第十三話
じゃらり、と音がする。それなりの大きさと太さの鎖、その先には鉄球が付けられている。少女、ウリエルはその先端をぐるぐると回転させながら、ぶんっ、と投げつけて来る。
じゃらりと音がして鎖がミカエルの腕に絡みつく。
そのまま腕を引かれた。
「っ!?」
ミカエルは微かに呻く。身体がずいっ、と引きずられた。それなりの広さがあるホテルの客室の中、廊下で他の泊まり客達がわいわいと何かを喋っているのが聞こえた。その場に両足を踏ん張り、どうにかウリエルに引きずられるのを止めようとする。だけど……
「無駄だよ、お姉ちゃん、力では私に敵わない」
ぐいぐいとミカエルの身体が引きずられる。
ウリエルはその間、にこにこと笑っていた。その手には、いつの間にかぎらりと輝く鎌が握られている。普段は鎖の先端に、分銅の代わりに取り付けられている鎌、彼女はそれで相手を引きずり寄せ、鎌で喉元を掻き切るか、或いは分銅で殴り殺すか……
「貴方の得意技だったわね」
ミカエルは、ふふ、と笑う。
そうだ。
覚えている。或いは思い出した、と言うべきか?
彼女は……見た目とは裏腹に、とてつもない剛力なのだ。
そう、彼女は『殺し屋』。
とてつもない力と、人を殺す事に何の躊躇いも持たない。
幼くも非情な。
『殺し屋』。
数年ほど前。
その日、ミカエルと仲間達は一人の『殺し屋』を逆に殺してくれ、と依頼される。
その『殺し屋』は、恐ろしいほどの剛力と長い鎖を武器に、次々と人を殺しているという、依頼を受ければ誰であろうとも殺し、その背景などは一切調査しない、金と、人を殺す事の楽しさだけでただ殺している、というタイプらしく、国の重鎮の政治的な闘争相手から、個人レベルの喧嘩の相手まで、とにかく沢山の人間がその殺し屋に、些細な争い事が原因で、しかもほとんどが小銭レベルの金で命を狙われ、そして殺されるという事が繰り返されているらしい。このままではこの小さい街の人間はほとんどが死に絶えてしまう。
だからその殺し屋を殺してほしい。
それが、ミカエルと仲間達に与えられた依頼だった。
そして……
ミカエルが、その殺し屋を殺害する為、そいつの元へと向かった。
その日もどうやら、そいつは小銭も同然の金で、地元で評判の、たちの悪い不良を殺害したらしい、鎖でぐるぐる巻きにされた後、どうやら何回も何回も地面に叩きつけられたらしく、遺体は全身の骨が砕け、内臓も酷く損傷しているのか、体中から血を吐き出し、手も足もぐにゃぐにゃとおかしな方向に曲がってしまっていた。ミカエルはそれに吐き気を覚えながらも、相手にゆっくりと近づいて行く。
それはどうやら、自分よりも幼い、まだ幼女と言っても良い少女だ。何が楽しいのか小さく笑いながら、死体の前だというのに何かを食べているらしかった。
「そこの貴方」
ミカエルは、思わず呼びかけていた。
何故、そんな事をしたのかは、今でも解らない。どんな姿をしていようとも、相手は本物の殺し屋だ。それも信念もなければ自分の意思も無い、ただ殺したいから殺す、というタイプの相手だ。そんな奴は、さっさと殺してしまう方が良い。
そのはずなのに。
ミカエルは思わず、その少女に声をかけていた。
「んー?」
少女はその呼びかけに、何処か面倒そうに振り返る。
それは、自分よりも年下の少女だった、口に板チョコをくわえ、もぐもぐと食べ、口の周りをベタベタに汚している。その顔にはにこやかな笑みが浮かんでいた。
「おねえさん、だあれ?」
のんびりとした口調で、チョコをむしゃむしゃと食べて少女が言う。
「……私は」
ミカエルは言う。
「殺し屋よ、貴方を殺しに来た、ね」
その言葉に、少女はクスクスと笑った。
「今まで、何人か『そういう』人達がいたけれど……みんな……」
少女はじゃらりと鎖を鳴らした。
「同じように、殺したよ」
ふふふ。
少女は笑う。
「……お姉さんも、死にたくなかったら私に近づかない方が良いよ、今なら……」
少女はまた楽しそうに笑う。
「見逃してあげるから」
「……生憎だけど」
ミカエルはせせら笑う。
「貴方なんかに、私を殺す事は出来ないわ」
その言葉に、少女は笑顔のままでぴく、と肩をふるわせて一瞬固まった。
「……なんだって?」
少女が言う。
「貴方に、私は殺せない」
ミカエルはそう言って首を横に振る。
「貴方みたいな、弱い『殺し屋』に……」
そう言いかけた時だった。じゃっ、と音がして、ミカエルの顔の横を長い鎖が掠めた。
「……お姉ちゃん」
少女が立ち上がって言う。
「人の事をバカにしちゃいけないんだよ? そんな事も解らないのなら……」
少女は鎖をぐるぐると回す。
「殺しちゃうよ」




