黒い石と光の柱
神官長様が青みがかった黒色の石を取り出し、私の手に乗せた。
「大神官様、これはアルクス石ですか」
「祈っていただけますか」
「はい」
手のひらに祈りを込める。
黒色の石は赤くにぶく光り、すぐに輝きを失った。
「えっ」
「やはり」
神官長様は元々分かっていたようにうなずいた。
アルクス石は祈りの力を測る。
神官様は赤く光り、聖女は透き通るほど鮮やかな赤になる。そして私は中心部に虹色の粒が散っていた。虹色の聖女と言う身の余るあだ名の由来だ。
だけど今は、透き通るどころかすぐに元の黒色に戻ってしまった。
「祈りの力がない?」
「全くない訳ではなく、限りなく少ないのでしょう。リゼット様はお力を使い過ぎたのです。治癒能力の高い聖女様が五日間も眠っていたのも、その為だと思われます」
「いつ頃、元に戻りますか」
神官長様は首を横に振る。
「分かりません。力を使い過ぎた神官ならば時間とともに徐々に回復します。しかし、聖女様が倒れるほどのお力を使われた記録がありません」
「私のようになった聖女の記録はないのですか」
「はい。それほど聖女様のお力の量は多く、枯渇することなどなかったのです。何より光の柱が立つなど聞いたことがありません」
「光の柱……」
「近隣の村にまで見えたと言うではありませんか。騎士が皆生きて帰って来られたのはリゼット様のおかげです。そして光の柱が消える時に虹色の光がはじけ、灰色の谷周辺に降り注ぎました」
神官長様の言葉を聞いて、エリアーヌ様が感激した顔で口元を押さえた。
虹色の光、すごい、リゼットすごい。と、小さな声で繰り返している。
神官長様はそのまま話を続ける。
「それに触れた老人は腰痛が治り、寝込んでいた幼子が走り回り、足を切った大工の傷口が塞がったそうです」
「そんなまさか」
「調査書に上がっております。それほど大きな力をお使いになったのですよ」
力を使った時も、今も、全く自覚がない。無意識だったからできたことかも知れない。
労わるような眼差しで、神官長様が微笑んだ。
「深き黒の竜は倒されました。これも前例のないことです。神官とは違い、聖女様は女神グフナ様に直接力を与えられると考えられています。竜討伐の為のお力です。竜のいない今、リゼット様の祈りの力がお戻りになるか分かりません」
「分からないのですか」
「はい、誰にも」
今の私は神官様たちよりも力が弱い。
もしも、このまま祈りの力が戻らなかったら。
それなら、私は……。
「聖女じゃあない?」
自分のつぶやきにハッとする。
言ってはいけないことを言った気がして、慌てて口をつぐむ。小声だったけど、聞こえたかな。
皆、の様子に変わりはない。良かった、聞こえてないみたいだ。
神官長様はエリアーヌ様たちに視線を移す。
「しばらく毎日祈りの力を測り、様子を見ます。神殿が正式発表を出すまでは他言無用でお願いします」
エリアーヌ様は何度も首を縦に振り、ガスパル様とアナニスさんは黙ってうなずいた。
返答に満足した様子の神官長様は、穏やかに微笑み立ち上がる。
「それではまた明日参ります。……リゼット様、そちらは犬でしょうか」
帰りかけた神官長様が私の横を指差した。いくつものクッションの隙間から抱き枕が見えている。
「これは狼です」
「おおかみ。狼ですか?」
神官長様は信じられないと言う顔で聞き返した。
私の背中に潰され、狼の抱き枕のゆるい顔がさらにゆるくなっているからだろう。
疑惑を晴らす為に抱き枕を引っ張り出して、顔の部分を神官長様に向ける。
「三代目の英雄シルヴァンの相棒、ネージュがモデルなので狼です」
「あのネージュですか」
「安眠できるようにとエリアーヌ様からいただいた抱き枕です」
「そうでしたか。あら、手足も付いているのですね」
「尻尾もあります」
「まあ、尻尾も」
神官長様は抱き枕の短い尻尾をまじまじと見て、よくできていますねと感心している。
「この顔を見ていたら、力が抜けて本当によく眠れそうです。エストリラ伯爵令嬢、素晴らしい考えですね」
急に褒められ、エリアーヌ様の体が椅子の上を跳ねた。全身で緊張し顔がこわばっている。でも憧れの人に褒められて嬉しそうだ。
「いっ、いいえ! 我が領地で流行っているものを元に職人に作らせた物で、私の案でも手作りでもなく、その、私が口を出したのは目の色くらいでっ!」
「この枕が流行っているのですか」
「色々な店で似たようで少し違うネージュ枕が山積みで売られています!」
「この枕が……」
神官長様がくすくすと笑い出す。
「エストリラ伯爵領は楽しいところですね。行ってみたいものです」
「ぜぜぜぜひっ!!」
エリアーヌ様の舞い上がった返事を、大神官様は優しい笑みで受け止めた。
それから私に「くれぐれもご自愛ください」と、くれぐれもを一際強調し自愛を念押しする。
健康面に関して、私って本当に信用されてないんだなあ。そう判断される心当たりがあり過ぎて、ぐうの音も出ない。
素直に返事をすると、神官長様は約束ですよと言って部屋を出た。
足音が遠ざかり、部屋の空気がゆるむ。
「はああああ、フレデリーク様とお話してしまったわ……。ネージュ枕が流行って良かった!」
「エリアーヌ様、ネージュ枕が山積みって本当ですか」
「本当よ! 神殿前の大通りに雑貨屋と日用品店があるでしょ? どっちの店にも五段くらい重ねたネージュ枕が売られてるし、南通りの被服店にまで置かれ始めたのよ」
「南通りって高級なお店がいっぱいな、あの通りですか」
「そうそう、初めは庶民の流行だったんだけどね。今は生地にこだわったり、刺繍を入れたりして、高級店までネージュ枕を作ってるのよ。近隣の領地でも置き始めたらしいわ」
「そんなに!?」
「ついにエストリラが新たな流行を作るわよ! ここアルゲントにもエストリラ産のネージュ枕を山積みにさせるわ!」
エリアーヌ様は大きく胸を張る。
その隣でガスパル様がため息をついた。得意げなエリアーヌ様とは反対な疲れた顔をしている
聖女になる前、領主様のお屋敷で遊んだ頃を思い出す。とても懐かしくてあたたかい。
あの頃とは色々と変わってしまったけど、エリアーヌ様とガスパル様は今も私を気にかけてくれる。それがとても嬉しい。
「ふふふ」
「えっ、何? リゼット、何で笑ってるの?」
「ふふ、何ででしょう」
「エリアーヌ様が面白いからですよ」
「ちょっと、ガスパル。どういう意味?」
「ふふ、あはは」
「んー、まあ良いわ。リゼットが笑ってるし」
エリアーヌ様と顔を見合わせて、一緒に笑った。




