エピローグ
「送り返してやろう。」
ルシは言った。
「もうあそこに用はないからな。」
「リーヴァはどうするというのです?」
泡が舞い散る中をキーシャは言った。ルシが首を振る。
「リーヴァの中にあった力はあまりに強大すぎた。」
サーガが言う。
「魂の存在を感じられないし。」
「そんな。」
シンが崩れる。
「あなたに愛しているとまだ言ってもらっていない。」
キーシャは茫然とする。リーヴァ亡き凱旋を勝利と呼んでいいのか。
「君たちは本当にいいわけ?」
サーガがルシに問う。
「どちらにせよ、この戦は負けだ。お前たちの勝ちでいい。我は自分の世界を立て直せるならそれだけでいい。セーレ。」
「は。」
「扉を開くぞ。」
シュテルンの玉座が見えた。
「行こう。戻らなきゃ。伝えなきゃいけないことが、我々にはあるのだからさ。」
サーガがシンを立たせ、キーシャの腕を引く。
「こんな言葉で腹の虫は収まらないだろうが・・・、すまなかった。」
ルシが頭を垂れる。セーレも頭を垂れる。
「もう二度と来るんじゃないよ!」
搾りだした捨て台詞をサーガが言う。こうして勇者たちはシュテルンへと帰った。シュテルンは祝勝モードだった。帰ってくると信じてやまない勇者たちが帰ってきた。皆口々に言う。
「魔王討伐おめでとう!」
サーガは無理にでも笑った。
「平和が取り戻されたし。」
そう言って回った。キーシャはアインの腕に抱かれ泣いた。皆勝利に安堵しているのだと思った。アインは気づいた。
(リーヴァ様は?)
口に出さなかった。察して少女の肩を優しく抱いた。シンはミヤギリの元へ行った。
「リーヴァ様は?」
「泡となってしまったのだ。どうにかできないかミヤギリ様。リーヴァはここにいるべきなのにいない。どうして?」
「シン・・・。」
ミヤギリはかける言葉もなかった。
数週間後。
ゴットでは祝勝会が開かれた。サーガが出された料理をかきこむ。
「うーん、やっぱご飯が一番だし。」
キーシャは演説する。
「この世界が守られたのは、兵士諸君の力があってこそ・・・。」
シンは、片隅でゾンネで借りてきた本を読み漁る。セイオウがミヤギリと会場の片隅で祝勝会を見守っていた。
「魔王をあるべき場所に返す。現実のものとなったな。」
教皇の未来視はそのまま当たっていた。
「しかし、リーヴァが帰ってこないとはな。シュテルンの未来を支えられるのはあの男しかおるまいに。」
ミヤギリは教皇の言葉を静かに聞いていた。
「シュテルンはレジスタンスで再建するそうです。となればキーシャが王に?」
「だろうな。勇者という立場もあってレジスタンスのリーダー。これほどふさわしい者もいまい。シュテルンの王家が断絶されたことは残念だが、あの者たちが未来を作っていくだろう。」
教皇はこの日ばかりはと酒を仰いだ。
「シンはどうだ?」
「ゴットの騎士となる事、選んでくれたか?」
「自分にはやることがあると首を振ってはいただけませんでした。」
「そうか、残念だ。サーガはキーシャを支えるのであろうな。」
「賢者ですからね。」
「うん、やはりいろいろと惜しい。」
ミヤギリが教皇の盃に酒を注ぐ。
「ゴットにもたらされたのは平和のみか。」
(向こう数年はゾンネを好きにできるだろうに。)
ミヤギリは言葉を飲み込んだ。
「平和とは貴いものです。」
「そうだな。」
酒を仰ぐ。
それから月日は流れ。
キーシャはシュテルンの中庭にいた。アインを待っている。
「お待たせしましたか?」
「ううん、少しだけ。」
キーシャはシュテルンの王になった。冠はゴットの教皇セイオウが乗せてくれた。キーシャにはまだ大きく感じられた。
「あの時の約束、まだ有効かな?」
「何のことでしょう?」
アインはとぼけて見せたがすぐに、
「いえ、冗談です。有効ですとも。」
「こんな私をもらってくださいますか。」
「そんなあなたがいいのです。」
ポケットから箱を取り出す。
「言わせてください。」
跪く。
「生涯の伴侶になってください。」
指輪が光る。ダイヤモンド。簡単には砕けないだろう。受け取り、指にはめてもらう。
「よかった。ピッタリだ。」
「用意がいいですね。」
「こっそり準備するのには手間取りましたよ。」
突然拍手が起こる。何かと思ってみると、
「サーガ!見ていたのですか?」
植え込みの陰からサーガ。
「突然やりだすもんだから驚いたし。」
侍従たちも出てくる。口々に、
「おめでとうございます。」
を言う。顔を赤らめる。婚約したことを思い知らされる。
「アインが旦那なら安泰だね。」
「そりゃあ、アインはすごい軍師ですから!」
「それだけじゃないでしょ。」
「もう、サーガ!」
サーガを追いかけまわす。和やかな笑い声がシュテルンに響く。
ステラは少し困っていた。この部屋に入り浸る暗黒騎士に。
「私の研究ができないんですけど。」
「些細なことだ。こっちの用事と比べたらな。」
シンは魂の魔術師の力を借りて、降霊術をいくつも試した。ゾンネの降霊に関わる本は片っ端から読んだ。それは昔読んだ、剣術指南書よりも詳しく読み込んだ。
「次はこれを試そう。ミヤギリ様のところに、修復に使ったときの布の残りかすがある。これを触媒にしよう。」
「今までうまくいかなかったじゃないですか。」
「それでも・・・それでも僕はあきらめない。」
魔方陣を用意する。布の残りかすを中央に置き、きれいな猫のぬいぐるみ、手のひらサイズを向かいに置いた。
(リーヴァ。あの日から、あなたのことを一度も考えなかったことはありません。あなたのことで頭がいっぱいなのです。)
暗黒騎士の目元には深い隈があった。
(どうか戻ってきてほしい。せめて別れの言葉だけでも交わしたい。)
魔方陣は不発で終わる。
キーシャは皆を伴って、魔女ヘカーテの家に来ていた。シンを引っ張り出すのは大変だった。降霊術に取り付かれた彼は、本から剥がれようとしなかった。キーシャは言った。
「魔女様だけが知っている、リーヴァのことがあるかも。」
シンは頷きやっとついてきてくれた。彼がここまで頑固なのをキーシャは知らなかった。小屋の前に着くと、話し声が聞こえてきた。戸を叩く。
「魔女様、キーシャです。お礼を言いに来ました。」
「入りなさい。」
戸が開く。部屋の中はあらゆる薬草が置かれ、匂いも薬草のスーッとした匂いがした。その中央に椅子が置かれ、人形が置かれていた。子供の身長ほどの人形だ。猫耳がついている。それを見た途端キーシャはリーヴァを思い出した。涙があふれてくる。
「すみません。ちょっと・・・。」
「ごめんなさいね。座るところがなくって。」
ヘカーテは自身の椅子にもたれかかりながら言った。
「誰と話しておられたのです?」
サーガが聞く。
「古い友人よ。ちょうど今回の旅のことを聞いていたの。ねぇ、リーヴァ。」
皆が人形に注目する。人形の口元が動く。
「もうバラしちゃうのか。」
「だって、キーシャが泣いてあまりにもかわいそうだから。」
シンが椅子に手を突く。
「本当にリーヴァ?」
「ああ。」
「本当の本当に?」
「そうだ。」
「降霊術で呼んでも来てくれなかったのに。」
「ここに呼ばれてたからな。降霊術なんてしてたの?」
リーヴァがちょっぴり引く。
「話したいことがたくさんあるじゃん!」
「こっちも聞きたいことがある。」
キーシャがたまらず抱き着く。
「おおっと。」
「すみませんすみません。」
人形が鼻水と涙でぬれる。
「泣いてる顔は似合わないぜキーシャ。なあ、聞かせてくれ。これからのことを。」




