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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第一章
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第八十五話「古き王冠を握り締め」「磨かぬ原石に槌振るう」


「……我が心、月を映す水面の如く、一切の揺らぎ無く、蒼白の光を我が眼に(とも)さん……」


切っ先を相手の目に向けて構える中段の構え。


これは水の構えとも呼び、攻めるにせよ守るにせよ、この構えから全ての動きにスムーズに移行することが出来る。上段の構えが攻めの火であるなら、中段の構えは形を持たないが故にあらゆることに対応できる水。


つまり基点。この構えから戦闘中に発生する様々な状況に対して即座に対応できる、剣を学ぶ上で真っ先に叩き込まれる基本にして全てに通ずる構え。


「『蒼白ノ水月』───我が刃、万象を渡れ」

「なにをしようと無駄だよ!!」


カムイが魔剣を振り上るとその刀身は黒いモノに覆われる。


あれは武闘会でも見た魔剣を使って放った黒い閃光の前兆。闇属性の魔力……にしては随分と欲にまみれているそれはいくつもの小さな球体となって、刀身の周りを浮遊する。


あれは、まさか……。


「『黒光(クライ)』!!」


カムイが叫び、球体それぞれから黒い閃光が放たれる。


直進するもの、大きく迂回するもの、二重に螺旋を描くもの、ジグザグに迫るもの───飛びかたは様々で、規模は小さくも、貫通力を備えたソレが僕を撃ち抜かんと迫り来る。


(刀で全てを対応するのは難しいか……)


その場から離れる。黒い閃光が壁に当たり石材を破壊する中、いくつかは軌道を変えて執拗に僕を追いかける。


「追尾……」

「その通りだ!! 前のような規模と威力重視ではない、これは命中するまで君を追いかけ続ける。どれだけ逃げても無意味さ!!」

「いいえ、無意味ではないですよ」


追尾する飛び道具は『ニホン』で経験済みだ。対処法は当然身につけているし、追尾性に関してこの技はまだまだ甘いところがある。


スピードを緩めながら壁際を走り、黒い閃光が体に当たる直前で一気に加速する。追尾性が低い為に直角で曲がるようなこともなく次々と壁に当たり、僕に届くことはなかった。


(発射する時から軌道をバラバラにするのは良い。その派手さと動きで混乱するから。……でも、そのせいでもっと高められるはずの追尾性が甘くなっている。彼はそれに気づけていない)


見た目ばかり良くて中身が雑なのだ。雑兵相手なら追尾するまでもなく掃討できるだろうけど、素早い相手や達人級の人には良くても牽制程度にしかならない。


「全て、外しただと……!? 有り得ない、有り得ないだろうっ!! 勇者である俺の技だぞ!! たかが準Aランク相手に一発も当たらないはずがない!!」


得意気な顔から一変、激昂するカムイが再び黒い閃光を何度も無数に放つ。よほど僕が無傷で逃げ切ったのが気に入らないようだ。


(この人は下手だ。技そのもの……いや、技の作りが……)


例えるならゲームでいうステータスの数値の振り分け。全体のバランスを考えてはいながらも、威力や見た目に数値を振りすぎているんだ。


元々強いものなのだからただ追尾性を高めるだけでいいのに、更に威力と見た目を良くしようとする。勇者に勝てる者はいない、どうせ避けられないんだと、無意識に敵の評価を下げて見下し、余計に追尾性を低くする。


(技として成り立っているのは、勇者としての単純な強さと、聖剣の魔力供給のお陰でしかない。カムイ自身がそれに気づかず改めないままでは、いつか壁に当たることになる……)


早く仕留めたいという思いが伝わってくる。威力と速度がより高まり、逆に軌道はバラバラから素直な直線に変わっていく。そして追尾性はどんどん低下。


最早走って逃げるまでもない。


こんな点の攻撃に無駄な体力は使っていられない。軌道は見えているのだ、当たらない程度に軽く体を反らすだけで簡単にかわせる。


(うん、落ち着けてる。前のような怒りはわかない。『蒼白ノ水月』の効果……ううん、違うな……僕が、もう彼に対して怒りを覚えないんだ……)

「なんだその涼しげな顔はっ、この俺の技がたいしたことないと……そう言いたいのか!?」


遠距離攻撃をやめてカムイが肉薄してくる。


「『聖剣レーヴァン』よ、そして『魔剣グナロッグ』よ!! 担い手たる俺の願いに応え、この身に最大にして最高の祝福を!!」


カムイの叫びに聖剣は白金色の魔力を、魔剣は漆黒の魔力を刀身に纏い、その二色の魔力が彼の体を覆う。


「勝つのは、俺だァ!!」


そしてその二振りによる横薙ぎに対して僕は『月夜祓』と腰から抜いた鞘と合わせて受ける。


「オオオォォォォォ───!!」

「っ……」


防御した僕は彼の力を押さえきれず飛ばされる。


「……それだけの力を持ちながら、あなたはなにもやってこなかったんですね!!」


受け身をとって素早く立ち上り、聖剣による追撃の振り下ろしは横に回避。攻めに転じて突きを放つもこれは魔剣により下から弾かれる。


「なにもやってこなかっただとッ? 馬鹿なことを言うなよ冒険者、俺は魔獣の大群を殲滅し世界を救った男だぞ!!」

「僕が言っているのは鍛練の話です!!」

「ぐ、ぅあ!?」


順手で持った鞘も使っての擬似二刀流で、聖剣と魔剣の連撃を受け流しながら、見つけた僅かな隙を突き二連蹴りを見舞ってカムイを後退させる。


「剣を交えて分かりました。あなたには才能がある。身体能力も高い。これは聖剣に勇者として選ばれたのだから当然でしょうけど……そして剣も、魔法も、他の人より遥かに優れている。だからこそ僕は理解できない」

「なにが理解できないと言うんだ!! 俺は勇者だ、他の誰よりも優れた人間だ、才能も力もあってなにも不思議ではない!!」


……ああ、やっぱりだ。


面と向かって話して分かった。


下手な技の作り、勇者として選ばれるほどの高い身体能力、剣術に魔法の才能。それらがあったからこそ僕は感じとり、彼が陥っていたものの正体を……。



「その恵まれた全てを、なぜ磨こうとしないんですか?」



彼からは───更に強くなろうという思いが、努力という己を高める行為してきた形跡が、あまり感じられなかった。


「勇者という立場と過去の栄光の上に胡座をかいて、進歩しようとする気持ちが一切ない。特に自分は勇者、選ばれた人間だと、やたら強調する物言い。まるで……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ッ───!!」


表情を強張らせるカムイ。


「その顔、やはりそう思っていたんですね」

「…………………」


ルイズに召喚され、カイトさんと会って、何度か聞いたカムイの勇者としての言動。同じ異世界から来た者は勇者という立場を脅かす害であり、国王の協力も得て見つけしだい処刑すると言った彼が、なぜそこまでのことをするのか気になっていた。


「恐いんですね。自分の立場が脅かされることが」

「なにを、言って……」

「まあ……あなたが魔力を喰らう魔剣と共に、前にいた世界でどう生きていたかを考えれば理解できなくもないですが。───その魔剣、血の匂いが濃すぎます。いったい何人の気に入らなかった人を斬ってきたんですかね?」

「~~~~っ、黙れ、黙れ黙れダマれ!! そのうるさい口を閉じていろ!!」


魔剣から一条の黒い閃光が放たれ、『月夜祓(つくよのはら)』と鞘を交差させて受け止める。……うん、少しは良くなったかな。


「なにが恐いだ、この俺がなにを恐れることがある……っ!! 進歩も進化も必要ない、鍛練など時間の無駄だ!! 勇者である俺がお前たちのような雑兵や異世界から来た者よりも劣り、その上負けるなど、あるはずがないからだ!!」

「いいえ、負けます。なぜなのかはさっき言いました。あなたには圧倒的に、努力というものが足りなすぎる!! ───我、幾度も膝をつき、地に伏した者。されど立ち上がり、決して退かぬ者……」


今の強さに満足して歩みを止めた彼に思い知らせる。


これまで僕が経験した多くの困難と努力の道のりがどれだけ長く重いもので、戦う者にとってそれが如何に大切なものなのかを。時間の無駄ではない。必要ない訳がない。そのままではいけないのだ、と。


ここからが本番だ、この新たに会得した上級強化異法で、古くなった王冠にいつまでもしがみつく原石を叩き砕く!!



「苦節を経て、いつか目指す境地に辿り着く為に走り抜いた我が全ての記憶よ、ここに出でて共に勝利へと走らん───"百折不撓"」



刀を手に様々な構えで大量に背後に現れる、僕と瓜二つの姿をした霊体。


"百折不撓"は鍛練を続けてきた過程で経験した失敗や敗北の記憶の一つ一つを霊体として背後に控えさせる。そしてそれぞれの霊体が経験した記憶と同じ状況に僕が陥りそうになった時に反応して、即座に反撃の一手を放つというもの。


例えば、武器を弾かれて胴をがら空きにされ、そこを突かれ敗北した記憶を霊体にしたとする。僕が戦闘中に同じように武器を弾かれて胴をがら空きにされた瞬間にその霊体が反応し、敗北回避の為の策を提示、僕の体を使って実行する。


要は負けた数だけ同じ負け方をしなくなる。


「失敗も、敗北も、己を磨く為には必要な要素。その経験があるからこそ次は同じ過ちを繰り返しはしないと燃えるんです。さあ、第二幕といきましょう。今の僕から簡単に勝ちを取れるとは思わないことです」

「さっきからごちゃごちゃとうるさいヤツだっ。そんな霊体の群れを出したところでなんの意味もないと教えてやるよ、この格下がァ───!!」

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