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状況と立ち位置

「それで、今は奇跡の聖女様って呼ばれてるのよ」

「そうなんですね」


 食事の間、私が眠っていた五日間のことを話してもらった。どうやら竜は本当に倒され、騎士様も無事らしい。

 エリアーヌ様はことあるごとに私への賛辞を挟み込んだ。そして話がそれるたびにガスパル様が修正する。時間はかかったけど、大体のことが分かった。


「本当に竜を倒したんですね」

「核を砕いたらしいから、そうなんでしょ。リゼットの加護は素晴らしいわ」

「今までと違い竜の皮膚が硬くならず、身を丸めてもいない様です。昨日、王室から正式な発表もありました」

 

 竜を倒す、そんな夢の様なことが果たされるなんて。ユーグ様や騎士団の皆様は本当にすごい。

 ポタージュをすくい、最後の一口を味わう。お腹はほどよく満たされ落ち着いた。

 大丈夫、もう鳴らない。

 さっきのお腹の音を思い出して、また恥ずかしくなった。気を紛らわす様にティーカップに口をつける。

 冷めていて飲みやすく、半分ほど残っていたお茶を一気に飲み干した。

 

「一度に召し上がられて、お体は問題ありませんか」

「はい、とても美味しく頂きました」 

「ふふふ、料理人に伝えますね」

「お願いします」


 ノミエさんは嬉しそうに食器を下げる。手伝おうと手を伸ばすと、笑顔で止められた。

 しぶしぶ手を引っ込める。


「ねえねえ、リゼット。大神殿の食事って美味しいの?」

 

 エリアーヌ様は瞳を輝かせ、身を乗り出す。

 

「私、とっても興味があるの! 食べてみたい!」

「エリアーヌ様、ご迷惑ですよ。それに大神殿の料理を口実にリゼットさんと食事したいだけでしょう」

「ガスパル! なんで言うのよ!!」

「私もエリアーヌ様と一緒に食事ができたら嬉しいです」

「リゼットー!!」

 

 エリアーヌ様に勢いよく抱きつかれ、思わずのけぞった。後ろに倒れる前に、アナイスさんが背もたれのクッションを素早く増やす。

 クッションのおかげでどこも痛くない。ふわっふわだ。

 

「ねえ、リゼットは何が好きなの? どのメニューが美味しい?」

「どれも美味しいですよ。量が少なめですが、エリアーヌ様にはちょうど良いと思います」

「リゼットさん、エリアーヌ様は見かけによらず大食いです」

「ちょっと!! 乙女に大食いはないでしょう!? もっと主人を敬いなさい!」

「えりあーぬ様ハ見カケヨリモ大変ヨク召シ上ガラレマス」

「心を込めなさいよ!」

 

 エリアーヌ様は私から離れ、座ったまま器用に地団駄を踏む。

 その様子をアナイスさんは微笑ましく見守り、ノミエさんは笑いを堪えている。

 エリアーヌ様はすごい。一緒にいるとみんなが笑顔になる。私も気づけばずっと笑っている。

 

「たくさん食べられるなんてうらやましいです」

「えっそう? まあ、人より少しだけ多く食べられるわね。すぐお腹空くし」

「運動量が多いんですよ。いつも動いてると思いませんか」

 

 ガスパル様に言われて思い返す。

 エリアーヌ様は身振り手振りが大きい。椅子に座っている時も手か足が動いている。それにすぐに脱走するとか、木登りするとか、ついにご両親も諦めたとか、色々聞いたことがある。

 

「確かに?」

「リッ、リゼット!? もう! ガスパルが余計なこと言うからっ」

「たっ、大変失礼致しました!」


 ノミエさんの悲鳴に近い謝罪で会話が途切れた。

 開いた扉の向こう側に、ノミエさんが謝っている姿が見え隠れする。ティーワゴンを押して部屋を出たノミエさんが誰かと鉢合わせたらしい。

 少しの間会話が続き、それからノックする音がした。

 

「どうぞ」

 

 私が答えると、開いた扉からしとやかな老女が顔を出した。

 

「大神官様!」

 

 私が立ちあがろうとすると、大神官様は「そのままでお願いします」と上品に微笑んだ。

 

「お邪魔して良いでしょうか」

「お邪魔だなんて、とんでもありません」

「ありがとうございます」

 

 大神官様が言うが早いか、エリアーヌ様とガスパル様がその場を離れ、席を譲る。

 大神官様は一瞬困った顔をしたあと笑顔でお礼を言い、私に一番近い椅子の前に立った。エリアーヌ様が座っていた椅子だ。

 エリアーヌ様とガスパル様にはアナイスさんが新しく椅子を用意した。

 大神官様が立ったまま頭を下げる。

 

「この度はお疲れ様でございました」

「大神官様! お顔を上げて、おかけになってください!」

「ですが……」

 

 大神官様はじっと私を見た後、部屋をぐるりと見渡し、うなずく。

 

「では座らせていただきますね」

 

 すぐに笑顔で礼を言い、椅子に腰掛けた。

 大神殿の一番上の人であり、先王の姉である大神官様は、周りに気を使わせることを嫌う。

 本当は大神官のお役目をおりたいけど、自分以上の適任もいないから仕方ない。権力はあるから神官たちが働きやすい環境になるように、もっと改善したい。それはそれとして、ああ、抜け出して半年くらいどこかへ行きたい。

 みたいなことを、とても品のある言い回しで仰ったことがある。

 冗談ですよ、とウィンクされたけど、冗談には聞こえなかった。

 大神官様は居住まいを正し、再び口を開く。

 

「リゼット様のご活躍はモルガンより聞いております。竜を倒すなど、到底信じられないことを成し遂げられ、本当に喜ばしい限りです」

「いいえ、私は何も。戦ったのは騎士様たちです」

「騎士の皆ももちろん素晴らしいですが、リゼット様のお力あってこその偉業です。二千年続く竜との戦いに終わりが来たのです」

「ありがとうございます。女神グフナ様のお力のおかげです」

「リゼット様……」

 

 大神官様は言いかけた言葉を飲み込み、少し悲しげに笑顔を作った。

 卑屈に聞こえてしまったのかな。

 実際のところ、グフナ様のお力が私を経由して発揮されているだけだ。みんな分かってるはずなのに、私が言うとほとんどの人が微妙な顔をする。

 エタンセル王国民の悲願は金色の英雄ユーグ様の代で果たされた。その偉業に関われただけですごく名誉なことだ。

 建国のきっかけとなった竜との戦いから二千年。龍が眠りについている時代は平和だった。でもいつ目覚めるか分からない竜に怯えて暮らしていた。

 自分の代は大丈夫でも、子や孫は分からない。特に被害がひどかった二代目の英雄の物語は、教訓として語り継がれているほどだ。

 大神官様が短く息を吐く。

 

「凱旋パレードは三日後に決まりました。リゼット様にはお体を最優先に、無理のない範囲で出席していただきます。お加減はいかがでしょうか」

「問題ありません」

「それは……」

 

 大神官様は一旦言葉を切り、アナイスさんを見た。アナイスさんが深くうなずくと、顔をほころばせる。

 

「安心しました」

 

 私、信用されてないな?


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