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宮廷プリンセスナイト  作者: 友浦
光と影
14/39

光と影<1>

 その日から、番子は指折り日にちを数えながら、ユカリコ姫と会っては計画を詰めていった。夜遅くにまたユカリコ姫がこっそりメイド宿舎棟までやってきて番子の部屋で小さなお茶会をしながら考えたり、急ぐときは城の中でも構わずトトに伝言や手紙を運んでもらったりした。

 一番多かった方法は、雲の上での会議だ。文字通り、雲の上で会議をする。お昼休みや、たまの休日には番子はプリンセスナイトに変身し、羽ステッキに乗って踊るように舞い上がり――

「んーんっ! 気分いい!」

 すぽんと真っ白い雲につっこむ。ちぎれ雲をまといながらの空中遊泳。プリンセスナイトの力で羽ステッキを使えば無重力も同然だ。

「じゃ、トト、ユカリコを迎えに行ってきて!」

「かしこまりました」

 共に飛んできたトトは、片方の羽を折って、王家の飼い鳥らしくきれいに一礼すると、身を落とすように力を抜いて急速に下降する。城の方へ小さく見えなくなったと思ったら、――

(あっ。きた、きた!)

 ユカリコ姫を乗せてゆっくり戻ってくる。ここからでも見えるのは、ユカリコ姫を背に載せるためにトトが大きな鳥へと変化しているからだ。こうなったトトは、銀の鳳凰のようにちょっとかっこいい。

「お待たせいたしました」

 ユカリコ姫も慣れたもので、ぴょんと飛び降りながら、

「ありがと☆ トト」

 ちゅっ、と抱きついて首元に口づけする。トトは毎度照れたようにはっと固まるが取り乱すことなく、「これはもったいないことを」と大仰に礼をする。ただプリンセスナイトのような力のないユカリコ姫はこのままだと雲を突き抜けて落ちてしまうため、そのときに番子はいつもユカリコ姫の手を握る。右手にステッキ、左手にユカリコ姫の手を握っていれば姫も落ちることはないし、ちょっと詰めてステッキに一緒に載せればあとは力の放出具合でユカリコ姫の体も一緒に無重力のごとく浮かせられる。自分とユカリコ姫で一つの体だと意識し、あとはステッキに力を込めて、二人分を乗せるのだ。

 ふわふわと浮いたまま、

「はい❤ これ、今日のおやつ」

 そう言ってユカリコ姫が白い箱を開けると、手のひらサイズの桃のタルトが二つ入っていた。丸いタルト生地の上に、ドーム状にかぶせられた半分の大きさの桃が、つややかに光っている。

「わーおいしそう」

「でしょ? この時間に合わせて焼いてもらったのよ!」

「ありがとう! いただきますっ」

「どーぞ! あ、その前に、香りをかいでみて」

 手渡された銀のフォークを刺すと同時に、もう甘い芳香が漂ってきていた。だが、

「あれっ、なんだろう! これって……」

 桃だけど、その中に覚えのある甘酸っぱい香り。

「ふふっ。苺の香りがするでしょう?」

 そうだ。苺だ! 苺の香りが混じっている。

「これは普通の桃じゃなくて苺桃っていってね、桃なのに苺の香りもするのよ! 味は桃なんだけどね、不思議でしょう? 青き国で今話題なのよ!」

 ユカリコ姫が楽しそうに教えてくれる。青き国で今話題の果物ということは、光の国に届くのは本来まだまだ先なのだろう。王家は特別に先に届けられているのだ。どうやら番子も一緒に、時代を先取りしてしまったらしい。

 番子が貴重な香りを楽しんでいると、

「タルト生地まで一緒に食べるのがだいじよねー」

 とフォークをぶすりと底までさしたユカリコ姫が、「んん、でも固いなあ……タルトが割れてくれな……あっ、やだ! ちょっと!!」苦戦して、

「ユ、ユカリコ!?」

 体勢を崩して番子の羽ステッキからあ~れ~と落下した! 落ちて落ちて小さくなっていくユカリコ姫に、番子はあわててステッキを縦に持ち替え急降下。同時にトトも追ってくれ、風の押力を使って空中でユカリコ姫に追いついて、

「だ、だいじょうぶ!?」

「ばんこちゃん!」

 なんとか無事に救出した。

 番子に手をつながれ、空中でふわふわと浮いているユカリコ姫は、番子に手を引かれるままステッキの隣に乗ると、目をくりくりと大きくして息を長く吐いた。

「はあーっ! 怖かったわ!」

「気を付けて。びっくりしたよ」

「ごめんなさい……」

 ユカリコ姫は軽くあごを引いて、番子に小さく頭を下げた。

「ああ……でも」

 ユカリコ姫はさらに申し訳なさそうに、

「タルトを落としてしまったかも。あたしも、ばんこちゃんも」

「あ……ほんとだ」

 自分の手を見る。ない。下を見下ろせばもう遥か彼方、どこへいったかわからない。

「あーざんねんっ! ほんとにごめんね、ばんこちゃん」

「しょうがないよ。ユカリコが落ちなかっただけよかった」

 タルトくらい、ユカリコ姫はまた持ってきてくれるだろうが、ユカリコの代わりなどこの世界のどこを探してもいない。まあもしかしたら今頃、城庭か王都で、空から苺の香りのする桃のタルトがふたつも降ってきたぞ! なんて騒がれているかもしれないが……。すると、

「あれ? トトは?」

 ユカリコ姫がふとあたりを見回して首をかしげる。番子もステッキを回転させてみたが、たしかにトトがいない。

「私と、ユカリコを追って降りて行ったけど……」

 身を乗り出して下を見ると、

「あ」

 優雅に旋回しながらこちらへ向かってくる、あれだけ大きく美しい鳥と言えばトトしかいない。だがそのくちばしに、きらりと光るものがあった。あれは……徐々に近づいてきてわかった。

「フォーク……!」

 はっとして番子がもう一度自分の手を見ると、ステッキを握っているだけで他に何も持っていない。ユカリコの手にタルトはもうなかったが、フォークは握られたままだ。番子はタルトだけでなくフォークも落としてしまったらしい。

 バサバサバサッ、と舞い戻ってきたトトが、首を傾けてフォークの持ち手の方を恭しく差し出す。番子はありがたく受け取った。

「ごめーん、ありがとうトト!」

「ふう。ユカリコ様がご無事でよかったです。でもあぶないですよ。フォークが天から落ちてきたら」

 番子が無事にユカリコ姫を救出したのを確認して、トトはフォークを取りに行ってくれたらしい。たしかにフォークが降ってきて、誰かの頭や目にでも刺されば大ごとだ。

「助かったよ~!」

 番子は頭を下げ、ユカリコは「すばらしい子」とぱっと両手を広げてトトを抱擁した。

「ちゅ❤」

 そうして愛おしげに口づけ――今度はくちばしの端に。すると、「あらっ?」とユカリコ姫は急に笑って吹き出した。

「どうしたの……? ユカリコ?」

「トト! あなたっ……ふふっ」

 ユカリコは抑えられないと言ったように、おなかを抱えて笑いに笑い、もう一度おっこちてしまいそうだ。

「ユカリコ、ど、どうしたのってば」

 つられて番子も笑うと、ユカリコは笑いすぎて目に涙まで浮かべながら、

「いや……あははっ、おかしいっ! トトったら、トトったら……国民を桃のタルトからも助けてくれたのねっ★」

「!」

 その言葉に固まったトトは、ふら~っと倒れ込むように落下していった。鳩に顔色があったら赤か青か、何色になっていることか。空に響く「失礼いたしました~」という声に番子とユカリコ姫は大笑いし、苺のにおいのする風を追いかけた。

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