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思い出すは、君の名  ~愛した姫の名で生まれ変わり、前世の誓いを果たす~  作者: 呂兎来 弥欷助
出会いと再会

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9/12

【8】結婚への道標

「俺が、『王子様』じゃなくて……ごめんね」


 そっと庾月ユツキを抱き締める。


「何言っているの? リュウはずっと『私の王子様』よ?」


 庾月ユツキがクスクスと笑って、リュウも笑う。


 笑い声が消えて、わずかな静寂が訪れた。

 リュウが視線を下げれば、少し上目遣いの庾月ユツキと視線が重なる。


「それにね、私は……リュウの前では『ひとりの女の子』になれるのよ?」

『こんな魔法はないわ』と微笑む。


「愛してるよ、庾月ユツキ

「私もよ。リュウ


 愛を誓う行為はもう理解している。婚約の儀式の『行動』が、それだ。


「愛しているわ」


 ふたりはどちらともなく、互いの想いを『行動』で宣誓する。




 翌日、リュウは夢心地で目覚める。庾月ユツキの寝顔を見、愛しさを噛み締めて頬をなでる。


 ──本当に、庾月ユツキと結婚できるんだ……。


 告白されたときも、付き合うと決めたときも、夢のできごとのようだった。それに付き合うと決めてからは、どこか『いつか別れる』が前提だったようにも思える。


 結婚への道標をしてくれたのは、庾月ユツキだ。


 ──これからは、俺がもっとしっかりしなきゃ……。


 庾月ユツキの長いまつげも、ふんわりとやわらかい髪の毛も、眠っているときの顔も──どれをとってみても、なんてきれいだろうとうっとりする。


 けれど、視界に映り込んだ時計をしっかりと見れば──リュウは飛び起き、慌てふためく。


 今朝は、()()の顔合わせだ。


 ワタワタとベッドから出れば──身にまとう物はなく。驚きと昨夜のフラッシュバックが重なり、顔が急激に熱くなる。


 思考はもうパンクだ。

 『服を着る』と冷静に判断できずに、身を縮める。


 そんな折、

リュウ?」

 と、声が聞こえた。


 それはもちろん庾月ユツキのもので。

 リュウは最愛の人の名を呼んでベッドへと戻り、抱き付く。


 するとフワフワと頭に心地よさを感じ、落ち着きを取戻し始めた。

 だが、真っ先に思い出したのは──まさに顔面蒼白。


「急がなきゃ!」

 ガバッとリュウが起き上がったからか。

 庾月ユツキは目を丸くしたが、それは一瞬で。リュウを見るなり、にこりと微笑む。


「そうね。行きましょう」




 そうしてふたりは身支度を整え──る前、庾月ユツキリュウの手を引いた。


 新しい広い空間がまた現れた。

 ここは、庾月ユツキにとって衣装部屋のよう。見渡す限りズラリと服ばかりある。しかも、リュウが見たことのないドレスや装飾品の数々が並んでいる。


 リュウは一時、呼吸を忘れた。

 だが次の瞬間には、庾月ユツキリュウに服をあてていて、大きく息を吸う。


 庾月ユツキが持っている服は、リュウの物ではない。


 ──そういえば……。

庾月ユツキ、『旦那』らしく面倒みてやれ』と、父が言っていたのを思い出す。


 ──こういうことだったんだ。


 これから()()の顔合わせに向かう。

 当然、庾月ユツキの母とも会うのだ。現在の、世界最高位の人と。


 少し血の気が引いた。

 庾月ユツキ()()次点だ。


「こっちがいいかしら……ねぇ、リュウ?」


庾月ユツキが選んでくれるなら、間違いないよ」


 問いかけられて我に戻るが、うまく笑えない。本心なのに。──庾月ユツキを、()()()()()思ったことがなかったから。


「そう?」

『私はこんなにかしこまらなくてもいいと思うんだけど……』と続ける庾月ユツキは、アヤで見てきた庾月ユツキと何も変わらない。


 キュッと思わず抱き締める。


リュウ?」

「大好きだ」


 すっぽりと腕に収まる庾月ユツキは振り向き、ふふっと笑って。その唇で弱きな口を封じた。


「うれしい。私もリュウが大好きよ。今までよりもきっと。これからも、ずっとね」


 庾月ユツキがまた背伸びをした。


 リュウは少し屈んで、今度は互いに唇を寄せる。


 合わさったのは刹那で。

 庾月ユツキが離れて、リュウは目を開けた。


「伯父様たちを待たせたら悪いわ。ゆっくりいたいけれど、お母様にもみんなにも……私の王子様を早く見せつけたいの」


 照れる庾月ユツキがかわいらしくて、リュウにも照れが移る。


リュウは何でも似合うわね。すごく迷っちゃう」

『やっぱりこっちがいいかしら? でも、こっちもいいかしら?』なんて言いながら、庾月ユツキはようやく一着を選んだ。


 選んでもらった服をリュウはしっかり受け取る。ただ、着慣れないような服を、ひとりできちんと着られる気がしない。


「うまく着られないかもしれないから、手伝ってくれる?」

 リュウが眉を下げて言うと、

「私も、リュウに手伝ってもらわないとうまく着られないわ」

 と庾月ユツキが返してきた。


「ファスナーを上げればいいの?」

 リュウが聞けば、

「ネックレスもつけてほしいわ」

 庾月ユツキはきちんと答えてくれる。


 だから、リュウにはかけがえのない時間になる。


庾月ユツキも、何を身につけてもすごく似合うね」

リュウにそう言ってもらえてうれしいわ」


リュウはイヤリング付けてみる?』と聞かれ、『ううん』と首を横に振る。




 着替え終われば庾月ユツキはこれまで見たこともないほど輝いていて──リュウは思わず息を呑んだ。


「きれい……だね」

「うれしい」


 キュッと庾月ユツキは手を繋いで、アヤにいるときと変わらない笑みを見せてくれた。


リュウも一段とかっこいいわよ」




 部屋を出、庾月ユツキに手を引かれるまま向かう。


 顔合わせは鴻嫗トキウ城内だ。

 昨夜は気付いてから、どうも絨毯の色気になってしまった。


 ──確か、庾月ユツキの部屋に向かう前は、赤い絨毯だったはず。


 しばらく歩くが、絨毯は紫紺のままだ。


 ──昨日は通ってない……かな……。

 見上げれば、天井も一段と高い気がする──というか、もう『広い』とか『高い』とかを越えて、『すごい』という感覚しかなくなってきた。


 庾月ユツキは道標でも見えているかのように歩いていくが、壁はなく。円柱が幾重にも並ぶ場所へ出て、リュウは空間認識まで狂いそうになっている。


「そろそろ着くわ」


 庾月ユツキがそう言ったとき、絨毯の色が赤へと変わっていた。


「あれ?」


 狐につままれたような感覚だ。

 その感覚を、なぜか庾月ユツキはわかっているようで、

「そろそろ中庭が見えるわよ」

 と言う。


 ──つまり……昨日通った道に、出る……。


「どうりで……」

「昨日見た場所に似てるなって、思ったんでしょ?」


 リュウはコクコクとうなずく。


 すると庾月ユツキが、

「きちんと覚えようとしてくれているのね」

 と、幸せそうに微笑んだ。


 中庭がガラス越しに見えてきた。すぐに右手側を庾月ユツキが示し、客間らしき場所へ入る。


 そこは、これまで入った部屋で一番大きな部屋。リュウは思わず、たじろぎそうになった。


 ──いけない。

 『顔合わせだ』と、気持ちを持ち直す。


 室内には見たことのある人物が多かった。

 父や祖父、大臣。それに、昨日顔を初めて合わせた()()──の、となりに、女性がいる。


 庾月ユツキとも父とも義弟とも同じ色彩を持っていて──『庾月ユツキの母』と見極められた。


 だが、合致しないような感覚に襲われる。もし、この場以外で会ったならば、『庾月ユツキの母』とは見極められないだろう。

 それほど華奢で、儚げで──どこか危うい雰囲気を、『少女』の面影を持っている。


 一気に帯びた緊張は、『結婚相手の母』だから──そんな安易な仮定をして、リュウは緊張の原因を流した。


 庾月ユツキにそっと『あいさつをしたい』と伝える。


 それで庾月ユツキは、リュウ()()と初対面だと察してくれたらしい。


 父や義弟に会釈をし、()()に笑みを作る。


「初めまして。リュウと申します。この度は庾月ユツキさんとの結婚を許してくださり、誠にありがとうございます」


 ()()()()である、娘の結婚相手だ。さぞ思うことがたくさんあるだろう。


 リュウが気構えしていると──。


「貴男を、庾月ユツキは好きになったのね」


 やわらかい肯定の言葉をかけられて。

 でも、『はい』とは言いにくい言葉で。


 リュウが返答に迷い、視線を泳がせた。その矢先、

「そうなの。すてきな人でしょう? お母様」


 スッと庾月ユツキが入ってきてくれた。


「本当に感謝しています。お父様も、きっと許してくれたと信じています」


 いつの間にか()()の手を握り、()()に祈るように感謝を告げている。


 ──庾月ユツキのお父さんは……。


 もう、ずい分前にいないと聞いている。それなのに──。


「そうね。沙稀イサキは貴女の想いを尊重するわ」


 ──まるで、まだ存在しているかのような……。

 リュウが困惑している間に、庾月ユツキ()()を席まで誘導した。




 そうして、()()()()()()()()()とばかりに、今度は()()に父、それに祖父へと話しを振り──父の家族がやってきて。


 リュウの意識は、また違う緊張で包まれた。




 用意された席にそれぞれが座り、食事会が始まった。庾月ユツキと祖父が打ち解けているのはもちろん、祖父と父もきさくに話していて──気付くと、いつの間にか()()()()がいない。


 庾月ユツキが気付いていないことはないだろう。

 父にしても同じだ。


 けれど、()()()()()()()かのように、()()()は進んでいく。


 庾月ユツキは、家族と仲が悪いわけではない。


 少なくとも、昨日出迎えた()()の様子を見れば。少なくとも、先ほどの()()との様子を見れば。


 言い表せない、ザラザラした感じがする。


 ──この違和感は、何だろう……。

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