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波多野放浪外伝  作者: 桃山城ボブ彦
9/9

シーズ・ア・ウィッチ

『ふしぎのくに』のセシャトさんの企画に便乗した作品です。リレー小説は初めてですが、巧いことつなげられていたならいいなあ、と思うのです。


1「蛍」

https://ncode.syosetu.com/n6041fp/

2「霊魂」

https://novelup.plus/story/892938187/641855423

3 「何事にも負けない笑顔で」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890470020/episodes/1177354054890470036

4「花火」

https://novelup.plus/story/452424600

5「世界を繋いで飛んでゆく」

https://novelup.plus/story/844968312/819650126

6「シャボン玉」

https://m.magnet-novels.com/novels/62112

7「窓辺の夕焼け」

https://novelup.plus/story/640935518

8「ありふれた物語にHello!~特別な事しか出来ない男の話~」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890946488

9「ミチと蹊と道と路」

https://ncode.syosetu.com/n0073et/15/

10「炎の狂宴」

https://m.magnet-novels.com/novels/56376/episodes/177044

11「長閑な秋の午後」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891252132/episodes/1177354054891252149

12「偶然たる運命」

https://novelup.plus/story/281064366/207336038

13「電脳の古書店(電脳の妖精閑話)」

https://novelup.plus/story/650115440

14「言葉の魔法」

https://ncode.syosetu.com/n5122fv/


15→これ(ゆるして)


 小説の最後の一ページを読み終えた途端、中田一誠は神保町にある喫茶店、『さぼうる』の奥まった客席で大きな伸びをし、それから『ホープ』に火を点けた。昭和四十八年、暦が秋になってからしばらくがたった日曜日の午後のことである。

 いい本を貰ったものだ、と彼は思った。架空の世界を舞台にした物語だった。女傑がいて、ドラゴンが出てくる物語だった。今まで彼が手に取ったことがない類の作品である。だからこそ、こういうSFとはまた趣の違う空想のストーリーを思いつく人はいったい何を食ったら着想が出るというのだろうという感心があった。何より彼は、物語の主人公であるディルモットの女丈夫さにすっかり痺れてしまっていたのだ。


「ううん……」


 この作品を映画化をするならディルモットは絶対ラクェル・ウェルチだな、とアイスコーヒーを啜りながら中田は断じる。彼にとってアクションが出来る女優なんてのは彼女しか思い浮かばないのである。何せ『緋牡丹お竜』だってウェルチがしてくれないものか、とまで思っているのだ。映画会社に入った友人は「いや、お竜さんは絶対にジュリー・アンドリュース」などとぬかしておったが。


(波多野の引き出しの少なさは本当に嘆かわしいのよ)


 彼は今一度、この半日を楽しませてくれた『よろずの運び屋ディルモット』の綺麗な装丁をなでながら友人の名を呟く。あのバカは学生時分からスパイものでもヤクザものでも青春ものでも、要は全ての分野の邦画にジュリー・アンドリュースを招聘できますように、と毎年の初詣で願掛けをする妙な癖があった。恐ろしい想像力の欠如だと中田は考える。天下のジュリーが背中に竜を彫るかいな! 日本映画が斜陽になったのも、あんなのの入社を許すくらいだから当然だといえる。

 いずれにせよ、この本が映画になったなら波多野とその彼女がデートで今、同じ時間に新宿で観に行っているであろう去年のミュンヘン・オリンピックのドキュメンタリー映画よりよっぽど面白いかもしれない、と彼は思った。半分はデートに彼もついていこうとしてアベックの女性に提案を却下された負け惜しみだったが、残りの半分では純粋にそう思ったのである。


(しかし、あのお客さんたちも大盤振る舞いだったわねえ)


 新しいタバコを咥えた中田は、また呟く。『よろずの運び屋ディルモット』は書店で買ったのではない。アルバイト先のお客に貰ったのである。店の女の子にコーヒーをもう一杯注文した彼は、昨日の夜を思い返すことにした。



 中田がアルバイトをしている荻窪にある焼鳥店の情景が変わってしばらくがたった。毎週のように来てくれていた大学時代の友人である波多野と吾妻多英はそれぞれ第一希望の映画会社と出版社に就職してしまって残業続きで、連絡はとり続けてこそいても店にはあまり来なくなったし、もう一人の常連だった流しのギター弾きは気がついたらとある売り出し中のムード・コーラス・グループに加入してしまったから尚更来なくなった。たまにテレビ画面の向こうで寡黙にギターを奏でる姿を見ることはあるが、相手は彼がテレビ欄を熱心に見て、グループの出演する番組があったら必ずチャンネルをあわせることを知っているかどうか。

 自分だけが髪の長さも含めて変わりばえがないなあ、と中田は思う。そりゃ、そうなのだ。文学部の学生が卒業して今度は薬科大学の一年生になったところで、使う教科書以外の日常など大して変わらないのである。淋しくはなかったが、自分だけが進歩がない気がしないでもない。

 でも、今晩に限ってそんな感慨を覚える暇はなかった。不思議な客が来ていたのだ。


「この店でカクテルですって?」


 彼は思わず頓狂な声を出した。二級酒とウイスキーのハイボール、それからサッポロ・ビールしか客の注文がない荻窪の焼き鳥屋で何でまた、洒落たカクテルの注文なんぞが入るというのだ。


「そうだよ! ビールは飽きちゃったし、作れるでしょお!」


 トロンとした目の美女が彼の驚いた表情に反応した。こんな目つきが「傾国の美女」ってやつかしら、と彼は思う。

 中田はもちろん、国を傾けたことなどない。でも、駅の階段なんぞで美人とすれちがったら、見とれてしまって身体を傾けては足を滑らせ、ホームまで転がり落ちていくことは毎週経験していた。でも、こんな美人とすれ違った日にはマンホールにだって落ちるだろうな、と彼は秘かに肯いた。

 そんな中田の注意力を散漫にしかねない美人は、連れの端正な顔をした巨漢と一緒にもう二時間も前からカウンターの一角でひたすらに呑んで食べている。この二人が今日の唯一の客だった。流行らない店としてはありがたい存在だが、底なしの飲み食いを目の当たりにするといささか空恐ろしい気もする。


(どうなってるのかしらねこの人たちの胃と肝臓は……)


 中田はコップを洗いながら頭をひねった。それに、杯を重ねるごとに女の子が景気よく「だんたりあーん!」と叫ぶのも分からない。話の前後からするにどうやら姓名らしいのだが……。仮に「だんたりあん」が彼女の名前なら、まあ苗字は段田なのだろう。しかし「りあん」にはどういう漢字をあてはめればいいのだろう? 利庵、とでも書けばいいのだろうか。でも、そんな感じを当てはめたらまるでお茶の師匠じゃないか。


(いやいや)


 中田は首をふって考えを打ち消す。お茶の師匠なんてのはピンクの髪した女の子が習いに来たら口から泡吹いて茶釜に頭を突っ込む人種だろう!

 もう一人の「佐田」と呼ばれる男性(佐田啓二かしら、それとも佐田の山かしら)は寡黙に、それでいてひたすら胃袋に酒を流し込んでいる。せっかくのデートならもっと会話を楽しめばいいのに、と中田は思ったが何もいわないことにした。この人、瓶ビールを一本空けるごとに栓を指でニコニコしながら潰すのだ。機嫌を損ねたら多分、今日が中田の命日になってしまうだろう。

 まあ、客の素性の詮索は品がないな、と彼は思考をとりやめた。なので、髪をピンクに染めた前衛劇団の女優とラグビー選手のアベックなのだろうと、無理やりに納得することにする。

 しかし、ラグビー選手と黒テントの女優ってどこで知り合うのだ? 


「ジンはある?」


 段田さんが訊ねた。


「ないわねえ」


 中田は即答する。ジンなんてショーン・コネリーあたりが飲むものだろう。


「じゃあ、ウォッカは?」


「生憎と」


「なら、カシスやカルーアなんてのも当然に?」


「何よ、それ?」


 段田さんは少し首を捻っていたが、やがて新たな酒の名前を言う。


「それならラム酒はどう?」


「あるわよ」


「じゃあ、キューバ・リバー作ってよ!」


「キューバ・リバー?」


 今度は中田が首をかしげる番だった。


「そう! ラム酒をコカ・コーラで割ってレモンを絞ればいいんだよ!」


「あ、それなら作れるわよ」


 彼は答えた。下戸の客のためのコーラと迎え酒の客へ出す酔い覚ましのレモンくらいなら流石にあるのだ。ラム酒だって呑んだことはないが、ろくすっぽ店に出ない元作家であるここの主が、去年ハワイに行った時に土産で何本か買っている。酒場で出すのはもったいないなどと言って棚で飾っているだけの瓶など、やる気があるのかないのか分からない経営の当然の犠牲として捧げねばならないだろう。雇い主といえどただの人、でも、お客様は、ことに大酒呑みの美人のお客様なんてのは神様なのだから。


「マドラー、ある?」


 段田さんが中田に問いかけた。彼女に教えられるがままに氷を敷き詰めたグラスにコーラとラム酒を凡そ二対一で割ったものを注いでから薄切りのレモン~本当はライムがいいらしい~を添えた時のことだった。


「そんなものないわ。割り箸で勘弁してよ、ね?」


 そう言うと中田は了解も得ずに真新しい割り箸を一本、割らずにグラスの中へと突っ込んでかき混ぜ始めた。「おお」と、佐田さんが呆れたような声を出す。

 一方の段田さんは景気よく笑い、それ以上は何も言わなかった。俺の手際の良さに惚れているな、と中田は考える。おめでたい男であった。やはり、マンホールに落ちた方がいいのかもしれない。



「あたしは魔女なんだよねえ」


 三杯目のキューバ・リバーを飲み干した後、段田さんはおかしな告白をした。


「そんなわけないでしょ! 魔女なんてのは今頃ドラキュラ城のはす向かいあたりで昼寝してるはずよ」


 いきなりの冗談を彼は軽くあしらう。この人、大分酔っぱらっているな、とだけ彼は思った。


「でも魔女なのよ! ここまでの美貌だと魔法くらい使えなきゃお話にならないでしょ!」


「ネ、ネ、段田さん、酔ってるわよぉ」


 中田の言葉にまったくめげずに「魔女」だと言い張る美女を、彼はなだめはじめた。友人の女の子が「私は絶世の美女」と呟きはじめた場合、大概彼女は相当に酔っぱらっていた。人生で女性の手に触れたことすらないくらいに女の子との接点が乏しい彼は、そんな経験した一例だけで「段田さん」もそうに違いないと考えたのである。


「酔ってないよっ! なら、酔ってないことと私が魔女である証として、ここの台所で惚れ薬を作ってあげようか?」


 中田は真顔にさせられてしまった。三度も魔女を強調されたからではなかった。魔女の代名詞をこの場でこしらえると言われた瞬間、段田さんは酔っぱらっているだけではないという直感が働いたのだ。

 多分、彼女は魔女だ。


「ね、それを好きな相手に飲ませたら、もうイチコロだよっ! メロメロってやつだよっ!」


 店員の動揺を知ってか知らないでか、魔女は一気にたたみかけてくる。


「うーん」


 柄にもなく彼は悩んだ。恋をしていたのだ。


「うーん、惚れ薬ねえ……」


 なおも悩む中田は、ふとラジオなんぞに耳だけでも決断から逃がそうとする。聴いていた野球中継はスワローズの敗戦でとっくに終わり、機械は今度はフォーク・ソングを流している。映画を観て、丸ノ内線に乗ってどこかへと向かう一組の男女の世界が歌われていた。まるで波多野達の為の曲だな、と中田は感じた。そして、もう、あの二人は三年も一緒なのか、とも思うのだった。

 と、なれば返事など決まりきったことだった。


「ありがたいけど段田さん、アタシ遠慮するわね」


 中田は少しはにかみながら答えた。


「どぉしてさ?」


 段田さんが疑問を呈した。ただ、提案をソデにされたことへの不服はなさそうだった。きっと理由だけを求めているのだろう。答えなければ、いけない。


「いや、使いたいのよ本当は。もの凄ぉく使ってみたい女の子もいるしね……。でも、そしたらアタシ友人二人を傷つけちゃうことになるのよ」


 中田は長髪をかきながら答える。こういう回答はどうにも照れくさいのだ。でもまだ、身悶えするような台詞をもう少し言わねばならなかった。彼はため息を一つついてからそれを一気に話すことにした。


「人の気持ちを曲げることも、人を泣かすことも多分無理なのよねえ」


 彼の言葉を聞き終えた段田さんは笑った。酔いに左右などされていない優しい微笑みだった。そして、彼女は勢いよくカウンターの木板を両手で叩くと高らかに叫んだ。


「さあてそろそろお勘定だねえ! これから缶詰にした作家をせかしに山の上ホテルに行かなきゃ!」


 美女がカウンターをもう一度だけ、勢いよく両手で叩く。それが酒宴の切り上げの合図だった。そして、そういったアクションへの反応は大体、同伴者の言葉に表れる。


「山田弁天斎先生の調子は?」


 佐田さんが、中田が聞いたことのない作家の名前を穏やかな表情のうちに呟く。そして、破天荒な飲み食いをしていた一組の男女の時が、あっという間に慌ただしく動き始めた。


「大丈夫! ヘカちゃんに電話したらルームサービス取ってからはモリモリ書いてるみたいだよっ!」


 快活な段田さんの声が響き渡った。

 中田は緩やかに笑うことしか出来なかった。何せ、二人の間で交わされる話題に関する知識が何もなかったのだ。そして、店員は置いてきぼりのままに、二人連れの会話が鮮やかに展開されていく。


「『子連れ狼奮闘記』を書き出した先生の気分転換とウチの慰安旅行を兼ねて()()()()の山の上ホテルに案内した効果があったってもんだね」


 この時代、とはなんの話だ? と中田は思った。焼いても煮ても、今年は1973年だぞ。1973年は1973年でしかないじゃないか。だが、残念なことに彼には、いくら目の前の話題の切れ端を手繰り寄せても、二人の客が出版関係の何かに携わっていることだけしか分からなかった。


「えっ? お客さんたち出版社の編集部員だったの?」


 素人の感興が中田の口を飛び出した。


「そうよお! どこからどう見てもそうじゃない! 一体なんだと思っていたのさ?」


 段田さんがまた、笑った。でも、中田は笑い返せない。お客二人をつい先程まで、女優とレスラーだと信じていたなどと言っていいものかどうか。


「ま、いいや。じゃあ、今晩のカクテルのお礼にこれをあげるわ」


 中田の疑問を遮るかのように、段田さんはハンドバッグから二冊の本を出した。


「何よこれ?」


 彼は『コルシカの修復屋』と、『よろずの運び屋ディルモット』と銘うたれた二冊のハードカバーに交互に視線を送る。が、段田さんはうっすらとした笑みだけを浮かべはしたが、その問いには応じてはくれなかった。彼女が選んだ会話の相手と話題は、隣の大男との仕事に関することの話だった。


「あ、サタさんさ、桃山城ボブ彦の入稿は無事だったっけ」


「ああ……あの人はいつもみたく『書けぬ、書けぬ、すんません』と書き置き残して原稿落して逃げたって。今ごろは『おべりすく』のバスト君が六甲山で行方を捜しているはず」


「救えないねえ……そういや『おべりすく』といったら、一緒に今回の昭和ツアーに来たアヌさんたちは?」


「仕事を気にしているシアちゃんを無理やり引き連れて、角座まで中田ダイマル・ラケットを観に行くって新幹線で大阪行ったらしいぞ」


「げっ」


 段田さんの顔が引きつった。美女は顔をしかめても麗しさがくずれないから美女なのだ、と中田はぼんやりとした脳味噌で考えた。



 二杯目のコーヒーを啜っていた中田は、ふと、傍らのでテーブルに新たな二人連れがいることに気づいた。褐色の肌に銀髪の美人が、金髪の男の子にサンドイッチを食べさせている。美人は、「あらあら」などと呟きながら男の子の口の周りについたマヨネーズをハンカチで優しく拭う。

 ふと、あの二人も段田さんと佐田さんと同じ出版社の人間なんじゃないか、という思いがした。


(さしずめ銀髪美女が編集長で、社主があの坊やよね、こりゃ)


 何故か、そう思ったのである。魔女が作家を缶詰にして原稿書かせる会社なら、子供が舵取りをしていたって不思議じゃないはずだ。

 そんな思い込みの中、受け取った熱いコーヒーを啜りつつのどかな光景を眺めていると、ふと、銀髪の女の子と中田の視線があった。女の子は会釈をし、彼もそれにつられるように同じ仕草をとる。


「さっきの小説はいかがでしたか?」


 少女が微笑みながら問いかけた。


「いやあ! 面白かったです。知らない分野だっただけあって、新鮮さもひとしおよぉ!」


「それは良かったですよぅ! お客様の感想はダンタリアンさんとサタさんに伝えなきゃいけませんねえ!」


「ん、段田さんに佐田さん?」


 自分の不思議な直感があたったと感じた中田は、吸い出した『ホープ』を思わず口元から落としかけてしまう。


「ええ、大切な仲間ですよぅ!」


「うひょひょひょひょ!」


「どうかしましたか?」


「いえいえ、こちらの話です」


 そう言うと中田は会話を打ち切り、火のともらないタバコをくわえたままで可愛らしいソバカスの店員を呼び止めて勘定を払った。そして、ニヤケ面のまますずらん通りへと飛び出した。なんだか愉快な気分だった。変わり映えのない日常を送っていても、不思議な非日常が向こうから飛び込んでくることもあるのだ、と思えば尚更そうなのだった。

 神保町は夕暮れを迎えている。そろそろ新宿に出てもいい頃だな、と中田は思う。友人二人からデートの後、ビアホールでの食事だけはついてきてもいいと言われていたのである。左党の映画好きとしてドイツビール片手にミュンヘンオリンピックの映画の感想を聞かなきゃならない。でも、この楽しい体験は自分の中だけにしまっていたっていいだろう。恋人どもに出すつまみなどないのだ、と、焼鳥屋の店員は矛盾した考えを頭に浮かべ、満足そうに頷いた。


(ビールが飲めりゃいいのよねえ)


 中田はそう呟き、それから、そういやディルモットの世界でもタバコとビールがあったなあと思い出したので小声で「あとギンムガム」と付け加える。そういう楽しみがある世界は決して悪いものでもない。そして、イスラム寺院のようないでたちの明治大学を左に見ながら御茶ノ水駅への坂を登り始める。しばらくすると山の上ホテルも視界に入ってきた。きっと今頃、どこかの一室で段田さんと佐田さんが入稿のために作家を急かしているはずだ。原稿用紙がたちまちに名文で埋め尽くされる魔法なんてのはないのかしら、と彼は思った。


 昭和四十八年の秋の出来事だった。

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