾を殺害した後、慶吾の首だけを斬り落とし、首を常磐重造の眼前に突きつけるか、投げ捨てるかしたのだろう、という事だった。つまりは犯人は複数犯という事だ。
少女の頭に突き刺さるような痛みがまた走る。
そうだ。覚えている。
いいや。思い出したと言う方が正しいだろう。自分が……
自分がこの男……天羽慶吾の首を切り落とし、あの常磐重造の……目の前に……
「くっ……うう……」
少女は呻く。声は抑えたつもりだったが、その呻き声が聞こえたのだろう、レジにいた店員が不審な顔でこちらを見ていた。少女は慌てて新聞を棚に戻し、ふらふらしながら店を出た。




