第七話
酷く頭が痛む。
少女はふらふらとした足取りでコンビニを出ると、そのまま大通りへと向かって歩き出す。行く当てなどは無いが、とにかく考える時間が欲しかった。
そう。
思い出せ。
自分は……あの時……
あの時。
天羽慶吾の首を、切り落とした。自分は。
自分は、『殺し屋』だ。仕事は完璧にこなす『プロ』。
今回も同じだ。これまでに何度も世界の色々な国でこなしてきた『仕事』と同じ、相手を始末するだけだ。一国の政治家などという大物を殺すというのは随分と久しぶりの大きな仕事だった。報酬の額も大きく、久々の良い仕事に思わず少女の口元には笑みが浮かんでいた。
そして決行の日の夜。
少女と仲間達は、相手の政治家の屋敷の前に佇んでいた。
ぼおんっ!!
轟音と共に、政治家の屋敷入り口近くに停められていた車が爆発する。仲間の一人が仕掛けた爆弾が、同じく仲間が用意していた車の中で爆発した音だ。ごうごうと炎が上がり、黒煙が宵闇の中でもはっきりと見えた。燃え上がる炎に、すぐにばんっ、と音がして屋敷の扉が開き、黒いスーツを着たがたいの良い男達が飛び出して来る。いずれもこの屋敷の主、つまりは常磐重造を守る為のSPというところだろう。全員……とまではいかないだろうが、屋敷の中にいたSP達の一部でも外に出てきてくれれば『仕事』がやりやすくなる。少女はそのまま足音を忍ばせて庭の暗がりを走る。その後に仲間達が続く。燃えさかる炎の音、騒ぎ立てるSPや近隣の住民達、その声に紛れて自分達の動く足音は聞こえないだろう。もちろん自分達に気づく者はいないだろう。そのまま屋敷の中に入り込む。
「まずはターゲットを探すわ」
「りょうかーい」
返事をしたのは一人だけだったけれど、そのまま少女は仲間達と別れて走り出す。
やがて少女は近くの部屋の扉の前に立つ。恐らくこの中にいるのは……
ぎぃ、と扉を開ける。
そこに立っていたのは……銃を構える一人の男。どうやらSPらしい。
「ハズレか」
少女は呟く。襲撃犯の存在には恐らく気づいているだろう。ならばきっと、敢えてSPの部屋の何処かに身を潜め、襲撃犯から隠れて逃げ出す。そういう事をするかと思ったのだが……
或いは、何処か別の部屋に……
「あの人は……」
男が言う。
少女の心を読んだように。
「自分の為に部下が犠牲になる間、一人で逃げ出すような人じゃない、我々みたいなSPにも本当に……」
男は目を閉じた。
「家族のように、接してくれたんだ」
「……それは立派ね」
少女は告げる。
家族。
その言葉が、少女は一番嫌いだった。自分は『家族』などというものは、もう随分と大昔に失ってしまった。もう二度と……手に入れる事は出来ないだろう。それを簡単に口に出来るこの男に対して少女は、ざわり、と胸の中に殺意がわき上がるのを感じた。
「あの人は、家族がいないからね、だからこそ我々のような者でも……」
どうでも良い事だ。少女はだっ、と床を蹴って男に迫る。その手には既に愛用の刀が握られている。
「……刀」
少女は小さく呟く。
じっと自分の右手を見る。白くて小さい手。だけどその手の中にははっきりとした剣の柄の感触が残っている。そしてこれで……
これで、自分は……
さく、と。
思ったよりも軽やかな感触。それと同時に……そのまま刃をスライドさせた。
ぶしゅうう、と赤黒い血が噴き出す。そのまま男の身体がどう、ど床の上に倒れた。離れた位置に、ぼん、と何か丸い物が転がる。少女は黙ってその転がった『もの』。
つまりは……倒れた男の首を見る。
微かに笑いながら、ゆっくりとそちらに近づいて行く。
屋敷の中の騒ぎは、既に鎮まりかけていた。
既にSPの大半は殺されたのだろう。『依頼』と関係の無い人間は殺すな、とは言ってあるが、仲間達は最近では言う事を聞かない事も多くなってきた。『殺し屋』としての自分のあり方について、疑問を抱いている者が仲間達の中にいる事を、少女も十分に肌で感じ取っていた。だが……『仕事』は完璧にこなしてくれる。
正直、仲間達が今何を考え、何故自分に付き従ってくれているのか……
それは、今は少女自身にも解らなかった。だが……
今の彼女達は、『仕事』をこなす上では必要不可欠の人材だ。
それで十分だ。
思いながら少女はゆっくりと……
ゆっくりと、仲間の一人が向かった部屋に向かって歩き出す。




