人形バアル
たくさんの死体の山が積み重ねられていた。
そんな死体の山から、一つの手が伸びる。それは死体を押しもがき起き上がってきた。死体の大半は腕が切断されていた。恨めしそうに天を見つめる頭たち。武器が大量に落ちている。
一人の翼を持った人影が近づいた。こちらに気づく。
「生きていたか。」
手が伸びる。近くに落ちていた剣を拾いあげ人影に向かって投げる。切っ先が人影に届きそうと思った刹那、投げたはずの剣が目の前に突き刺さる。
「困ります。ご主人様を傷付けられては。」
人影がもう一つ現れた。それは翼の生えた馬の上に乗っていた。憎しみの目を向ける。
「気に入った。」
最初の人影が言った。
「だが、生きていてはまたいつ殺しに来るかわからないな。・・・そうだ、おい、ムルムル。」
「はい、なんでしょうか。」
人影がまた増える。こちらは翼を持って飛んでいた。
「こいつをお前の傀儡の中に入れろ。」
「よろしいので?」
「構わんやれ。」
人影が近づいてくる。不気味な笑顔が見えた。
利用されるぐらいなら・・・死んでやる。
突き刺さっている剣を抜く。剣で喉元を突き刺す。痛い、苦しい。息がうまくできなくなっていく。死ぬ・・・。そこで終わるはずだった。
目覚める。あたりを見回す。正面に鏡があった。鏡には猫耳のついた人間サイズのかわいらしい人形が座っていた。なかなかファンシーだ。首を動かす。すると鏡の中で人形が首をかしげていた。これが俺?まさかと思った。意識がぼやけている。夢を見ているのか。
するとそこに少女が走ってきた。どさっと音がする。
「バアルー!今日も頑張ってきたよー!」
見ると翼の生えた少女に抱き着かれていた。
これは、誰だ?
「ご主人様、着替えがまだですよ。バアルも汚れてしまいます。」
スーツ姿の美麗な男が立っていた。
「仕方ない。着替えさせろ。」
少女が命令すると侍従だろうか、メイド服を着たものが着替えさせる。
「世界侵攻も順調ですね。」
「当たり前だ。誰だと思っている。」
「次はどこを攻めますか?」
「会議の時にな。今はプライベートだ。」
「失礼しました。何かお飲みになりますか?」
「持ってまいれ。」
美麗な男が指示を出す。すると侍従の一人が首に鎖を巻いた人を連れてくる。奴隷だ。奴隷を連れてきたのだ。机の前に跪かせる。
「どうか命だけはお助けを。」
奴隷が懇願する。
「家畜の命を助ける者があるか。」
美麗な男が机にグラスを置く。奴隷の髪を抑え、どこからともなく取り出した鉈で首を刈る。勢いよくグラスに血が入る。グラスを拭き取り、少女に渡す。
「どうぞ。」
「うむ・・・美味。やはり新鮮な血に限るな。」
死体を片付ける侍従。俺はその光景に目を白黒させた。思わず手をあげた。人形の手が動く。手足が動かせる。立ち上がる。
「どうしたバアル?前世の記憶でも戻ったか?」
少女が意地悪く笑う。前世?
「ああ、そうか。お前には喋れる口がなかったな。」
その場が笑いに包まれる。
「ムルムルに言って、口を取り付けてみては?」
「それもいいかもな。これだと味気ない。」
夜。
天蓋付きベッドに手を引っ張られて連れていかれる。
「お休みの時間だよ、バアル。と言ってもお前に休める脳はないがな。」
少女がベッドで横になる。その隣に寝かせられる。
「夜は長いよ。バアル。」
寝息が聞こえてくる。
眠れない。
起き上がり窓の外へ。月明りが見えた。思い出そうとするが、空っぽだ。奴の言うように、この体には綿ばかりで中身がないから。虚しくなる。そこへ、一羽の鳥が飛んでくる。
「覚えているか。私を。」
首をかしげる。
「そうか、すべて取られてしまったんだな。」
鳥がそばによる。
「思い出せ。あの憎しみを、恨みを。後はお前だけなのだから。」
鳥が左目に何かを埋め込んでいく。飛び去る。
翌日。
結局、一睡もできなかった。少女が起きる。
「おはようバアル。夜の闇はどうだった?まあ、後で話を聞こうじゃないか。今日はムルムルがお前に口をつけてくれるよ。」
侍従が着て着替えさせる。今日も奴隷の首が一つ飛ぶ。血のジュースを飲みながら、朝食が出てくる。前菜に人間の目玉のテリーヌ、メインに人間の心臓のソテー、デザートに人間の生爪のタルト。吐き気を催す。吐けるものなどないのだが。食事が終わると、一人の人外が来る。人形遣いのムルムル。
「口をつけるのでよろしいですかな?」
「ああ。」
「一度つけると、外すことはできません。」
「かまわん。」
「壊すしかなくなりますからね。あまりおしゃべりでないのを祈ります。」
ムルムルに連れていかれる。台に固定され、身じろぎ一つできない。
「針と糸、それに布を。この子に合うものがいいでしょう。」
手術が始まる。口の部分を切り裂かれる。痛い。叫びたくなる。布を入れられる。苦しい。それを縫い付ける。感覚がマヒしているのがわかった。
「出来上がりました。さあ、喋ってみなさい。」
「い・た・い。」
「まあ、上出来でしょう。お喜びになるはず。」
解放され、いつもの部屋に連れていかれる。
「バアル!」
少女に抱き着かれる。
「さあ、声を聞かせて!私はルシだよ。」
「ルシ。」
「ルシ様だ!」
美麗な男に言われる。
「ルシ様。」
少女が笑う。
「昨日の夜はどうだった?」
「虚しかった。」
どっと笑いが起こる。
「そうかそうか、覚えていることはあるか?」
「・・・思い出せない。」
少女がにやにや笑う。
「それは残念。お前が全てを覚えていて、惨めにも殺してやるだとか言うのを期待してたんだがな。その可愛らしい手足をばたつかせるところが見たかったな。」
頭を撫でられる。どこか不快だ。
「今日はこれから会議がある故、ここで自由に過ごすといい。」
少女が去っていく。美麗な男がお供する。侍従と二人きりだ。
「ねぇ。」
話しかけてみる。
「人形ごときが汚らわしい口をきくな!」
殴られる。痛い。
「ルシ様に気に入られてるからって調子に乗るなよ。」
踏みつぶされる。侍従が去っていく。しばらく立てずにいた。起き上がる。ため息をついた。部屋を見渡す。武器が乱雑に飾られていたのが見えた。そのうちのナイフを手に取る。
ドクン
鼓動が早くなる。知っている。このナイフを知っている。これは、エアロスが使っていたナイフだ。記憶がよみがえる。
焚火を囲みながら、エアロスがナイフの手入れをしている。
「特別なものなんだ。」
彼はそう言った。
「村を出る時にもらった宝物なんだ。魔力がある。風の魔力。」
俺が頷く。
「その昔、悪さをしていた風の精霊を切ったときに魔力がついたらしい。」
「へぇ。」
「風の加護がついている。」
・・・意識が呼び戻される。ハッとする。ナイフを体をちょびっと切って体の中に忍ばせる。あたりを見回す。記憶を呼び起こせるもの・・・。本が目につく。見覚えがあった。手に取りページをめくる。銀色の鳥があしらわれたしおり。パラパラとページをめくる。見たことのある魔方陣で手が止まる。思い出す。フォービのだ。これはフォービの魔導書。
熱心に本を読むフォービ。声をかける。
「今、集中してるから。」
制される。しばらく待つと、フォービが動き出す。魔方陣を描く。
「火の精よ。答えたまえ。」
そう唱えると、赤い翼を持った妖精が現れる。
「火を。」
薪木に火がともる。
・・・ハッとする。あたりを見回す。皮が飾ってあった。デスマスク。見覚えがあった。
三人並んで立膝をつく。正面を見ると姫がいた。姫はそれぞれにスカーフを巻いていく。黄色い、星のようなスカーフ。国旗の色でもあった。立ち上がる。姫が期待のまなざしで見つめていた。
・・・ハッとする。涙が出ないのに目をこすった。デスマスクを見つめる。どうして今まで忘れていたんだろう。窓から外を覗く。鳥が一羽羽ばたいて来る。
「どうして忘れられようか。あの時の希望を。思い出せ。憎しみや恨みを。それでそろう。」
鳥が飛んでいく。部屋に飾られている額縁を見た。あの少女が写っていた。それをボーっと眺めていると少女が帰ってきた。
「どうだったかね。何か思い出せたかい?」
意地悪く笑う。首を横に振った。
「そうか。」
満足そうに椅子に寄りかかる。
「こっちにおいで。」
近寄ると、優しくなでられた。
「いつまでもこのままでおいで。」
少女が趣味の悪い夕食を済ませベッドで横になる。一緒に横になる。寝息が立つ。そばに置いてあったダガーを拾う。少女の胸元に振り下ろそうとする。
「足りないよ。」
鳥が飛んでくる。
「憎しみが、恨みが足りないよ。でなきゃ無意味だ。」
ダガーをそっと元の位置に戻す。
「どうしたらいい?」
小声で聞く。
「思い出せ。全てはそこから始まる。」
飛び去っていく。俺は考え込む。どうしたら、恨みや憎しみを思い出せるのか。デスマスクと、本を交互に見つめた。
翌朝。
「おはようバアル。昨日はどうだった?」
「どうもしない。」
「まあ、素っ気ない。」
侍従に着替えさせる。少女が椅子に座る。
「今日は若い肉がいいな。特に柔らかそうな少女の肉がいい。」
美麗な男が
「用意してまいります。」
そう言った。なんだかぞわぞわした。侍従によって奴隷が連れてこられる。注文通りの少女だ。
「私は屈しません。」
少女が言った。
「なかなか生きがいいな。」
「レジスタンスのリーダーだったようです。」
グラスを置く。少女の髪をつかむ。また、どこからともなく鉈を取り出す。少女と目が合う。希望は潰えていなかった。首に刃が振り下ろされそうになった瞬間、憎悪を感じた。
「やめろ!」
叫んでいた。それと同時に片眼が光る。何かを埋め込まれた方の左目だった。
「攻撃か?」
「馬鹿な!」
彼らが焦る。レジスタンスの少女の方に手を伸ばす。光が散った。魔方陣が浮き上がる。
「転移か!」
美麗な男が叫ぶ。光のしぶきが上がる。それが止むと、少女と人形は居なくなっていた。
「ほう、まだあがくか・・・。」
光がはじけ飛ぶと、森の中にいた。少女を助け起こす。
「ありがとう、あなたは?」
「俺、俺は・・・。」
思い出す。あの日姫に名前を呼ばれる。
リーヴァ
「俺はリーヴァだ。」
名前を取り戻した。
「リーヴァ?それってあの三英雄の?」
「そうだ。リーヴァ・シュトローム」
「まさか生きていたとは・・・。いや、生きているといえるの?」
「君は?」
「私はキーシャ。ヴィーダのレジスタンスのリーダーです。奴らの支配にあらがっていたところ運悪く裏切られ、捕まってしまったのです。」
「それは災難だったな。」
「リーヴァ様はどうしてそんなお姿に?」
「あの日・・・敵に敗れて、自害したはずだった。敵に人形遣いがいた。そいつに傀儡にされてしまったらしい。今のところは、自由に動けそうだが。」
「そうでしたか。ここはどこでしょう?」
「わからない。」
「あなたの目が光って飛ばされたようでした。」
「転移魔法だろう。鳥からもらったんだ。」
困っていると、一匹の鳥が飛んできた。
「お帰りリーヴァ。魔女様が待っているよ。」
「魔女?」
「おお、すべてを取り戻せていないんだね。魔女、この星を憂うものさ。この森の奥で待ってる。」
「わかった。行こう。」
キーシャに向かって手を伸ばす。キーシャが手をつかみ森の奥へ。みすぼらしい小屋があった。戸を叩く。
「ようこそ。」
ひとりでに戸が開く。中へと入る。
「ようこそ魔女の家へ。」
「あなたが魔女か?」
正面には若々しい女性がいた。
「そうだよ。私はヘカーテ。この星を憂うもの。リーヴァよ。こんなことになってしまうとはな。」
「あいつらはいったい何者なんだ?」
「奴らは外から来た悪魔。我々を害するもの。奴らはこの世界を支配し、意のままに操ろうとしている。」
「どうすればいい?」
「力を付けなさい。今のままでは勝てない。」
「三英雄様含め大勢の戦士たちが死んでしまいました。一筋縄ではいきません。」
「まずはお前を支配している、人形化の呪いをどうにかしなくては・・・。」
「何をすればいいのでしょう。」
「賢者の元に行きなさい。力を借りるのです。」
「賢者様ですね。」
「どこに行けば会える?」
「東にある山奥に今はいるようです。」
「行きましょう。リーヴァ様。」
「リーヴァでいい。」
「では行きましょうリーヴァ。賢者様のいるとされる東の山奥に。」
「ありがとう魔女。」
「いいえ、お行きなさい。世界の安寧のために。」




