第十二話
ミカエルは無言で少女の顔を見る。
少女はどこか……悲しそうな表情でミカエルを見ていた。
「久しぶり、そういうくらいには時間が過ぎたかな?」
少女は寂しげに言いながら、ゆっくりとした足取りで部屋を歩き、ベッドに悠然と腰を下ろす。
「そうね、生憎とあれからどれくらいすぎたのか、私には解らないけど」
ミカエルは悲しげに言い、ベッド横の椅子に腰を下ろした。
「……隊長」
少女がじっとミカエルの顔を見る。
「隊長なんて、呼ばないで頂戴」
ミカエルは言う。
頭の痛みが、また襲って来る。だけど……
少女の顔を見ていると、その痛みも徐々に引いていく。そう、彼女は間違いなく自分の仲間の一人である『殺し屋』。彼女はいつも自分の事を……
「お姉ちゃん」
ミカエルは言う。
「貴方はいつも、私の事をそう呼んでいたじゃない?」
少女の顔を見る。
「ウリエル」
少女は何も言わず。
ただ黙って、ベッドに座ったままでミカエルの顔を見ていた。
ウリエル。
自分の仲間の一人。自分と同じく天使の名前を『コードネーム』として与えた仲間。彼女の得意な技を、ミカエルははっきりと覚えている。
否。
思い出した、と言うべきかも知れない。
彼女は……
「……鎖は何処にやったのかしら?」
ミカエルは問いかける。
「ちゃんと持ってるよ」
少女。ウリエルは小さく笑って言う。
「そう、それで」
ミカエルは、ウリエルの顔を見る。
「……貴方、どうして一人で私のところに来たのかしら?」
そうだ。
まだ、名前や顔を思い出す事は出来ない。だけど……
自分にはあと二人、『仲間』がいる。いずれも彼女と同じく優秀な『殺し屋』だ。自分達はあくまでも、互いの『仕事』がやりやすくなる、そういう目的で集まっただけの関係でしか無い。それでも……彼女だけが自分の前に現れるというのは不自然だ。他の二人は、今、何処で何をしている?
「……それに、私はどうして貴方達とはぐれたのかしら?」
ミカエルが問いかけると、ウリエルはきょとんとした顔になる。
「お姉ちゃん? 何言ってるの?」
ウリエルが問いかける。
ミカエルはその言葉に、小さく息を吐いた。
「……そうね、もう全部話すわ、どうせ……」
ミカエルは、ウリエルの全身を見、次いで彼女が持って来たあのキャリーケースを見る。
「どうせ、何処かにいる他の二人も聞いているんでしょう?」
ミカエルは、小さく笑う。
ウリエルは何も言わなかった。ただ無言でミカエルの顔を見ていた。
「……私は、理由は解らないけれど、記憶を失っているの」
「記憶……」
ウリエルが小さく言う。
「ええ、ついさっきまで自分が誰なのかも思い出せなかったし、殺し屋である事も忘れていたわ」
ミカエルは苦笑いを浮かべながら続ける。
「ようやく少しだけ記憶が戻って、殺し屋である事や、『ミカエル』っていうコードネームは思い出せた……けれど何故記憶を失ったのか、その前に何があったのかはまだ思い出せてない」
「それじゃあ……お姉ちゃんは……」
ウリエルが、ミカエルの顔を見る。
「ええ、貴方と……」
そう言いかけて、首を横に振る。
「いいえ、貴方達と何があったのかも、まだ思い出せていないわ、だから……」
ミカエルはウリエルに向かって言う。
「教えて頂戴、私に何があったのか……」
沈黙が、室内に下りる。
ウリエルは、項垂れていた。ぶつぶつと口の中で何かを呟く声がしている。
「……解ってる、どうだろうと……する事は……」
ややあって。
ウリエルがゆっくりと顔を上げた。
「お姉ちゃん」
真っ直ぐに自分を見るウリエルの目は、微かに揺れていた。
「……ごめん、お姉ちゃん」
ウリエルは、ゆらりと立ち上がる。
そのまま、その小柄な身体がばっと動いて、例のキャリーケースのすぐ横に向かって走る。止める余裕は無かった。何よりも……止めるなんて出来ない。彼女が何をするつもりなのか、ミカエルにははっきりと解った。そしてキャリーケースの中に、何が入っているのかも。
がちゃ、とケースが開けられる。
そのままウリエルはその中に手を突っ込み、何かを取り出した。
それは……
先に鉄球が取り付けられた、長い鎖だった。
「私は、何も教えられない」
ウリエルが、寂しげに。
それでもはっきりとした口調で言う。
「私は確かにお姉ちゃんの仲間で、一緒に沢山の人を殺して来た」
ミカエルは、何も言わないで立ち上がり、ウリエルの方に向き直る。
「でも今、お姉ちゃんは私の……」
言いかけてウリエルは首を横に振る。
「ううん、私達の『仲間』じゃないの」
「そう」
ミカエルは頷く。
その言葉に、ミカエルは驚きも悲しみも感じなかった。大体の想像は付いていたし、自分達の関わりはそういうものだ、という事は覚えている。この少女だけは、ずっと自分の事を『お姉ちゃん』と呼んで慕ってくれていたから、もしかしたら……とは思っていたけれど。
まあ、それならば良い。
「だから、ごめんお姉ちゃん」
ウリエルが言いながら、鎖をじゃらりと鳴らして構えた。
「死んで」




