"白の魔術師"
都を目指して空を進む一行。空を飛んでいるために魔物に遭遇することなく、都の姿が彼らの視界に入ってきた。
「あれが、都?」
アランが呟く。普通なら強い風の影響で聞こえないはずなのだが、聴力の優れているアルには聞こえていた。
「ああ、そうだ。ラトス皇国最大の都市にして、皇帝の暮らす、都エラリスだ」
大声で叫ばれたその言葉は、アランの耳にも届いた。
彼はただ嬉しくて、思わずその顔に喜色を張り付ける。
「すごい……すごいな! 都だ! 俺たち、本当に来たんだな!」
長く憧れてきた都が、今、目の前にある。今までアラン達の中での最大の街……というより町は、カル村最寄りの町であるハイレムだった。だが、そんなハイレムの町よりも圧倒的に広く、そして広大な土地に作られているエラリスは、ハイレムよりも感じる偉大さそのものが違った。
「林で降りる。目立つから、あまり叫ぶのではないぞ」
もともと目立つのがあまり好きではないアルだ。それを理解しているウォルが、昨日にもしてきた忠告を再び口にする。
三人はうなずき、それを合図にしたかのように水狼、極夜、白夜の順番で地上に降りていく。
「さて、最初はどこに行こうか」
アルが外套の頭巾を被りながらそう告げる。だが、彼の質問に答える前にミーシャが首を傾げて訊ねた。
「ねえ、髪の色は変えないの? そうすれば、頭巾は被らなくてもいいのに」
「ああ、髪の色を変えている間は少しずつでも魔力を消費するからな。どうしても頭巾を外さなきゃいけない時以外はこうしていた方が最善なんだ」
「へえ、髪の色って魔力で染めてるんだな」
ルートスが感心したように呟く、アルは口元に小さく笑みを浮かべてうなずき、肯定する。
「さ、俺の髪色はさておき、まずどういう所に行きたいのか希望を募集する。今日くらいは楽しんでもいいだろ」
腰に両手を当てたアルがそう言うと、ルートスとミーシャの視線はアランへと向かう。
「え? 何? ……俺?」
「一番楽しみにしてたの、アランだしね」
「お前が決めていいぞ」
「は? 良いのか? 本当に勝手に決めちゃうぞ?」
アランがそう期待を込めた視線を二人に向けて言うと、ルートスとミーシャはもちろんとばかりに躊躇なくうなずいた。
「よし……じゃあ、冒険者ギルドにでも行きたいかな」
アランは即決する。冒険者なら、まず行くべきは冒険者ギルドだろうと、そう思ったからだ。
「なるほど。ウォルも構わないな?」
「はい、もちろんです」
ウォルはそう訊ねたアルの言葉に首肯しながらそう言った。
にやりと笑みを浮かべたアランは、決まりだな、と呟きながら、
「よし! じゃあ早速行こうぜ」
アルを急かすように林の中を歩き出すのだった。
「こ、ここが、都……」
先ほどと同じようなことを呟きながら、アランは絶句する。
そんなアランの両脇には、彼と同じように驚いている二人の姿。
だが、都会でそんなことをすれば目立つのは当然で、中にはそんな三人に絡もうと近づいて行く者の姿もある。
「おい田舎者。ここはお前らのような子供が来る場所じゃねえぜ」
「そうだそうだ、さっさと帰れ、帰れ」
しっし、と犬を追い払うかのような仕草をした若い冒険者は、こちらに近づいて来る人物を横目で捉えてそちらに視線を向ける。
外套に身を包み、頭巾を被っているため顔は見えないが小柄であり、それだけなら女にも見える人物だ。顎しか見えないが顔立ちは整っているようだというのが、何故かそれだけでわかった。
斜め後ろに青髪の青年を連れており、その者にしても冒険者のようだが腕が立つようには男たちには見えなかった。
故にカモが飛んできたとばかりに笑みを浮かべる彼らだったが……
「悪いな。彼らは俺の連れだ。勝手に追い出されては困る」
その声を聞いて、目の前の人物は男だということが判明し、驚く。
「なっ……なんだ、お前?」
そう呟いた瞬間、二人の青年の後ろから姿を現したのは、白銀の毛並みを持つ、翼を携えた体長二メートルほどの狼。
彼らも冒険者だ、その魔物のことは当然というべきか、知っている。
Sランク指定の魔物、翼狼、と。
「ひ、ひぃっ!」
「……水狼……」
呆れたようなアルの声。水狼と呼ばれた翼狼が体の大きさを三十センチほどにすると、先ほどの威圧感はほぼ消えた。翼を羽ばたかせて外套を着た少年の肩に載り、撫でられる気持ちよさから目を細めた。
「な、な、なっ……!」
周りにいる都の住民も目を見開き、驚きを露わにしていた。
水狼とは反対の肩には九本の尾を持つ狐――九尾と呼ばれる魔物が居り、後ろの青年の腕には、三十センチほどの体長を持つ銀色の鷲の魔物が存在していた。
「ん? 何をそんなに驚いてる?」
少しでも情報に聡い者ならこの名を思い浮かべるだろう。
「ま、まさ、か……」
そして、この男も冒険者だ。情報に聡くなければやってはいけない。
Sランク指定の魔物である翼狼と、Aランク指定の魔物である九尾、そして九尾と同じくAランク指定の魔物である雷鳥……それも希少種であるためSランクという扱いになる魔物を従えた冒険者。
滅多に表舞台に立つことはないことから、五十年前までは一部の者しかその名前は知らなかった。
白色をした魔術を使い、レイヴァであり、才を持つ子であり、冒険者として現在でも活動している、世界中の冒険者あるいは子供たちの憧れの的。
"白の魔術師"、と。
「し、し……!」
「しぃー……」
外套の頭巾を被った少年――アルは、口元に笑みを浮かべて人差し指を立て、口に当てて声を出す。
「わかったら、彼らに絡まないでくれるか?」
優しく、だが存在だけで威圧されるその少年は、周りで様子を窺っていた者たちにも影響していた。
そんなアルの声は周りにも聞こえており、無闇に絡んではいけない相手だと悟らざるを得ない。
情報に疎い者たちはアルがどのような存在かわかっておらず、だがそれでも、Aランク指定Sランク指定の魔物を連れているような彼に絡もうと考える者はいなかった。
アル達一行が去った後、"白の魔術師"の名が都に広まるまで、それほど時間はかからなかった。
"白の魔術師"の連れに絡んだ冒険者たちは、その後しばらくは都で居心地の悪い時を過ごすことになる。
そしてアラン達は、都でなぜ小さな騒ぎになっているのか理解できないまま……そしてアルの正体に気づくことがないまま、ギルドへと向かって行くのだった。
「……アル、なんか、悪いな。目立つのが嫌いなはずなのに」
「いいさ。これくらいのことは承知でこっちに来てる。まあ、今度から別行動する際はこいつらをそれぞれつけさせるから、安心しろ」
アルが自分の従魔たちに視線を向けながらそう言うと、三人は安堵したように息を吐く。
「……ありがとう。助かったよ」
自分たちだけで都に来ていたら、おそらく先ほどのように冒険者に絡まれ、金を巻き上げられるなり、少なからず怪我をしていただろう。だが、アルというAランク冒険者に、ウォルというBランク冒険者という心強い仲間がいる。
彼らがいれば、怖いものなしだ、と。
もちろん虎の威を借る狐になるつもりは毛頭ない。
何のために自分たちはここに来たのだと、そういうことになってしまうのだから、それは当然だ。
「まずは、ギルドに行く前に宿へ行こう。先に取っておかないと、夜になって宿を探し回るなんてことはしないほうが良い」
『わかった』
アラン達三人は返事をする。
今回は都を知っているアル達がいるので、そのまま迷わずに宿へと到着した。だが……
「な、なあ。ここ、高級宿なんじゃ……」
外見からなんとなく察していたが、中に入って確信した。
広いロビーに、暑くなってくるこの季節に冷房の魔道具が発動している。さらには明かりの魔道具まであり、働いているスタッフもみんなきびきびと動いており、制服も統一されたものだ。
それだけ見れば、普通の宿とは違うというのが一目でわかる。
「安心しろ。お前たちに宿代を払えとは言わない」
そう言って、アルとウォルはまっすぐにカウンターに向かった。アラン達も慌てて後を追うと……
「よう、久しぶりだな」
「は? ……失礼ですが、どちら様で?」
カウンターにいた若い男になれなれしく話しかけるアル。だが、彼は頭巾の端をひょいと持ち上げて男に顔を見せた。
「なっ……!? ……お前、アルスレンドか?」
周りには聞こえないように小声で訊ねるタキシード姿の男。アルは頭巾を降ろすと、微笑んでうなずく。
普通の客に対する口調ではなく砕けた口調で問いかけているのは、それだけアルとこの男は親しい仲だということなのだろう。
「ああ。久しぶりだな。部屋を借りたい」
アルがそう言うと、彼の知り合いらしい男はうなずいて自然な笑みを浮かべる。
「かしこまりました。では期間と部屋数をお願い致します」
多少驚きつつもすぐに仕事へと切り替わる辺り、高級宿で働くだけあるのだろう。
「二人部屋二つと一人部屋一つ、それからそれぞれの部屋に従魔一匹ずつ入る。食事ありで一週間」
ウォルがさっさと言葉を紡ぐが、男は決して遅れることなく紙に書いていった。本職の本領発揮、といったところか。
だからこそ、カウンターを任されているのだろうが。
「かしこまりました。では、ご案内させていただきます」
男が三つの鍵を持ったメイドを示し、メイドが頭を下げる。
「それでは、こちらへどうぞ」
メイドがそう言うと、アル達は彼女についていく。
「アランとルートス、俺とウォルが二人部屋だ。ミーシャは女性だから、一人部屋。いいか?」
確認の言葉を入れるアル。それに対して文句はないとうなずく一行。
「じゃあ、どうするか。同じ女性の白夜をミーシャと一緒にしたほうが良いな。水狼と極夜を交代でこっちの部屋に入れるか。水狼、お前が最初だ」
水狼が首肯すると、白夜と極夜も異論はないとうなずいた。……自分たちの主人と同じ部屋で過ごしたいという文句があっても表には出さない辺り、アルに対する依存性と忠誠心が高いことを示しているのだろう。
「アラン達もそれで文句はないか?」
「ああ、ありがとう」
「俺も構わない」
「私も」
三人がうなずいたのを見て、アルも微笑んでうなずく。
従魔三匹をそれぞれの部屋に分けるのは、やはり護衛という意味が強い。彼らは魔力で強く繋がっており、魔力を多く消費しなくても《念話》を使うといった真似ができる。
何かあった時の連絡役としても活躍できるし、力も十分なので護衛の役割もしっかり果たせる。
わざわざこんなことをするのは、やはりここが色々と危険を伴う都であるということもあるし、何よりもそれがアルの警戒心の高さを示している。
ウォルも水狼達も、それを理解しているために反対しないのだ。
「こちらがお一人様のお部屋です」
「じゃあ、またあとで」
「ああ」
ミーシャと白夜が一人部屋に入って行き、ルートスが彼女の言葉に返事をする。
そして二階から三階に上がって少し行ったところで、再びメイドの足が止まった。
「こちらと向かいのお部屋がお二人様のお部屋でございます。どうぞ、ごゆっくり」
部屋の鍵を開けるとアル達に鍵を渡し、メイドは頭を下げてからその場を去って行った。
「じゃあ、準備が出来たら食堂で」
「わかった」
アルにそう言われてアラン達はうなずき、それぞれが部屋に荷物を置いて準備をし、部屋から出る。
アルとウォルは収納魔法のお陰で特に準備をする必要がないので部屋に鍵をかけてさっさと食堂に行ってしまった。
「……ルートス」
「ん?」
「俺たち、本当に都に来たんだな」
「そうだな」
「頑張ろうぜ」
アランのその気合の入った一言にルートスは笑みを浮かべ……
「ああ!」
同じく気合を入れて、幼馴染みへとそう返すのだった。
『若いのう』
呑気にそう返すのは、銀色の羽毛と二対の翼を持つ鷲の魔物……雷鳥の極夜だった。
極夜はルートスの頭の上に鎮座しており、大きく欠伸をする姿はどこか可愛らしさがあった。だが極夜もそうだが、この場にはいないが白夜に対しても『可愛い』は禁句である。それは、二日と少し過ごしていて彼らもそれを理解していた。
『ほれ、早う行くぞ。主たちを余計に待たせるでないわ』
「お、おう、そうだな」
アランが慌てて返事をすると、彼らも高級宿の広く豪華な部屋を出て鍵を閉め、食堂のある下の階へと降りて行った。
「こっちだ、二人とも」
広い食堂なので、先に行ったアルとウォルの二人を探すのは少し大変そうだな、と思いながら周囲を見回していると、すぐ近くに湯気の立ったカップを手にしたウォルの姿があった。
「うおっ……!? びっくりした、ウォルか」
「……はあ。気配くらい読めぬようでは。アルスレンド様が認められた者とは思えぬぞ」
ウォルの口調が、最初の方とは比べ物にならないくらい丁寧になっている。やはり、二日程度過ごしただけでも、聡いウォルの信頼を少し得られたらしい。
人間嫌いなウォルがここまで打ち解けるのに急速なのは、敬愛する主がアラン達を認めているということが大きい。
だからこそ、自分も少しでも早くアラン達を認められるようにと、認める側が努力するという奇妙な状況ではあるが、ウォルにとってそれはある意味普通のことだった。
ともあれ迎えが来てくれたことで遅めの朝食をとっている者たちのちょっとした混雑の中でも迷うことなくアルの下にたどり着けたのは、アラン達にとって幸運だったのだろう。
……まあ、今のは迎えではなく、紅茶を淹れに行った帰りだったのを偶然鉢合わせた形だったのだが。
「アルスレンド様の下へ行きたかったら、極夜や水狼、白夜を頼ると良いだろう。彼らはアルスレンド様の魔力によって生み出された存在だ。魔力で繋がっておられる故、探すのに難くはない」
「……そうなのか?」
アランがルートスの頭の上に鎮座している極夜に尋ねると、黙ってうなずいた。
「……無駄に努力しなくて済んだというか、なんというか」
極夜は白夜という喧嘩相手がいないと基本的に無口だ。逆もまた然り。言いたいことがあったらはっきりというのだが、基本的には自分からアルやウォル以外の人間には話しかけないのだ。そのため今はとても静かなので、アランとルートスは若干の違和感を感じていた。
「おかえり。アラン達も座れ」
二人用の机に座りながら、隣の四人用の席を示しながらアルがそう言う。アラン達がうなずくと、ウォルは「紅茶です」と言いながらそっと机にカップを置く。
「ウォル、お前も座って待ったらどうだ?」
「いえ、それほど時間はかからないでしょうし、構いません」
「……そうか」
あとはミーシャが来るのを待つだけだが、女性の準備というのは長い。ミーシャも例外ではなく、それはウォルも理解しているのだが、Bランク冒険者として活動している彼は体力には自信がある。
それに、敬愛……いや、心酔している主の傍なら、ずっと立っているくらいで疲れるなどということはウォルにとってありえないことだ。
だから、彼の言葉に決して嘘はない。
「お待たせ」
しばらくしてから白夜を肩に載せたミーシャがそう言ってアル達の下に戻って来る。アルもちょうど紅茶を飲み終わり、ミーシャへ視線を向けると訊ねる。
「飲物とか飲まなくてもいいか?」
「あ、うん。大丈夫」
ミーシャがうなずいたのを確認すると、アルは立ち上がった。
「さて。じゃ、ご希望のギルドに行こうか」
「よっしゃ!」
周りに迷惑にならない程度に叫ぶといった器用なことをして見せたアランは、アルを急かすように視線を送る。
そんな子供のようなアランに苦笑を浮かべ、アルは彼らを先導するように歩き出した。
カウンターに鍵を預け、彼らは再び都へと繰り出していった。
「ここが……ギルド……」
カル村のギルドとは全く比べ物にならないほどに開放感のある空間、大きな掲示板に貼られた大量の依頼書、そして何人も並んでいる受付のカウンター、ギルドに併設された騒がしい酒場と、カル村のギルドと施設は同じだが、その規模は全く違っていた。
それを見てアランが呆然と呟くだけだった。
観音開きの扉も大きく全開にしており、来る者拒まず、行く者追わずというギルドの意思を示していた。
また、カル村では朝六時から夜十二時までしか営業していなかったのだが、都では二十四時間営業である。
この世界に時計は一般人には流通していない。だから、それぞれの村から都市までそれぞれ、三時間ごとに鳴る鐘が設置されている。
それは当然カル村にもあったし、皇国の都であるエラリスにそれがないはずもなかった。
だが、彼ら……正確にはアルの場合は違う。
「……さて、今は十時を回ったところだな」
アルが懐中時計を取り出してアラン達に時間を伝える。
金があれば買えるといった代物ではないが、高級宿に泊まるほどの余裕があるAランク冒険者のアルが持っていても不思議ではなかった。
「十二時の鐘が鳴ったら戻ってこい。それまで、ギルドを見学していてもいい」
アルが時計をしまいながらそう告げると、アランが嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。