12. 傲慢な男
遅くなったのら
「戦うのは2度目か。あの時は割と簡単だったが、どうなることやら」
何の変哲もない弓を構える。目の前のものを討ち取るには質素とも取れるそれに竜は怒りのまま吠え立てる。
「さて、一応聞こうか。竜よ、貴様は自らの仕える王の魂まで忘れてしまったか?」
その声は届かない。竜がそこらに食べていた男を吐き出してゆったりと歩み寄ってきた。畏怖を与えるためのパフォーマンス。その身体の秀麗さを生かした威圧。当の相手は気にせずその矢を引き絞り、鱗へ射掛けたが弾かれた。
「私の世界は随分と物騒でね」
声が届いていないと見るや物語を諳んじるように言葉をかける。竜にとってはただの戯言だ。理解出来ようが出来まいが大して問題などない。
「外が随分凶悪で生きてるだけで素晴らしいとまで言われているんだ。おおよそ生物が生きるのにあれほど適さない環境はないな。そんなんだから外に生きる少数の魔物は酷く強いし、安全なすみかを求めて積極的に人の街を襲うし大変なんだ。ちなみにそんな私はそういう人を害する物を狩る立場にいたわけだがーーーー」
竜が大きく息を吸う。ブレスの準備だ。人がそのまま生身で受ければ木っ端微塵になること請け合いの強烈な力。竜にとっては力の誇示。しかしそれでもヘイズはその手の得物を変えようとしない。
「言っていることがわかるか?」
ふっと息を吐くようにブレスがヘイズを包もうとする。その瞬間ひゅんっと音がなってブレスが霧散した。いつの間にか構えた弓を手に持ち、震える弦を見ながら彼は不敵に笑った。
「貴様も私の足元に積まれた死骸の一部になるんだよ」
竜の怒りの咆哮が大地を震わせる。生物の頂点に君臨する種である己がただ数が多いだけの矮小な生き物にバカにされた怒り。だがしかし、ヘイズは本当のことしか言っていない。
何の変哲もない弓が何かを受けて変質する。細身の形状が固形化した魔力の外皮を纏い厚みの増した大弓に。元の姿が分からぬほどそれは作り替えられた。ほかならぬ使い手によって。
「たまには射手もわるくはない」
手に持つのは先程までの木で出来た矢ではない。使い捨てるには豪華に見え、されど使わずにはいられないほどに射出し、穿つための形は洗練されている。いや、核は先ほどと同じ木の矢だ。そこにまた高濃度で凝縮され固形化した魔力、魔石が付着しているだけで。魔石で出来た大弓と矢を構えて、気負うことなく放つ。
矢にいつの間にか描かれた魔法陣が発動し、矢としてはありえないほどまっすぐに飛んでいく。ついでと言わんばかりに回転もきつくなり、さらに貫通力を増す。たった一矢だ。これが、たったの一矢。
「避ける事は許さないぞ」
竜にとっては効かないはずの言霊が竜の動きを止める。魔力の込められた声は自由を奪い、竜を的として固定した。魔力の質と量に圧倒的な差がなければ効果を発揮しない完全な力技だ。その頭に矢が貫通する。避けることも出来なかった竜は一声も発さず地に伏した。あまりにもあっけない幕引き。されどヘイズ自身の顔は険しい。手に持つ弓と矢を纏う魔石が割れ、散逸して、魔力に戻る。
「フレナ、ハル」
『マスター、周囲に適性反応多数。討伐難度、最低でも5。学園の生徒だけで持ちこたえられるのか・・・』
「急ぎ、帰還する。魔物の数を減らしながら進むぞ。ハルは上空より先に行った3人の捕捉。見つけたら学園まで誘導してくれ。学園に既に戻っているようなら他の生徒を探しながら帰ってこい。
・・・初陣で、物騒なことになってしまって悪いな」
気にするなと鳴き、腕に止まったハルに自分の上着を持たせて再度上空へと飛び立たせる。これでわかってくれればいいのだが。3人を逃がしてやった今、心配なのは力を持たない生徒たちだ。己の力を隠すにあたり、この森全域を探索するような強力な力場は生成できない。人として扱える範囲の探索魔法とハルの上空からの監視だけではーーーー犠牲者が出るのは避けられない。だがことここに至ってヘイズは己をさらけ出してまで全てを救おうとは考えなかった。彼にとって最優先で守るのは仲間たちであり、それ以外はついでだから。
全ての人を救う力を持ちながら、己のためにしか使わないそれは傲慢だろうか。
「ーーーー私は全ての民を愛する。故に、全ての民が私を愛する」
かつての己が言った言葉を復唱する。ただの1度も忘れなかった言葉。自分を支え続けた誓約。心に誓い、己に誓って幾星霜、それが齎したのは確かに幸福だった。
だから彼は誓いを破れない。今や、たった3人になった己の民のため魔物の群れへ身を投じるのも躊躇わない。彼は森へ消えていく、その道筋に肉片と血だけを残してーーーー
○●○●○●
「ゼラチカ、落ち着いたか?」
「あかん・・・無理や・・・当てられてもうた・・・足腰立たへん・・・」
「いや、それはいいけどよ。あんなに取り乱すなんて何があったんだ」
「そん話は後や。まずは、はよ学園まで行くで・・・!」
「歩いてるの俺なんだけど!?」
「もっとキリキリ歩けゆーとんねん。事態はあんたらが考えるよりもっとずっと重いで・・・」
ルビアの耳元に寄せた息が震えている。時間が経ってもなお、指揮官として冷静であろうとするゼラチカを震わせるような何かがいたという事実とそんなところに仲間を置いてきた恐怖が現れる。全てを話すのが必ずしもいいとは限らないが黙秘を貫くことが良いとも限らない典型的な例だ。
不安に飲まれそうになった3人に鷹の鳴き声が響く。上空を旋回し、こちらを窺う様子の小さな鷹はもう一度高く鳴いた。よく見るとその鉤爪に何かを持っている。
「・・・あれ、ヘイズの・・・」
鷹は急降下し、森の茂みを突き破り地面に着地する。鉤爪に持つ上着は襲われて引っかかったにしてはとても綺麗で作為的に持たされたことが容易にわかった。敵意を感じさせない声色で鳴いて、また上空へと飛び立った。付いてきているのか確かめるようにその場で旋回する姿はとても敵には思えない。
「あっちや・・・きっと学園への最短ルートや」
「いいのか?」
「うちが錯乱しとって現在地が分からん状態で何の頼りもなしに行くよりかは数倍ましや」
その瞬間、がさがさと茂みが動き何かが飛び出してくる。・・・魔物だ。体躯はゼラチカ達の何倍もある。その闘気から少なくとも今のゼラチカ達では太刀打ち出来ないことはわかる。
しかし次の瞬間にはその魔物は何かに弾き飛ばされるようにして視界から消えた。その何かとは、人だ。
「無事か!?」
流れる金髪の髪に金の目。精悍な顔立ちは真っ直ぐ助けるべき生徒の方へと向けられている。
ライオネル・ドレッドノート。風紀委員長であり、魔王討伐隊の1人だ。
「ヘイズがまだ森に・・・!」
「分かった」
「あかん!森からの脱出が先や!!」
ルビアが言った言葉に駆け出そうとしたライオネルにゼラチカが声を張り上げる。その彼の足がピタリと止まった。
「どういうことだ?」
言わんとすることは分かる。仲間をみすみす見捨てるのかと。ゼラチカとて分かっている。それがどれだけ自分の信用を落とすことであるか、しかしそれでもゼラチカは戻るわけにはいかなかった。
「ヘイズが足止めしとんのは、ドラゴンや」
「!」
ドラゴンについての恐ろしさは言わずとも分かるほど全員が理解していた。特にライオネルなどその強さまで詳細に知っている。魔王を討伐したはずの自分たちが全員でかかってさえ未だ苦戦する相手だ。
「あいつ、1人や。1人でドラゴンを引きつけとった」
「ゼラチカ、お前それを知ってて・・・!」
「あの状態で出来るだけ多くが生き残る方法なんてあれ以外に思いつかんかった!うちが囮になれれば良かったんやけど。笑ってぇや・・・足すくんで、怖くて、なんも、できひんかった・・・」
未だに背負われたままのゼラチカはルビアの肩に顔を埋めて服を握る手の力を強くした。ドラゴンなどという規格外の化け物に1人で立ち向かうのは異常。本来であれば腕のたつ人々による入念な計画が必要な相手だ。何の対策もしていなかったあの場で、ヘイズが生き延びるとは誰にも思えなかった。
「目的変更。3人を学園へと連れて帰る。」
『了解しました』
ここにはいない誰かの声が無慈悲にオーダー受諾の意思を告げる。通信技術の復興に驚くほど元気のある人間はここにはいない。今ここで4人はヘイズを見捨てる選択をした。
○●○●○●○●
ヘイズは森を駆けていた。足を止めることなくその手に弓と矢を構えながら魔物を狩っていた。至近距離から撃った矢は魔物の胴体に突き刺さり血を吹き出させる。その血をもろに浴びながら倒れる瞬間を確認せず駆け抜ける。森とは思えない俊敏さだ。
『ヘイズ、どうしますか』
「どうする、とは」
『他の生徒を助けるか、見捨てるかです。彼らはあなたにとって価値あるものですか?』
「全ての命に価値がある......と前までなら言っただろうな。しかし今はこう言おう。命には貴賎がある。俺の今の最優先はルビア達だ」
それはヘイズが助けられる力を持ちながら他の生徒を見捨てたということだ。
フレナは静かに点滅した。




