【9】父の意図
この会は単なる食事会ではない。両家の顔合わせだ。
義母と義弟が不在で、中断しないのはおかしい。
とはいえ、留が疑問を投げかけたとして──解決に向かわない気もしている。
──父ちゃんが口にしないなら……俺が言わない方がいいんだろうな。
父は来てくれただけではなく、主賓席に座っている。つまり、この場では鴻嫗城の長男として、また留の父として、いてくれているわけだ。
加えて父は、家族まで呼んでくれていた。
席はずい分離れているが、父と向き合う形で──庾月側から正妻、長女、次女と──五名並んで座っている。
父の心遣いには驚く一方だ。
留が思っていた以上に父は、留を家族と思ってくれていると感じる。
うれしい反面、庾月を思えば悲しみが交錯する。
──庾月はお父さんを亡くしてから……寂しかったんだろうな。
庾月はいつも明るい。今もそうだ。
でも、向かい側でひとり座る庾月の姿に、日頃感じないその悲しみの大きさを感じる。
『しばらく伯父の家で暮らしていた時期がある』と、庾月は何かのときに言っていた。
父と話す庾月も、庾月と話す父も、伯父と姪より近い関係に見える。
──庾月にとって父ちゃんは、二番目のお父さんみたいな感じ……なのかな?
やはり、ふたりは関係性以上に近しい存在なのかもしれない。生き生きと話す庾月の姿が、印象的に残った。
結局、義母と義弟がいないまま、一時解散となった。
席を皆が立つとき、父が留の心情に気付いたのか、
「きっと、恭良の体調が途中で悪くなっただけだ。気にするな」
と言ってくれた。
確かに、義母は義弟を産んでから、体調が優れないと庾月から聞いたことがある。
──もしかしたら。
体だけの不調ではないのかもしれない。父の言い方には、そんな含みがあるように感じた。
食事会は留と庾月のこれまでの経緯を、終始父に話した感じだった。
大臣は父の後方で待機し、黙って留たちの話を聞いていた。だが、父が時折話しを振っていて、大臣と懇意の仲のようだった。
決定打は『大臣も俺のとなりで食べれば?』と父が言ったことだ。
間髪なしに大臣は否定をしていたが、そのときの父の不満そうな顔は忘れられない。
父は祖父にも大臣にも、一貫して同じような態度だった。
──父ちゃんって外見だけじゃなくて、内面もこんなにかっこいい人だったんだ。
何より、ずっと楽しそうに話しを聞いてくれて、胸がいっぱいになった。
「留、まだ緊張してる?」
となりに来てくれた庾月は、やわらかい笑みを浮かべている。
首を横に振り、
「ううん。楽しかったね」
と、義母たちのことを払拭する。
スルリと庾月の腕が、留の腕に絡んできた。
──こういうところも……かわいいんだよなぁ。
思わずゆるむ頬を笑ってごまかす。
「じゃ、鐙鷃城で待ってるからな」
父は昨日の言葉を覚えていたようで、別れ際に声をかけてくれた。
父の正妻と娘たちも『待ってる』と言ってくれているかのように、軽く手を振りながら退室していく。
ふしぎな感覚だった。
こんなにあたたかく迎え入れてくれるなんて、留は思ってもみなかった。
悠然と庾月が歩いていく。
このまま鐙鷃城に案内してくれるらしい。
──庾月は、どう思っているんだろう。
愛人の子と思われなかっただろうか──なんて言葉が脳裏に過る。
──この先は……。
父が家族と暮らしている家だと思うと、心拍が上がってくる。
留自身は『愛人の子』と思ったことはない。けれど、他からそう見られるかどうかは、意識してしまう。
──いくら呼ばれたからって……。
キュッと何かに締め付けられる感覚が襲ってくる。
本当に行ってもいいものかと思っていた矢先。
庾月が腕をゆるめ、今度は手を握ってきた。
繋いだ手が跳ねた。
見れば庾月はとても楽しそうで──チクリと心が痛む。
「私ね」
窓から差し込む光が、庾月をキラキラと照らす。
「昔、我が家のように鐙鷃城で……伯父様の家で暮らしていたことがあったの……って前に言ったの、覚えている?」
『うん』と返すと、ポツリポツリと庾月が語り出す。──それは、庾月の父が亡くなる前の、数年間の話だった。
『今となっては思い出せない』と言いつつも、『何か衝撃的なことがあったみたいで』と言い。
「伯父様も、伯父様のご家族も、みんながずっと一緒にいてくれたの」
と、少し寂しそうな表情も見せた。
その少しの寂しさは、庾月の母がケアしてくれなかったことなのか。それとも自宅にいなかったことなのか──留には想像できなかったけれど。義母への、違和感の正体なのかもしれない。
──庾月がお父さんを亡くしたときに失ったものは、大きい……なんて言葉ではすませないほどのことだったんだな……。
「だからね、鐙鷃城のみんなは、私の姉と兄みたいなものよ」
「そうなんだ」
キュッと庾月の手を強く握り返す。
すると、庾月はいつになく照れた様子を見せた。
「うれしいな。私、みんなともこれから『家族』になれるのね」
一瞬、留の頭が回らなくなった。
庾月が照れた様子で笑い、その照れが留にも伝染する。
そうして、改めて庾月の聡明さを感じた。
庾月の思考は、あまりにもシンプルだ。
留の父が『瑠既』であること──それだけで。
気が抜けた。
ごちゃごちゃぐちゃぐちゃと考えていた留は笑ってしまって。
庾月の言葉ひとつで、世界が違うように見えてきた。
──ああ、庾月でよかった。
同時に、庾月となら何があっても乗り越えていけると確信する。
「そうだね!」
父の息子だと──ここでは胸を張っていい。そんな気になれた。
『どの料理が美味しかった』とたわいのない会話をしていると、やがて外に出て、
「ここが鴻嫗城の裏口よ」
と庾月が現在地を教えてくれた。
裏口から鐙鷃城はすぐだと庾月が自慢そうに言うものだから、
──かわいいな。
と、留は更に自慢話をねだる。
「あら」
庾月は乗ってきて、『特別な出入口なのよ』とか、『景色がきれいでしょ』とか楽しそうに案内をされる。
そうして、
「鐙鷃城は入り口のお花がすてきなのよ」
と、庾月がこう言うころには城の屋根が見えてきて、入り口もすぐに見えてきた。
──鴻嫗城と違って、門番さんはいないんだ……。
キョロキョロとしていると、
「段差があるから、気を付けてね」
気遣ってくれる庾月の言葉が、耳に入ってきた。
留は苦笑いで『きれいな花につい見とれちゃうね』と取り繕う。
一方の庾月は慣れた様子で入り口を開け、入っていく。
留も続けて入ると、
「おう、いらっしゃい」
父が出迎えてくれた──と思ったら。流れるように改めて父の正妻と娘たちを紹介され、留は少し圧倒された。
「妻の誄姫。となりから、長女の黎、次女の彩綺、三女の凰玖、それと……」
『ああ、あんなところにいやがって』と続けて父が言ったが、留は父の家族構成は知っている。
ただ、目の前にすると違う感情が巡るもので。しかも、正妻に似たおっとり美人たちをすぐには妹とも言えず。
幸いしたのは、到着する前に庾月が言っていた言葉だ。
──庾月が『姉』と慕う人たち……。
しかし、それは刹那。
いつの間にかその美女たちに囲まれ、何やら黄色い声が飛んでいる。
「わお! お父様に似てて背も同じくらい高いなんて」
これは、ちょっと雰囲気の異なる次女の彩綺だ。ツインテールでひとりだけつり目気味だから、すぐにわかる。
「あら、蓮羅様に似た黒髪もすてきよ」
こっちは留よりひとつ年下の長女、黎。『蓮羅』というのは、確か婚約者だった気がする。
正妻と雰囲気も髪型も似ているから、うっかり間違えてしまいそうだ。色んな意味で危うい。
「『お兄様』って憧れだったんですぅ~!」
歓喜を上げるのは、三女の凰玖。
庾月より二歳上のはず──なのに、庾月より年下に感じてしまう。
こんな風にどこか冷静に見ながら、留は美人たちにたじろぐ。
思わず、庾月と繋ぐ手に力が入った。
留の様子に気付いてか、ポンと父に背を叩かれた。
握る手の力が瞬時ゆるみ、スルリと庾月の手から離れる。
──あ。
庾月を見ると同時、父に背を押され、足が勝手に前へと出る。
留が戸惑っていても、
「ちょっと外の空気でも吸ってこい」
と、父はグイグイと押してくる。
父は助け船を出してくれたのか──と考えたものの、家族紹介は終わっていなかったと気付く。
となりに誰かがいる。
状況は留と同じだ。背をグイグイと父に押され、意図せず歩かされている。
庾月と──父と、同じ色彩を持つ男の子。
いや、留から見ればいくつも年下というだけで、『男の子』というには失礼な年齢だろう。庾月と同じ年の生まれのはずだから。
留は父の意図が何となくわかり、自ら歩くよう意識を変える。
──父ちゃんの……息子……。




