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愛し生き別れた姫の名で転生し、思い出を君と一から紡ぐ  作者: 呂兎来 弥欷助
プロローグ

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【プロローグ】誓い──君の名を

執筆済 全39話 20:10更新・7/2完結予定です

 少女は美しいと評判だった。

 少女のなびかせる長い髪の毛は、長い睫毛が縁取る瞳は、高貴な血筋を象徴する色、クロッカス。


 世界に君臨する、由緒正しき鴻嫗《トキウ》城のひとり娘。


 鴻嫗《トキウ》城は、『真に愛し合った者同士に産まれる最初の子』が、『娘』だと言い伝えられてきた。

 よって、鴻嫗《トキウ》城は、代々姫が継いでいる。


 けれど、少女はそれを呪いのようだと思っていた。そう、鴻嫗《コノ》城に残る仕来りすべてが、まるで『姫』を呪うもののようだと。




 少女の名は留《リュウ》。

 名は、父に名付けられた。


 父は少女の実父ではない。母が誰かを愛し、婚約していた父を裏切って、成した娘だ。


 鴻嫗《トキウ》城には、その昔から『き』を我が子の名の最後に付けるならわしがある。

 だが、婿養子の父も知った上で、わざわざ少女は『留《リュウ》』と、名付けられた。




 少女は、父の憎しみを名に背負った。

 人は、誰かを許すのが難しい。身内となれば尚更。けれど、少女が一番初めに誰かを許したのは、父だった。


 少女の名に、『き』を付けなかった──それが、父が母にできた、唯一の反発だったから。

 それだけ鴻嫗《トキウ》城の『姫』というのは、絶対的な存在で。その存在意義は、近しい者ほど手が届かないのだと、嫌と言うほど思い知る。


 人であって、人ではない。となりに立とうが、その距離は限りなく遠く感じてしまう。──それを、嫌と言うほど繰り返し思い知る。




 だからこそ『娘』を授かり、世継ぎにするという縛りが、呪いのようだった。愛の結晶と言われる我が子が産まれ、もし『姫』ではなかったら?


 だから少女は、父を許した。




 鴻嫗《トキウ》城の姫は姫で、苦しい思いをしてきた。

『姫』が恋をしても、たとえ両想いになったとしても、受け止められる男性は限りなく少ない。大概の者は、恐れ多いと、姫に惹かれながらも逃げていってしまう。


 姫は、恋に焦がれて追ってしまう。実さえ結べればいいと。愛し合えた証さえ残せればいいと。この身に、刻んでくれればいいと。


 そして城を統括する者が、姫の婚約者を──立場や血筋を重視の上で選出し、体裁を守る。


 そんなことがどれほど続いてきたか。


 少女はこれらも、仕来りの呪いと感じるようになっていた。




 呪いを何重にもかけられたと思いながらも、少女は母の教えに従い、外見も内面も美しく成長した。


 周囲は慕い、『留妃《リュウキ》姫《ヒ》』と呼ぶようになった。




 いつしか絶世の美女と言われるようになった留《リュウ》。年頃になり、ある青年に恋をした。


 それは、母と同じ身分違いの、許されぬ恋。


 身分違いとなれば、いくら相手が受け入れてくれようと、婚約者にはなれない。婚約者には、血筋も重視される。


 母に従い育ってきた留《リュウ》は、叶う恋ではないと、容易に想像が付いた。

 青年のことは大好きだ。立場を捨てても、結ばれたいと願うほどに。


 けれど──母以外にも、何代も何代も、同じ想いを抱えた『姫』がいた。


 そう考えれば留《リュウ》だけが、立場を捨てるわけにもいかないと思い直し。同時に、今後、青年へ近づくことさえ許されないような気がして。母に相談をし、何とかならないものかと、甘い考えに辿り着く。




 だが、その反応は意外なもので。母は淡々と話し始めた。


 母には、兄がいたのだと言う。けれど、会ったことはないとも言う。


 兄がどうなったのかは、母は言わない。つまり、こういうことだと、留《リュウ》は推測した。


 第一子が『姫』で産まれたのは、留《リュウ》が数代振りだった。だが、それは隠蔽され続けてきた。ある者は身分を隠し、またある者は、命がないのかもしれない。


 そんな風に留《リュウ》が考えていたら、母がポツリと呟く。


「第一子が『姫』で誕生したのは……そうね、海胡《カイウ》が輝いたときだそうよ」

 嘘か本当かは知らないけれど──母は他人事のように、そう続けた。そして、儀式を、留《リュウ》に話す。




 鴻嫗《トキウ》城と、絢朱《シンジュ》の一部の海域を、海胡《カイウ》と言う。鴻嫗《トキウ》城の地下にある懐迂《カイウ》と繋がっているらしい。


 懐迂《カイウ》は、神聖な泉だと言い伝えられている。


 神聖な場所には、いくら鴻嫗《トキウ》城の姫と言えども、みだりに立ち入ることはできない。


 母はどんな場所か知らない。留《リュウ》も見たことはない。


 入室が開放されるのは、愛を誓う儀式――つまり、愛し合うふたりが、結婚する前夜のみ。

 互いの身が清らかなままであることを証明し、何にも屈しないという、相手への愛を証明する、儀式のとき。

 懐迂《カイウ》は聖なる泉ゆえに、清い身以外は呑み込んでしまうらしい。それに、相手への愛が偽りや薄いものであっても、入ったが最後。意識は戻ってこないとも言い伝えられている。


 強い気持ちで結ばれたふたりだけが、懐迂《カイウ》の中で出会い、祝福の光が輝く。その輝きは、懐迂《カイウ》から海胡《カイウ》へと繋がり、絢朱《シンジュ》の街を光り輝かせるという。


 留《リュウ》は懐迂《カイウ》の儀式の話を聞いて、数代前の──同じく第一子に娘であった『姫』に想いを馳せる。


 それは母の誤算だったのかもしれない。


 母は留《リュウ》に身分違いの恋を諦めてほしいと考え、懐迂《カイウ》の話をしたのだろう。

 なのに、留《リュウ》は強い憧れを抱いた。

 誰からも祝福を受けて生まれただろう当時の『姫』に、強い憧れを抱いてしまっていた。


 父に恨まれながら産まれ、育った留《リュウ》。ならば、今度は懐迂《カイウ》を輝かせたいと、取り憑かれたかのような思いを抱える。


 懐迂《カイウ》の儀式は鴻嫗《トキウ》城が執り行う。母が了承や手配をしない限り、留《リュウ》がいくら希望をしても、行うことはできない。

 留《リュウ》は母に、恋する青年と結ばれたいと、青年と懐迂《カイウ》の儀式を行いたいと、無理を承知でもう一度、口にした。


 すると、母は──。


 パシンッと、留《リュウ》を力いっぱい叩いた。感情的になったことのなかった母が、泣きながら大声で留《リュウ》を罵る。


「貴女は……私が、貴女を! どんな気持ちで産んだのか……育ててきたのか、まったくわかってないわ!」


 父を裏切り、愛おしい人と駆け落ち同然で留《リュウ》を産んだ母。母は、留《リュウ》をとても愛してくれていた。失った、実父の分まで。


 留《リュウ》は頬を叩かれる前から、母の答えをわかっていた。けれど、どこかで、都合のいいようにしてくれるのではないかと、留《リュウ》のためなら、婚約者の選出条件に目をつぶってくれるのではないかと期待していた。


 じんわりと瞳に涙が浮かぶ。


 頬は痛い。けれど、それ以上に。心が張り裂けそうなほど、痛い。軽率なことを言ってしまったと、どれだけ母に甘えようとしていたのかと、留《リュウ》は痛感していた。


「私は……貴女に、生きていてほしいのよ……」


 その言葉は、母の懺悔のようで。

 ああ、実父の名を知らぬだけではなく、会うことは叶わないのだと留《リュウ》は知った。




 留《リュウ》は鏡に映る、クロッカスの色彩を、恨めしそうに眺める。この色彩は、母娘にとって柵《シガラミ》だと、呪われた象徴だと感じてくる。

 見えない鎖は、城内もだ。外部の者を拒絶するように複雑に入り組み、開放的に見えるが、檻のようだと思えてきた。


 留《リュウ》はその夜、美しく長い髪をバッサリと切った。性別を問わず、肩下でならない髪の長さが、貴族の掟。髪を肩より上に切る行為は、生家との決別。


 左手に残った長い髪の毛を、ちいさなライトだけが照らす。ちいさなライトを右側に受け、まっすぐに向かう。そして、低い机の上で左手をゆるめる。


 パラパラと、糸のように細い、クロッカスの髪の毛が舞う。


「さようなら」


 クロッカスの色が散らばった机の上に、右手で握っていた短剣を、そっと添えた。


 そうして、鴻嫗《トキウ》城から姿を消す。




 数年後、留《リュウ》は女性へと成長していた。愛する人とおだやかに歳月を重ねていた。姫だったことを忘れ、ごく自然なちいさな幸せが大きな、大きな幸せだった。


「留妃《リュウキ》姫《ヒ》!」


 勝手に開いた玄関。突然聞こえた声。それらに、家の主と女性は驚く。──いや、特に家の主である男性は、目を見開いて女性を見つめていた。

 女性の名を『留《リュウ》』だと知っていたものの、まさか失踪中の姫だとは思っていなかった。


「貴女は……」


 男性の動揺に、留《リュウ》は下を向いて答えることができない。

 しかし、留《リュウ》を見て、『留妃《リュウキ》姫《ヒ》』と聞けば、クロッカスの色彩と美しさが『留妃《リュウキ》姫《ヒ》』であると認めざるを得ない。


 家の中は静まり返ったが、玄関からは不躾に声の主が入ってくる。


「やっと見つけました! さぁ、帰城しましょう!」


 留《リュウ》を迎えに来たのは、五つ年上の護衛だった。留《リュウ》のバッサリ切られているクロッカスの髪を見て、彼は言葉を呑んでいたに違いない。絞り出すような声が聞こえてくる。


「その髪は、見なかったことにいたします」

「嫌です! 私は! ここで、この人とっ」


「お言葉ですが、留妃《リュウキ》姫《ヒ》。今なら! その男性を……まだ、隠せます」


 留《リュウ》は頭が真っ白になった。そして、護衛の背後を見て悟る。『今なら男性を殺さないで済む』のだ、と。


 瞬時、留《リュウ》は目を見開き、懇願する。


「嫌……私のせいでこの人を、貴男が、切るだ、なん、て……」


 震えるように、留《リュウ》の首が左右に振れる。──護衛の彼の手は、腰にある剣には伸びなかった。代わりに、留《リュウ》へと差し出される。


「でしたら、留妃《リュウキ》姫《ヒ》」


 これが最後の通告だろう。彼なりの、精一杯の。


 留《リュウ》はわかっていても、すぐに彼の手を取ることができなかった。ただ、留《リュウ》は留《リュウ》なりに考える。


 もしかしたら、留《リュウ》が誰にも何も言わずに城を飛び出してから、護衛だった彼は何かしら処罰を受けたのかも知れない。それは、彼自身に直接ではなくとも、彼の生家に対してだったのかもしれない。

 もし、後者だとしたら、その方が彼には辛かっただろう。──そうか、籠の中の鳥は、彼も同じだった。


 留《リュウ》は、やっと気づく。そうして、最大限に自身を庇ってくれた彼の言動に、留《リュウ》は覚悟を決める。


「貴男と……帰城いたします」


 数年過ごしてきた男性の気持ちも、護衛の彼の思いも、母の心配も、自身の未熟さも混ざって、涙がいくつも雫となって落ちていく。

 留《リュウ》の涙がボロボロと落ちていくと、護衛は家の主である男性にやさしい口調で謝罪する。


「お騒がせして、申し訳ありません」

 男性に頭を深く下げる。重力に従い垂れる、長いリラの髪。

「いや……」

 男性は低い声を出す。


 リラの髪を揺らし、護衛は顔を上げる。瞳の色と同じ、髪の毛の色を視界に入れながら彼は男性を見た。


 男性は混乱しているようだった。もっともだと思いつつ、彼は踵を返す。無言で留《リュウ》の手を引いて。


「来世で必ず、結ばれましょう!」


 留《リュウ》は引きずられるように歩きながら、男性へと叫ぶ。


「『留《リュウ》』という名で今度は産まれてきて! 私は……貴男を見つけ出します。絶対に!」


 男性は立ち上がり、留《リュウ》を見つめる。やっと状況を把握したのか、男性の瞳からも大粒の涙が流れる。


「わかった。絶対だ! 絶対に俺は『留《リュウ》』という名で、愛する君の名で! 今度は生を受ける! 来世で貴女と結ばれて、幸せになるために! 君を、今度こそ幸せにするためにっ!」


 留《リュウ》は男性の言葉を聞き、大きく表情が歪む。崩れた顔を恥じるように伏せ、何度もうなずく。




 留《リュウ》は歩きながら、男性が見えなくなる前に必死に涙を止めた。あふれてくる涙を抑えながら顔を上げる。


 現世で会えるのがこれで最後ならと、満面の笑顔を男性に向かって浮かべる。──ふたりは悲しみで流れる涙に耐えながら、笑顔で別れた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
Xのリンクから飛んできた者です。 #RTした人の小説を読みに行く、第六回にご参加いただきありがとうございます。 楽しく読ませていただきました。 転生もの、というのが正解か分かりませんが、前世がしっかり…
『また、来世で会おう』その一言ってなかなか言葉に出せない事だと私は思います。 それほどまでにふたりは思いあっていたんだって伝わってきます。 身分違いの恋って、切ないですよね。
会話文が少なめですが、 文章がしっかりしているので、 やや長めのプロローグも苦なく読めました。 これは先が気になります!!!
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