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宮廷プリンセスナイト  作者: 友浦
かくしごと
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かくしごと<2>

 居間を照らす燭台のろうそくが、もう半分ほどの長さになっていた。ひとしきり過去のことを思い出し、温かい気分に浸ったものの、やはりここにいると体は冷え込む。この寒さに慣れないだろうユカリコ姫に外套を羽織るように勧めたが、へっちゃらとでもいうように断られた。そんなことより、とテーブルに両肘をついてぐいと身を乗り出し、番子の二の腕をつついてきた。

「次はデートの計画を立てましょ☆ どういう段取りにする?」

「うーん、そうだね」

「去年のあれはうまくいったわよね……」

 混乱に乗じてこっそりそっと持ち場を離れるという作戦のことを言っているのだろう。

「でも、たしかばんこちゃん、すごく叱られたんでしょ」

「う……まあ、そうなんだよね」

 それに、思い出すとやはり良心も痛む。ただでさえ人手が足りないから忙しいのに、その忙しさに身を隠してそっと抜けるというのはあまりに非道すぎる。去年は、急に決まったことだから仕方がない面もあったが、前もって会えることがわかっているなら、他の方法を模索したいと思った。

「休みはもらえないの?」

 ユカリコ姫の質問に番子が答えていく。

「王子が来ている日に休むのはやっぱ無理かなあ……。人手が足りなくて忙しいし」

「じゃあ、風邪ひいて寝込んだフリとか」

「たしかに、それもいいかもしれないけど……」

 しかし、それではまた直前に申告することになってしまう。上役メイドも、急な調整は大変だろう。その上、これでは城をうろつきづらい。はあ~と番子はため息をつき、言葉を漏らしてしまう。

「もっと、簡単にハルくんと会えたらいいのに……」

「……」

 ぼやいたものの、ユカリコ姫の文句ありげな視線を受けて黙り込む。

「はー。あのね、ばんこちゃん。今の関係をなくしたくない気持ちもわかるけどね、王子の愛はそんなことで阻まれるのかしら」

「は、阻まれるよ……っ。王子様とメイドだよ。しかも……平の。……さすがに無理、だよ」

 昼の上役メイドの茶会でも言われていたことだ。こんな身分で王子と恋仲になるなんて、許されるはずがない。向こうからしてみれば、平メイドなど同じ人間に思えないことだろう。たとえ、万が一ハル王子が平メイドでもかまわないと言ってくれたとしても、青き国が王子の結婚を認めてくれるはずなどない。

「でも、王子が受け入れてくれたら……もっと先に、進めるかもしれないのよ? それは、覚えておいた方がいいわ」

 他でもない「王家」ユカリコ姫からの仮定話が、甘く聞こえる。

「うん……それは……」

 もしも、

 ――どんな身分だろうと関係ない。僕ははなちゃんのことが好きだから、一緒になりたい。

 そう言ってもらえたら、という甘美な希望は、時々、大きくふくれていって止まらない。ハルの気持ちを確かめたいという欲求が、番子を揺さぶる。ハル王子自身が、この世界の概念自体を変えようとしてくれたら……?

「それは、わかってるんだけど……」

 こそこそしたデートだけではなく、正式な交際としてどこかに出かけ、一緒に笑い合い、彼の腕の中に抱かれ、抱える本当の悩みを全部全部打ち明け、一緒に考えてくれるような。いつか共に暮らす夢を語り合う、そんな関係に、なれるかもしれない。

 すべてを話して、王子と正式な、恋人に……少なくとも、共に〝身分差〟の障害を乗り越えようとしてくれたら――。

「……」

 ――ハルくんも、わたしがこんな身分と知っても、変わらず愛して……?

 番子は空想をかき消すようにぶんぶんと首を振った。

 ――君が、メイドだったなんて。残念だけど、住む世界が違いすぎた。ここでお別れだ、はなちゃん――

 そうやってうちのめされて、傷つくかもしれない。そんな現実をたたきつけられたりしたら、私は耐えられるの?

 二度と……手紙も来なくなるんだよ。

 だったら、幻想の中で一生恋していればいいじゃない。

 臆病な心。堂々巡り。

 今のままなら、王子様にいつか新しい恋人ができるまでは、私が、幸せな時間を過ごせるんだもん。

 だから、いいんだ……。

「お姫様のユカリコには、わかんないよ……」

 つい、そんなことまで言ってしまった。

「……まあ、いいけどね」

 ユカリコ姫はぺろ★ と舌を出し、お茶をあおる。番子はその白いのどが動くのを見つめた。気まずい沈黙。

 ……

 申し訳ないと思いながらも、番子はやさしいユカリコ姫がその沈黙を破ってくれるのを待った。

 ……

 長い。ユカリコ姫はまだカップを上げてお茶をあおっている。……嘘だ。のどは動いていない。……嘘飲み。番子が恐る恐る視線を上げてみると、バチッと目があった。ユカリコ姫が、怒っている。番子は肩をすくめて小さくなり「ごめんなさい」と頭を下げた。このことにユカリコが協力を惜しんだことはない。さっきの言い方は、卑怯なやつあたりだ。

 ユカリコ姫は一つため息をついてカップをテーブルに置くと、

「わからないなりにね、あたしだってなんとかしようと考えてるのよ? ね。計画、どうする?」

 と、にっこり笑顔を向けてきた。どうやら、許してくれるようだ。番子も、「どうしようか」と、力なく笑う。

「ばんこちゃんをあたしの付き人に指名するにも、何かと問題なのよね。なんだかんだ権力なんてものも自由じゃないわ」

 王家の品格維持のためのとりきめごとなんかがあるのだろう。今日、番子をローズガーデンに連れ出したのは、たしかにうまくやってくれた方だ。うーむ、と悩む二人。

「……まあ、まだ時間はあるわ! 状況を見ながら、ゆっくり考えていきましょ!」

 番子が頷くのを見て、ユカリコ姫は立ち上がった。

「さ、そろそろ行こうかしら。手紙も読ませてもらえたし❤ お互い、明日も早いしね」

「うん」

 桃色の長外套を手渡し、リキヤのところまで送ると言って番子はドアを開けた。ぴゅ~っと夜風が身に突き刺さる。

 階段を下りると、リキヤはメイド宿舎棟の入り口付近で、直立不動に待っていた。こんな寒々しい深夜まで、ユカリコ姫の警護もご苦労なものだ。

「ご協力、感謝する」

 ユカリコ姫を引き渡すと深々と頭を下げられた。

「いえ……あの、騎士様も……大変ですね」

「いや。これも仕事のうちだ」

 背筋を伸ばし、さらりと答えるリキヤ。さすがは近衛の騎士と言ったところなのか。

「さっすがリッキー☆ かっこいいーっ」

「身に余るお言葉です」

「カタブツ~★」

「……さ、さようで」

 姫のからかいに、リキヤもつい相好を崩し、そしてはっとしたように姿勢を正す。やはり、これでも人の子らしい。番子も、笑ってしまった。

「それでは、あとは私が責任を持って姫をお連れする。君も、もう今日は帰って明日に備えたまえ」

「よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げあう。そして闇夜に煌々と明るくそびえ立つ城へと歩きながら、「ばいばーい☆」と手を振るユカリコ姫を見送った。城の正面大扉をドアマンに開けさせて、メイドに迎えられて中に入っていくところまで。これから、暖炉の入った部屋で暖まり、メイドに温かいチョコレートを出してもらったりするのだろう。

 ユカリコ姫は気分を害するだろうが、番子はそれでもやっぱり、思ってしまった。

 ああ、わたしも姫ならよかったのに、と。

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