とある怪物と美女
薄暗い、じめっとしたダンジョンの奥深く。
クリスタルが斑に光る六層のとある場所。
普段人が通ることは無い、メアリーが拠点にしている場所のうちの一つ。
そこに人影が二つ。
一つは絶世の美女。
息は荒々しく、頬は紅潮している。
乱れた髪から覗く黒い美しい瞳。そして破れた服から覗く白い肌は見るものを魅了するだろう。
もう一つは異形の者。
美女を抱えるその者は、牙に角、尻尾、そして羽毛の生えた人ならざる者。――いや、人だった者。
彼女は茶色い髪を垂らし、愛おしそうに美女の顔を撫でる。
「あぁ、やはり永遠の美しさは……素晴らしいわね……そうでしょ、サラ」
「あう……」
人の言葉を話すことのない、合成魔獣。
それでも美女はサラのその無垢な表情を見て満足そうに頬を緩める。
人に騙され、利用され、汚されて生きてきた美女――メアリーにとって、人でないとはそれだけで美しいものなのだ。
彼女は自分の容姿でさえ嫌いになる程、人間という種族を憎んでいる。
幼い頃の傷が疼く。
その結果が、家族と縁を切り、この隔絶された勇者学院でのキメラの研究の日々であった。
彼女の魔術研究はその天才的な才能と執念により、ものすごいスピードで進み、ついには合成魔獣の生成に成功する。
そうして彼女の研究の興味が、魔獣から人へ移るのは自然な流れだった。
嫌いであるはずの人間を、自分の好きな魔獣とアンデッドに出来る……その喜びに彼女はさらに研究にのめり込んだ。
その人を人とも思わない研究が、次第に彼女を三大派閥の一つに数えられるまでに成長させた。
彼女がその人間と魔獣の融合の研究対象として選んだのは、なぜか彼女を1人にしようとしない奇特な少女だった。
研究対象と親友。
サラはメアリーの底知れない怒りと憎悪を見抜いた上でなお、メアリーの隣にあり続けようとした。
メアリーの過去や研究を知った後も、サラの態度は変わらなかった。
何がサラをそこまでさせるのか、メアリーには不思議で仕方がなかった。
だが、その心に邪なものがないことに、初めて人間というものにメアリーは安心を覚えた。
そうした気持ちが、より一層サラを自分好みにしたいと、研究に拍車をかけた。
そしてとうとう、研究が完成した日。
サラは後輩との約束を破り――――進んでその身を捧げた。
そこにあったのはただの情なのか、友愛なのか、好奇心なのか、それとも愛情だったのか……それはもはや聞くことはできない。
いくらメアリーと言えど、合成魔獣の声を聴くことは出来ないのだから。
それでもメアリーは、今人でなく美しさの象徴とも呼ぶべき永遠の存在となったサラを、本当の親友と思えるようになっていた。
これが正しい二人の在り方だと心の底から思っていた。
「サラ……やっと本当の親友になれたわね」
「うぅ……」
サラは頷くような素振りを見せる。
それにメアリーも微笑む。
「それにしても……ゼノア様……また会う機会があるといいのだけど。魔王……ふふ、そう、あの子が……」
メアリーは不敵に笑う。
暗闇の中に、か細い笑い声が響く。
それに釣られて、サラも笑う。
「サラにはできなかった、本当の器にしようと思ったけれど……力は予想以上だったわね。まさか魔王だなんて。……ああどうしましょう、人間だけれど人間じゃない……まさに理想のお方だわ。そう思わない?」
サラはまた、頷くような素振りを見せる。
人語を理解しているのだろうか、それともただの反射なのか。
メアリーにとってはそこに大差はない。
と、不意に声が響く。
「随分と楽しそうじゃねえか、女どもよお」
「誰……!? ここは結界が貼ってあったはずだけれど……」
「あぁ、やばい、割っちまった。わりいな」
暗闇から出てきたその男の顔に、メアリーは見覚えがあった。
「……ロイド・シュトロゼス……!」
メアリーはロイドを睨み付ける。
このタイミングでの遭遇は圧倒的に不利だ。
サラがいるとはいえ、まだ未完成の子供。
メアリーは魔力を練り始める。
すると、ロイドはヘラヘラとしながら両手を上げる。
「おいおい、焦んなよ冥府の魔女さんよ。それがサラか、上手くやったじゃねえか」
「……それを言いに来たのかしら? 私のこと好きなのかしら」
「ちげえよ、せっかくいい情報を持ってきてやったのによ」
「情報……?」
「アカネのとことラウールがお前の捜索に乗り出すらしいぜ。お前のスレイブたちとも激突するだろうなあ。ま、ラウールがいたら勝負にならねえだろうが。そっちの化物もあいつらにかかりゃあ瞬殺だろうなあ」
ロイドはくっくっくと笑う。
「……何が言いたいのかしら。先に貴方が私を殺してこの学院を支配したいとでも?」
「はは、俺はそんな野蛮そうに見えるかね?」
何を白々しいことをと、メアリーは歯軋りする。
やっと達成した目的が今潰えようとしているというのに。
数でものを言うロイドが一人で来たという事は、必ず勝てる自信があるということだ。
「……じゃあなんのようかしら。見ての通り私はこの有様。貴方の欲を満たすくらいしか出来ないわよ」
「ははっ! いいねえ! 動かねえ美女をヤルってのも悪くねえ。……だが違うな。俺をなんだと思ってんだ?」
「じゃあ本当に何のようなのかしら。私達の平穏を邪魔しないでくれる?」
ロイドはゆっくりとメアリーに近づき、その顎に触れる。
「――手をくまねえか? メアリー。見返りにお前は俺が隠してやるよ」
「はっ……!? 驚いた、貴方からそんなことを言われるなんてね。……何を始めるきよ」
「ちげえさ、もう始まってんのさ、既にな。失踪事件……うちのもんも大分パクられてる。我慢ならねえが、俺たちが手を組むしかねえだろ」
「私達が組む程の相手? そんなのが居る訳ないじゃない。そもそも学院のバランスが崩れるわ」
ロイドはちっちと指を振る。
「知ってんだろ、ゼノア・アーウィン。あの小僧の登場からこの学院のバランスは既に崩れ始めてる。あいつが原因じゃねえがな」
「…………」
魔王様……そう言いかけ、メアリーは辞めた。
彼こそは魔王の転生体に違いないと、心の奥では確信している。
だが、この情報は切り札になり得る。
まだ話す時ではないと。
「それで、何が始まってるっていうのかしら」
「――魔術会と"雷帝"が手を組んだ」
「!?」
魔術会はジョゼ率いる魔術師集団。その母体数ゆえに危険度はメアリーを上回る。
それに加えて……。
「"雷帝"リリーラ…………そんなの、彼女に旨味のない話じゃない。現実味がないわ。第一、彼女は少数精鋭でやってる正統派組織でしょ。そんなのが黒い噂の絶えない魔術会と――」
するとロイドは笑う。
クリスタルの光に照らされ、邪悪さがより一層深まる。
「だからよ、始まるんだよ真の勢力争いがよお! 乗るしかねえだろ……!! 俺以外にでけえ面させるのは我慢ならねえ!」
「…………」
メアリーは黙る。
「どうだ、くるか?」
メアリーとサラはしばらくじっと見つめ合い、根負けした様子でメアリーはため息をつく。
「――いいわ、乗ってあげる。貴方達とは一時休戦ね。この体じゃあ願ってもない申し出よ」
「かっはっは! 回復魔術も学ぶべきだったなあメアリー。うちに回復魔術が得意な奴がいる。まあ任せておけ」
「私は表立って動けないわよ」
「そりゃ前からだろ。お前はずっとダンジョンに潜りっぱなしだったからなあ。任せろよ、俺達が組めばこの学院なんてすぐ取れる。その後好きに研究してその女の仲間でも作ってやりゃあいいさ」
こうして、メアリーは六層から姿を消した。
アカネたちがそれを知ったのは、数日後。
捜索隊を組織してダンジョンに潜った後のことだった。
ゼノアが入学して以来、この学院の勢力図が今大きく変わろうとしていた。




