第八十七話「流石に疲れたな」「貴方のせいですよ」
「お、お前っ、いったい何をしたんだああ!!」
「おいおい、さっき言っただろう頂戴したって。人の話はちゃんと聞くもんだ」
怒りに任せてカムイが斬りかかろうとして、
「ん、確かに単調だ」
まるで持っていたゴミを投げ捨てるように、カムイの体が突然持ち上がり、ぐるっと回転してカイトさんの後ろに受け身も取れずに背中から落ちた。
「ぐ、は……ァ!?」
端から見れば、カムイが突然飛んで大回転して落ちたように見えただろう。
でも僕の眼はそれが体術によるものだと見抜いた。
カムイがカイトさんへと聖剣で斬りかかった瞬間、聖剣を持つ手首を掴み取るとクイッと僅かに捻り、同時に足を引っ掛けた。それだけでカムイが嘘のように飛んだ。
(今の動きに一切無駄がなかった、少しかじった程度なんてレベルじゃない。本当になんなんだ、この人は……)
あっさりとカムイを倒したカイトさんに驚いていると、やっと何が起きたのか理解したのか、第一王女カトリーナと聖女アリシアが悲鳴のような声でカムイに駆け寄る。
「「カムイ様/カムイ!!」」
「おっと、悪いが二人はこっちに集中してもらおうか」
そう言うと僕とカムイ、カイトさんと第一王女カトリーナと聖女アリシアで分断するように、半透明の壁が出現する。
「第一王女殿下に聖女様、二人の実力は調査済みだ。あちらの勇者ならこの壁を突破できるだろうが、二人では無理な強度。合流したければ俺をどうにかするんだな」
「貴方っ……『サザール騎士団』の身でありながら王族に楯突くというの!?」
「確かに、本来なら極刑ものだろうな。ただ相手が良からぬモノを抱えているとなれば話が変わってくる。それにもし罰が下るとしても、それは全部片付いてからであって今じゃない」
カイトさんはニヤリと嗤う。
「あと俺はお嬢───第二王女殿下の側についた私兵でもある。つまりこれは第一王女と第二王女との、王位継承権を取り合う派閥争いってことだ。ちょっと過激になったとしてもおかしくないだろ」
「ジブリールの、手先……ですって? それに派閥? ……そ、そんな訳がない、あの小汚い女についてくる人間なんている訳がないわ!!」
「いや、お嬢の私兵だって俺言ったよな? 俺の話ちゃんと聞いてたか? まあいいや……」
やれやれ、と頭を掻きながらカイトさんは肩越しに僕を見る。
「詳しい話は後だ。裏取りはしてあるから、遠慮なく戦え。あっ、遠慮なくとは言っても殺すなよ? あと五体満足でいてくれないと困る、寝たきりにさせるような怪我もさせないでくれ」
「注文が多いですね……善処しますけど多少の怪我は避けられませんよ」
「おう」
「それから一発殴らせて下さい」
「断る」
二人で笑いあいながらそれぞれの敵へと視線を移す。
「なぜだ、なぜ急に展開がこうも変わる。途中までは上手くいっていたというのにぃ!!」
立ち上がって僕を睨みつけるカムイが怒鳴る。
「殺してやる!! 君を殺し、次に奴を殺し、消えた薬草を取り戻して───」
カムイが床を蹴る。それだけで床が砕けながら吹き飛び、一気に僕へと距離を詰めてくる。
「今度こそ、成功してみせるんだ!!」
「あなたに僕は殺せませんし、成功もできませんよ。どんな目的があろうと、あの人がここまでやった以上は不可能でしょうからね……」
ここまで得た情報でカイトさんが何か仕組んだことは明白だ。
彼がカムイから依頼を受けたことも。
こうしてこの場で戦うことになっていることも、彼の仕業に違いない。
「やっぱりあの人は油断ならない。厄介すぎる。こうして斬り合ってる方が、まだいいと思えるくらいに」
「それは、俺との戦いが楽だと───そう言いたいのか、君は!!」
聖剣と魔剣に対してこちらは刀と鞘で対抗する。
武闘会でカムイとやり合って分かった。あの時は『炎環ノ水月』で自身を強化してなかったことも要因の一つだけど、彼のシンプルに高い身体能力を活かした連続攻撃は一刀で捌ききるのは難しいと。
その対抗策として鞘を用いたこの擬似二刀流は使ってみるとなかなかに面白かった。
刃が通らない相手であっても強化異法を使った状態ならば、鞘の一撃は強力な打撃となる。ならばこの戦法で、尚且つ一刀の状態でも使える技があってもいいだろう。
(基本は剣道の二刀流。左手の鞘で相手の攻撃を捌き、右手の一刀にて断つ。しかし真の目的は───)
『月夜祓』の渾身の横薙ぎを防がれるもカムイは大きく体勢を崩して後ずさる。
「ぐっ」
"百折不撓"を解除。
「ここだ───!!」
───"水天一碧"……流れは不変、我が前に阻むもの無し───
素早く追撃の体勢に移り、
───"一気呵成"……為すは連刃、空を割る稲妻の如く───
刹那に輝く紫電を身に纏いて敵を打つ。
───二重強化"流一心・乱"───
「強化倍率……最大ッ!!」
停止した構えから予備動作もなく最速で。選択する技は見せ技である突きから、本命の薙ぎを繰り出す"霞廻華"の変形型。
「く、アア!!」
「その程度……ッ」
鞘による突きが交差させた聖剣と魔剣に防がれる。
でも狙い通りだ。不十分だった体勢での防御の為に、彼の体は衝撃で浮き上がった。狙いは胸元。一点集中により衝撃を通し、肉体内部に直接ダメージを叩き込む!!
「"廻鞘貫"───!!」
手離した鞘に向け、紫電纏った脚で飛び後ろ蹴りを放つ。
この技は鞘による見せ技の突きを防がせ、間髪いれずに蹴りを放つことで、鞘を通じて衝撃を一点に流し通すというもの。最早パイルバンカーみたいなものかな。
『貫』の字がある通り、限りなく狭い面積に衝撃が集中する為に並大抵の防御で防ぎきるのは不可能であり、仮に防げたとしてもその衝撃だけは通るので体の内部にダメージを与える。
聖剣と魔剣で突きを防いだカムイは逃れる暇もなく、本命の蹴りをもろに受けた。紫電が華のように迸り、彼は勢いよく吹き飛んで壁に叩きつけられる。
「ガ───ァ………は、っ……」
白目を剥き、呼吸困難になっているカムイの鎧の胸元には亀裂が入っている。どうやら上手くやれたようだ。思い付きの技にしては良い結果が得られたとみていい。
「いつまでも過去の栄光にすがっていては一生僕には勝てませんよ。それどころか他の人にだって勝てず、追い抜かれてしまうでしょうね」
「レ、ン……きさま………」
「確かに貴方は特別です。聖剣に勇者として選ばれたんですから。でも貴方が無駄と言った鍛練は積み重ねれば『特別』にも勝てるほどの唯一無二の武器となる」
「いつ、か……この手で───………」
もう意識をたもっていられないようだ。なら、最後は手短に。
「もう十分に散々好き勝手してきたでしょう、貴方の舞台は……ここまでです」
「………………………」
その言葉を最後に、カムイは意識を失った。
「……貴方のことは嫌いですけど、貴方との戦いは結構楽しかったですよ」
流石にユキナさんには程遠いレベルだけど彼女の次にランクインするくらいには彼の実力は高い。もしまた彼と戦うことが出来たなら、もし彼がもっと強くなっていたなら、今日よりも激しく愉しい戦いができるに違いない。
そんな未来になってくれたら、なんて願いながら納刀して戦いは終わりと宣言するようにカチンと鳴らすのだった。
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「貴方、やっぱり対策していたのね……!!」
「駒になりたくないからな。そりゃ、するだろ」
三人の『デコイ』に取り押さえられたカトリーナが叫ぶ。
「『支配』の魔眼、それがこれまでカムイが半ば無理矢理に拐ったり、アンタが用意した女性たちを大人しくさせていたもの。あとは催眠効果のある首輪で飼い慣らす。毎晩手酷く扱い、抗う心を徐々に砕いて、もう無意味だと理解させて諦めさせる。いい趣味してんな、アンタら」
心を折る方法を分かっている。クソ猿勇者のカムイだけでも最悪だが、そこに『支配』の魔眼を持ったカトリーナが加わったら更に最悪だ。
「アリシアはアリシアで、自分の家族を奪われた父親たちが騒がないよう、図らずとも国王と同じように、色仕掛けという手段で黙らせた。幸いにも勇者からそっちのテクニックを学んでいたし、アリシア自身も激しく熱い夜にハマり、大多数の被害者の悲痛な叫びを無いものにした」
カトリーナと違って抵抗する気の無い様子だが、念のために両腕を後ろに回して縄で縛り、『デコイ』を二人つけて見張らせている。俺の調査に抜かりがなければ彼女はこれで無力化できたも同然だ。
「聖女は清らかな体と心を持つ者、みたいなのを教本で読んだ覚えがあるが……実際は快楽を求めて男をベッドに誘う淫魔のような女ときた。勇者に仕込まれた結果か、それとも元から秘めていたものか。どちらにせよカムイとカトリーナとは別種の厄介者だよ」
「お褒めに預り光栄ですわ、ふふふ」
「褒めたつもりはないんだが……?」
全く、感情的なカトリーナと違ってアリシアはマイペースなところがある。カムイのこと以外ではあまり感情的にならないタイプだ。───適当に男を与えても悦ぶが、それがカムイならより良いか。それならどうにか御せるか……?
「薬草の過度な占有は市場に悪影響を与える。与していた商会は既に『サザール騎士団』が立入調査をして、証拠も押さえた。確か訴えられて裁判に向けて準備中だったか、これは負け確定だな」
「それは……どうかしらね?」
不敵に笑うカトリーナ。
(まだ勝てると思っているのか。何かしようとも、何かしていたとしても、それら全てはもう無意味なんだが……またネタバラシは今しなくてもいいか)
ガチャガチャと無数の足音がする。どうやら先輩方が駆け付けて来たようだな。良いタイミングだ、ちょっとレンとやり合った時の負傷や疲れで正直早く横になりたいと思っていたところだ。
(レンの方も終わったようだし、あとは先輩方に引き継いでここは任せよう。残りの仕事は明日だ)
一仕事終えたことに安堵して、通路を抜けて来た先輩方に手を振った。
「ふふふ、お見事な手際でした。───共犯者様」
あー、あー、きこえなーい。