第八十六話「総取りのお時間だ」「もうなんなのこの人」
長きに渡る鍛練の過程で経験した、自身の敗北の要因となった技や状況。それと同じことが再び起きた際その対抗策を即座に繰り出す、負けた数だけ同じ負け方をしなくなる"百折不撓"。
『ニホン』では負け無しではなかったし、というか訓練生時代は負けの方が多かった。この世界に来てからはユキナさんとの手合わせなんか、もう何度も何度も打ち負かされた。
その負けの積み重ねを───敗北を知っているからこそ、僕はひたすらに勝ちを目指し続けて、強くなろうとしたんだ。
「っ……またか!!」
「その攻めは経験済みです。ほら、もうこんな近くまで接近を許してしまいましたよ?」
"百折不撓"を使ってから、わざと隙を見せたり、分かりやすい攻撃をしてカムイの反撃を誘った。そしてその反撃は霊体の敗北回避で対処され続けている。
真に研鑽を積んだ剣士ならば、こんな強化異法を使わなくとも対処できるが故に上級ではあるもののあまり使われない。でもこれの面白いところは、意図的に敗北の要因を作っても後ろにいる霊体が自動で対処してくれるということ。
隙があり相手の反撃を誘う、いわば『見せ技』でちょっと相手に勝ち筋を見せてやれば、あとは勝手に"百折不撓"でやり返せる。
「クソッ」
苦し紛れに魔剣を振り下ろすカムイ。だけど今はお互いが相手の間合いの内側にいる、そんな至近距離で大振りの攻撃はやってはいけない。
「駄目ですよ、こんな近くで腕を伸ばしたら」
「な、に……!?」
聖剣と魔剣の双剣に対してこちらは一刀。両手で持つも良し、時には片手持ちにしても良し。いつでも片手が空けられる。
「こういう時こそ最速のノーモーションで黒い閃光を放てばいい」
左手を柄から離して、振り下ろされようとしているカムイの魔剣を持つ腕を掴み取る。
「武闘会の時から変わってませんね。威力、速さ、手数は良くても攻撃そのものは良く見れば単調。ならばその行動が『攻撃』という意味を持つ前に止めてしまえばいいだけのこと」
「単調だとッ……俺の、勇者の剣が───いや、それよりも……なぜ片手で受けていられるんだ!! 今の俺は聖剣と魔剣の力で身体能力を底上げしているんだぞ!!」
どんなに身体能力を底上げし、驚異的な力を発揮できるといっても、それは体重や重心の移動、遠心力、筋力など全てが使えてこそ高速で高威力の攻撃ができる。
だから僕がやったのは、速度が全くない、振り上げてから振り下ろすまでの僅かに腕の動きが停止する、攻撃の出始めの瞬間を掴むというものだ。
「坂の上にただ置いてある岩と、勢いよく転がり落ちる岩。止めるならどちらがいいかなんて分かりきったことじゃないですか」
そして止めるのはほんの数秒でいい。
一秒でも、それ未満でも、相手の動きが止まる空白の時間を剣士は決して逃しはしない。
「隙あり」
「うお!?」
右足でカムイの足を払う。
「そんなに僕ばかり睨んでるとこうなりますよ!!」
バランスを崩したところを後ろ回し蹴り。けっこう良い具合に蹴れて、カムイは大きく飛ばされた後に床を転がった。
「ぐ、ぅぅっ───勇者を、蹴るとは……よほど裁かれたいようだね!!」
直ぐに立ち上がるカムイ。怒りに顔を歪ませ、声からはとてつもない殺意が込められている。
「また一つ学んだじゃないですか、相手を見すぎず全体を見ましょう」
「黙れ!! その、教師のような物言いをやめろ!!」
「実際、そんな感じで言ってましたから。そんなに嫌だったら指摘されないような動きをしたらどうです?」
「舐めるなァ!!」
カムイの左右後方からふたつの魔方陣が展開。指向性がありながら拡散する雷撃と、羽がついた光槍が七本同時に放たれる。
「蜂の巣にしてやる、『黒光』!!」
更に雷撃の隙間を埋めるように無数の黒い閃光が追加。
(なるほど、雷撃と黒い閃光を広範囲に放って逃げ場を無くした上で本命の光槍か。これは流石に"百折不撓"ではどうしようもない)
隙間の無い広範囲攻撃で負けた経験はない。そもそもそんな状況にならないよう立ち回っていたし、鍛練であっても洒落にならないから全力で避けていた、だから残念ながら『経験した敗北』にならない。よって"百折不撓"が反応しない。
だからここは素直に守りで対処する。
攻撃異法と防御異法の内、強化異法の次に得意なのは防御異法。得意と言ってもここまで激しい攻撃を完璧に防ぐのは厳しいけど、まあ、やるしかないよね。
「……数が多いなら減らすまで。防御異法"破砕城壁"!!」
前方に三重の城壁が出現。
先ず雷撃が一枚目を突き破り、黒い閃光のいくつかが崩れた瓦礫に当たり、光槍はそのまま抜けていく。───この城壁の特徴はその脆弱性と破壊された後の瓦礫がその場に停滞することにある。
二枚目に雷撃が当たると一枚目と同じく崩れ、残りの黒い閃光を再び瓦礫が遮り、光槍はなおも直進。───密集し残留する瓦礫は汚水をろ過する装置のように、もう一つの防壁となって後続の攻撃を次々と防いでいき。
最後の三枚目。突破した雷撃はここで役目を終えたように消滅し、三本の光槍が大きめの瓦礫に突き刺さってこれも消滅した。───三重の城壁を突破する頃には残った攻撃性のあるものはほんの僅かだけとなる。
「フッ……!!」
一息で残りの四本の光槍を叩き落とす。
「予想より一本多かったか……それに強化異法と違って疲れる、いくら初級でも同じものを三つ同時にやるもんじゃないね」
本来、この"破砕城壁"は崩れやすい一枚の城壁を生み出すだけ。残留する瓦礫だって相手の進行を邪魔する障害物にするくらいだ。
僕はそれを知った時に閃いた。今やったような───複数同時に、それこそ二重や三重でやれば、面白い使い方が出来るのではないかと。そうして試した結果出来たのが後続の攻撃を防ぐ密集した障害物。あとから次々くる攻撃が見事に防ぐことができた。
ただ、一つ困ったことがあって、攻撃異法と防御異法を使うと強化異法よりも異様に疲れること。原因は分からず、これはもうそういう体質なんだと思うしかなかった。
「これでも仕留められないとはね……っ」
「は、ぁ……今のはいい攻撃でした、でもそこで攻撃の手を止めるのは感心しませんね」
少し呼吸が乱れる。……カイトさんとの戦いでの消耗が効いてきた、あんなに爆弾仕掛けてあるとか容赦ないってあの人。今のカムイに悟られたかな、変に学習されると厄介だしそろそろ終わらせないといけないね。
勝負を決めよう、そう思った時。
「もういい……」
カムイが小さな声でそう言った。
「後ろの薬草が気になって手を抜いていたが、お前はこの場で倒さなければ後々邪魔になる。冒険者レン、ここで死んでもらうぞ───加われ、二人とも!!」
突如、大量に積み重なった薬草が入った木箱の陰から、光輝く鎖と赤黒い針が大量に飛び出してきた。
「ッ……やっぱり潜んで───」
当たったらまずいと本能が叫ぶ。理解する。これは、カムイの広範囲攻撃よりももっとたちが悪いと!!
「"獅子奮迅"……猛るは我が身、己が刃にて暴れ喰らえ!!」
ドクンと鼓動が一度だけ大きくなり全身が熱くなり、視界が赤く明滅する。正直言ってこの強化異法は今の状態じゃ使いたくなかったけど、切り抜けるにはこれしかない。
「グゥゥ───アアッッ!!」
獣のように吼える。
一刀では足りない。左手に鞘も握って、駆け回りながらひたすらに迫る鎖と針を避け、弾き、防ぎ、落としていく。その動きはただ速さのみを追求したもので行儀のいいものじゃない。まるで暴れる獣のよう。呼吸をする暇もない。
なりふり構わず、ほぼ無呼吸状態で、とにかく一番近くまで迫ったものから対処していく。この雨の如き量の攻撃を凌ぐまで───
「はぁ、はぁ、はぁ……伏兵と言うには……ちょっと豪華です、ね………」
鎖と針の雨をなんとか切り抜けた頃には軽い酸欠で敵を前にして片膝を付いていた。
「あら、誰が隠れていたのか分かっていたのね」
「では名乗る必要はありませんわね」
カツカツと響く足音。そしてカムイの両隣に立つのは、二人の女性。
「王国の第一王女、カトリーナ・フォン・アテリア殿下。そして勇者と並ぶSランク保持者である王国の守り手、聖女のアリシア・スピネル様。……この国に住んでいて知らないはずがありませんよ」
そして、カムイの悪行の話で埋もれているけど、この二人も良くない噂話が数多くある。
「もうカムイ様、相手のペースに飲まれ過ぎですわ」
「アリシアの言う通りよ。アレの言葉に何度も噛みついちゃって。いつもの支配者然とした態度はどこに行ったのかしら?」
「む……そ、その話はまた後にしよう。今は奴の始末だ」
話の流れから嫌なものを感じたのか話題を買えるカムイ。
「二人も見ただろう。認めたくはないが、共犯者が言っていたように奴の強さは本物だ。ここで確実に消し去らないといけない」
「そうですわね……わたくしたちの計画達成まであと少し、邪魔者は排除しなければなりません」
「確かにそうでけど、その前に……」
第一王女カトリーナが一歩前に出る。
「ねえ、そこの貴方。そんな頑なに私たちを見ようとしないのはどうしてかしら?」
え、嘘っ、もうバレた?
「王族である私に頭を下げるのは分かる。常識だものね。でも今の私たちと貴方は敵同士、敵の姿をあえて見ないでいるのは貴方にとって危険じゃなくて?」
「さあ? 息を整えるのに必死なだけかもしれませんよ……?」
「どうかしらね。その呼吸をする度に大きく上下させてる肩とか、動きがちょっとわざとらしい気がするのだけれど」
うわ、これは完全に分かっている声音だ。カムイより目ざといよ。
女二人と視線を合わせるな、勇者だけを見ていろ───カイトさんが残した手紙を信じるなら、ここで視線を向けたら何か良くないことが起きるんだろう。そして第一王女カトリーナが問い質してきたってことは、一番視線を合わせていけないのは彼女である可能性が高い。
相手を見ないで戦う方法は、一応はある。だけどカムイほどの強さの相手に試すのはまだ早い。さて、どうするか……。
「私の質問に正直に答えず誤魔化しで返す。不敬ね。まあいいわ、そんなに見たくないならそのままここで果てなさ」
「ゆ、勇者様、王女殿下、聖女様……御無事ですか……っ?」
後ろから聞こえる弱々しくも知っている男性の声に内心で笑う。
「偵察騎士カイト、自分から志願しておいてそのザマはなんだい? 捕らえろと言ったはずだけど依頼の一つさえまともにこなせないのか?」
「申し訳ありません……自分も───まさかここまで上手くいくとは思わなかったからよ」
「は?」
いや、演技やめるの早くないです?
「勇者様が溜め込んでた薬草の山。全部、俺が頂戴致しました」
「なにを言って……」
彼の言葉に先ずカムイが、そして第一王女カトリーナと聖女アリシアがつられて振り返る。僕は僅かに顔を上げてチラッと見て、
「はは、いったいどんな手品を使ったんですか」
予想外の光景にそれしか言葉が出なかった。
「盤外から取れるモンは片っ端から取る、つまりは総取り。俺の得意分野だ」
「嘘だろおおおおおおおおおおおお?!?!」
絶叫するカムイ。
無理もないと思う。だって、この地下空間の奥側にあった薬草入りの木箱が、一箱だけでも大人が数人でやっと持ち上がりそうな大きさで、大量に積み重なって置かれていたそれ全てが───綺麗にそこから消えていたんだから。




