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愛した姫の名で生まれ変わり、前世の誓いを果たす ~思い出すは、君の名~  作者: 呂兎来 弥欷助
2・選んだ恋

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【6】見てきた世界の違い

 キュウと抱き締めれば、庾月ユツキの腕にも力が入ってきた。


 具体的な悲しみを庾月ユツキがポソリポソリと言ったから、

「そんなに……焦ることでもないよ」

 と返す。


 それでも庾月ユツキは変わらず、まるで落ち着かないと言うかのようにピッタリとくっついている。


「俺は庾月ユツキとふたりのままでも、うれしいからね」

 そっとなで、

「無理に店に出なくていいんだよ」

 と、今度は脈拍を刻むように背を軽く叩く。


 フッと庾月ユツキの力が抜けた。


 ──ようやく……少しは落ち着いたかな……。


 リュウも腕の力を抜いて、庾月ユツキの様子をうかがう。


 見れば、庾月ユツキはグズグズと泣いていた。目も鼻も赤くなっている。


「さみしい……」

 聞き取りにくいが、庾月ユツキは確かにそう言った。


 その様子に、リュウはふと笑ってしまって、

「じゃあ……客席に座っているのは、どう?」

 と聞く。


 ──駄目だな……。庾月ユツキがこんなに弱っているのに、かわいいと思うなんて。


 それに『そばにいたい』と言われたようで、妙に恥ずかしい。


「付き合う前みたいで、照れるけど」


 リュウだけが、当時に戻った気になる。あのときはまだ、恋と自覚していなかった。懐かしい記憶だ。


 ──でも、もう……結婚したんだよね。

 付き合っていたときは、こんな未来に辿り着けると想像もしていなかった。


 感覚の差がおかしくて、急激に愛しさが増してくる。


 片方だけ足を立て少し伸ばし、ベッドの上に乗り上げる。庾月ユツキに顔を近づけ、口元に唇を触れさせた。


 庾月ユツキはハッと我に返ったかのように、涙を拭く。


「顔……洗ってくるわ」


 スルリとリュウの腕からすり抜けた。洗面台へ一直線に走っていく。


 ──やっぱり、元気がないなぁ……。




 ほどなくして戻って来た庾月ユツキは、『一緒に行く』と言った。

 リュウは手を繋いで、散歩をするようにゆっくりと歩く。


 カウンターが見えてきて、祖父の姿も見えてきた。


「おはよう」


 リュウの声に祖父が顔を上げ、からかうように笑う。


「朝からずい分アツアツじゃねぇか」


 これまでのリュウだったら否定をしただろう。しかし、今日のリュウは苦笑し、サラリと返す。


「まぁ……新婚だからね。じぃちゃんのお陰で」


『それで』とリュウは続け、()()の体調が万全ではない旨と、

「できれば、休ませたいんだけど……」

 と、意見を添えた。


 祖父がチラリと庾月ユツキを見る。


「おう。具合が悪いときは無理せず休みな」


 祖父の目から見ても体調不良は一目瞭然だったのか。祖父は庾月ユツキを気遣ってくれた。


 一方の庾月ユツキは『はい』と返事をしても、声に元気はなく。尚且つ、『できることはします』と言って、()()は負担の軽い仕事を始めた。




 庾月ユツキが少し遠くに行ったころ、祖父がボソリと呟く。


「しっかし、珍しいな。柚子が自分で言わないなんてよ」

「不安なんだよ……たぶん」


 リュウにも心当たりがある。


「体調悪いときって、心も弱るでしょう?」


『へぇ~』と祖父はニヤニヤし、

「ああ、だからちょっとでもリュウのそばにいてぇのか」

『なぁるほどなぁ!』と、あっはっはと豪快に笑い始める。


 その明るさに、リュウの頭の霧が晴れた。


 ──ああ、そうか。


 リュウ庾月ユツキの姿を遠目から眺める。


 幼少期、体調が悪いのに祖父から離れなかった己と重なる。あの頃、祖父に『寝てろ』と言われたのに、()()と同じようにできることをしていた。


 ──誰かに、()()()()()しまったら……という恐怖は、俺も知っていた。

 はずなのに、いつの間に忘れていたのか。


 ──いくら結婚前からココで働いていたといっても……庾月ユツキは、()()()きた、みたいな状況だ。


 船は決まった時間にしかこない。

 言ってしまえばこの大陸に、庾月ユツキの居場所はアヤしかない。




 リュウ庾月ユツキの背を視界に入れて歩いていく。手の届くところまできて、そのまま抱き付いた。

 驚きの声がちいさく聞こえた気がしたが、リュウは構わず抱き寄せる。


「俺たち、もう家族なんだからね」


 庾月ユツキの不安をどうしたら消せるのか。懸命に考える。


「仕事中だからって、庾月ユツキのことを忘れたりしないよ」


 耳元で囁いた。誰にも名が聞こえないように。

 そうして、これまで言う機会がなかったと反省しつつ続ける。


「だから、何日休んだって……いや、そうじゃなくて。あのね、俺のお嫁さんだからって、働かなきゃいけないわけじゃないんだからね?」


 これまで庾月ユツキがあまりに自然に働いていてくれたから、話し合ってこなかった。


「それに、俺は好きで働いているんだから」

「私も」


 庾月ユツキがポソリと言ったから、包む腕がゆるんだ。その隙に、庾月ユツキが反転して──リュウの腕はスルスル下がる。


「私も……好きで働いているの……」


 なぜかジンときて、庾月ユツキに見惚れていたら──。


「柚子は、『リュウが好きで見ていたいから』働いているんだろ」


 祖父の横やりに、庾月ユツキは真っ赤になって。それは、リュウにも伝染した。




 結局、庾月ユツキにいつものような明るさは戻らなかった。


 そのまま数日が過ぎ、仕事終わりにリュウはため息がもれる。


 ──今日も、元気が戻らないままだったな……。


 でも、無理に元気になってもらっても仕方ないわけで。庾月ユツキを心配しながら、これからも寄り添おうと決意する。




 手を繋いで部屋に戻り、一通り寝る準備を終わらせて、

「おやすみ」

 ベッドの中でも手を握る。


 すると、庾月ユツキが距離を縮めてきて、リュウをジッと見つめてきた。


 こんな状況は初めてではないのに、妙に緊張してきてしまって。微かに感じる呼吸の苦しさに戸惑いを感じる。


 なぜか心が追いついてこない。


 ふいに庾月ユツキが唇を重ねてきて──これまでだったらリュウも同様に返していたのに、急ブレーキがかかってしまった。


 咄嗟に庾月ユツキと距離を取り、ハッとする。


「いや、その……嫌っていうわけじゃなくて。庾月ユツキがそう……思ってくれるのは、本当にうれしいし、本当に嫌じゃない。俺だって庾月ユツキが戻ってきてくれたとき、その……結婚前日なのに、変な言い方したし。さみしいと……その、わかるっていうか。ただ、結婚してからも俺、浮かれすぎてたんじゃないかなって……思うところもある」


『でもね』と続け、自身の気持ちを探す。


「俺は庾月ユツキとこうやって話せたり、一緒にいられたりするだけでも充分うれしくて……手を握れたり、ハグができたり、触れ合える距離にいられるだけでも、充分幸せで。そういう感覚も、大事にしていきたい」


 庾月ユツキが元気がないから、そっと寄り添っていたい。勢いでしなくないと話しながら気付いて、気持ちを整理しつつ伝えた──のに。

 一方の庾月ユツキは、じんわり涙目になっていく。


庾月ユツキ、何か……焦ってる?」

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