異世界者
「……アル、か?」
「ああ」
意外そうに……そう、とても意外そうに、アルファがそう呟く。すでに外は暗く、外にいる人の数は昼間に比べて急激に減っていた。
そんな中で来客が来たと思って出てみれば、この家……というよりは別荘の持ち主であり、普段ならこのような夜中にここを訪れることがないアルが立っていたのだ。……それも、二人の、本物の来客を連れて。
「かなり、本当にかなり厄介な問題が起こった。アルファ達には知らせておこうと思ってな」
「かなり厄介なって……彼らが関わっているのか?」
アルファが問うと、アルは躊躇なくうなずく。SSランクの冒険者である、そして深い経験と知識を持つアルにかなり厄介だと言わせるほどなのだから、アルファも当然不安だった。だが親友の話を聞かないはずがなく、アルファは躊躇いもせずに彼らを中に招き入れる。
『お邪魔します』
驚くほど揃った二人の少年の声に一瞬目を見開いたアルファだったが、すぐに尋ねる。
「アル、彼らは?」
「中で紹介する。……何度も説明して、何度も驚かれるのは御免だ」
「……そうか」
そう聞いて、アルファは頬を引き攣らせる。
アルは人の期待を裏切るようなことは言わない。逆に言えば、彼が驚くぞと言えば確かに驚くことを言ってくるのだ。
今回も、アルの真剣な顔――頭巾で全体は見えないが――を見れば、それがはっきりとわかる。
「……広いな」
「……広いね」
黒髪の青年……コクが呟き、頭巾を被った赤目の少年……ハクが同じことを呟く。
「ああ、ハク。頭巾は外して大丈夫だぞ。俺たちの件で、ここにいる奴らはレイヴァには慣れている」
「他にもレイヴァがいるのか。……いや、不思議でもないか」
ハクとは廊下を歩きながら、頭巾を外す。アルの言葉でアルファはなんとなく察していたが、頭巾の下にあるのはレイヴァの象徴である白髪だった。
少し驚きはしたものの、アルやルミナといった者を始めとして何人かのレイヴァとそれなり以上に深い付き合いをしているアルファからすれば、驚きは少しでしかなかった。
「……広いな」
「……広いね」
数十秒前と全く同じことを呟く二人。もともと、アルと出会った場所でもSランク冒険者として世界で有名だったのだ。
そんな冒険者が、金持ちではないはずがない。
それでも、やはり別荘とはいえ、Sランク冒険者の持つ家というのは衝撃が大きかったらしい。
「……アル?」
「珍しいっすね、こんな時間に」
「……だから極夜、ここにいたの?」
口々にそう言ってきたのは、当然、みんなでこの家を借りているアラン達だ。
意外と人数が多かったためか気配を感じ取っていた時点で驚いていた二人だったが、実際に彼らをその目で見ると驚くものは驚く。
それに、ここにいる者のほとんどが腕の立つ者ばかりだ。
強者の持つ佇まいと、大きな魔力量を持つ魔力に気圧されそうになった二人だったが、密度の濃い戦闘経験を持っているだけあって表には出さないことに成功する。
……もっとも、感情に敏感なアルにだけは気づかれていたが。
「ああ。ちょっと……じゃないな。かなり厄介なことになった。暗黒対戦の直前に起こる現象の一つとして時々起こるものが……起こってしまった」
『…………』
部屋の中にいた者達全員の口が閉じられた。
暗黒対戦という単語に覚えのないコクがハクへと視線を向けるが、ハクもまたわからないと首を横に振るだけだった。
「で、こいつらはその被害者だ」
その一言を聞き、視線がコクとハクの二人へ向けられる。
初めて彼らを見るアラン達でも、二人がかなりの腕を持つ冒険者だというのは、察することができた。
事実、彼らが暮らしていた世界では、異名持ちのBランク冒険者ということでそれなりに有名だった。それを知っているアルだが、急いでも仕方ないととりあえずは夕飯を作ってやることにした。
「今日は俺が夕飯を作ってやるから、とりあえずはこいつらを歓迎してやってくれ」
「マジ!?」
喜びの声を上げたのは、アラン。今朝にアルの食事が食べられなかっただけに、その喜びは大きかっただろう。
コクとハクを迎えないなどということは最初からあり得なかったので、特に何も言わない。
反論する気は他の者にもないということを確認し、アルは一つうなずいてコクとハクの二人を振り返る。
「改めて、ようこそ。お前たちの世界ではスイと名乗っていたが、俺の本名はアルだ。そう呼んでもらって構わない」
実際はアルスレンドというのだが、今は必要ないだろうと判断し、自らの愛称を名乗る。
「ああ、悪いな。前にも世話になったのに……」
「いや。構わないさ。こっちも一度命を助けられたんだし」
こいつ何度死にかけてるんだ、とアラン達やアルファ達は思うが、アルは気づかないふりをしてコクとハクを紹介する。
「黒髪のこいつはコク、レイヴァ……のようだけど、違う白髪の彼はハクだ。二人は双子で、こことは別の世界に暮らしている」
「別の世界、ねえ」
アリュスフィアが、五十年前に出会った黒髪を持つ獣人たちを思い出しながらそう呟く。
アラン達には何の話か分からなかったが、それでも後で話してくれるだろうと黙り込む。
「ともあれ、それぞれ自己紹介をしていてほしい。俺は夕食を作る。話は食事後だ」
そう言って、アルはまだ痛むであろう包帯の巻かれた左手をひらひらと振りながら厨房へと消えていく。
周りに知らない人がいる中で取り残されたコクとハクだったが、ハクが一歩前に出て積極的に話しかけた。
「ご紹介にあずかりました。改めて、ハクです。突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」
軽く頭を下げ、ハクはコクも紹介する。すると笑みを浮かべたアラン達も、それぞれが自己紹介をする。
アルの知り合い……ましてや命の恩人ということもあり、わりとすぐに打ち解けたのだ。
その様子を厨房から見ていたアルも、笑みを浮かべながら料理を始める。
「あら、ハクってば汚れてるじゃない。お風呂入る?」
汚れた衣服を着て、頭にまで泥が付着しているハクの姿を見たアリュスフィアがそう告げる。
「……いい、の?」
あっさりと受け入れられたハクは、思わずそう問い返す。
「良いんだよ。アルさんがこうして連れてきたってことは、信頼出来るってことだし。それにさ、体に泥をつけてる人がいるのに、放っておけるかよ」
レイ、と名乗ったエルフの男がそう言ってくる。
そんな彼らの笑みを見て、コクも、ハクも、胸の中に何かがすとんと納まるのを感じた。
見知らぬ場所へいきなり飛ばされ、まったく知らない世界で二人は彷徨った。そんな中で偶然たどり着いたのがこの王都で、偶然再会したのがアルだった。
まさか別の世界の住人だったとは知らなかったが、それでも自分たちの暮らしている世界ではSランク冒険者の一人として数えられている人物に再び会えたのだ。それでも、やはり別の世界というのは、二人に不安をもたらしていたのだろう。アルと親しい仲にあるのであろう彼らの笑顔に、温かみを感じた。
「ああ、風呂へは俺が案内するよ。アル、代わりの服とかないか?」
「ああ、それなら心配は要らないよ。ちゃんと持ってる」
そう言って、ハクは手元に自分の予備の服を呼び寄せる。
収納魔法である。
それを見たアラン達は、一瞬驚きの表情を浮かべた。
この世界にも収納魔法が存在しているように……とまでは言わないが、ハクも自分の魔力で異空間を生み出し、そこに自分の私物を入れて持ち運んでいた。
コクと協力してアイテムボックスという魔道具をも作り、それはコクが使っている。
魔力でできた空間なので、そこに入れられる物の数に上限はない。中に入っている物の時間は止まるので、食べ物を入れても出来立てを食べることが出来る。生き物は入れられない。
そういった所は、アルやユウキの使う収納魔法と同じだ。
「……驚いたな。もう少し驚くと思ったんだけど……いや、なるほど」
呟きながら、一人で納得の声を上げるハク。
彼はアルが収納魔法を使えるということは知っている。そんな彼と深い付き合いをしている彼らならば、収納魔法をその目で見ても驚きは少ないだろうと。
コクは首を捻ってはいたが、ハクに説明されて納得する。……その際の説得の仕方が視線を向けるというだけであるということには、さすがにアラン達もかなり驚いたのだが。
「ま、まあ、ともあれ、行こう。そのままじゃ色々とまずいだろ。コク、だよな? お前もどうだ?」
「そうだな。じゃあ俺も入れさせてもらうよ」
コクがうなずき、アランに案内されて彼らは部屋から出ていった。
「……ところで、コク。昼間にアルと街を走ってたのって、お前だよな?」
「うん? ……まあ、そうだけど?」
アランのことは記憶にないのか、不思議そうに首を傾げるコク。
昼間と言えば、攫われて行方不明になったハクを探すために必死だったために……もしくは、街ですれ違っただけの相手の顔を覚えるというのが苦手なコクは、アランのことはまったく記憶に残っていなかった。
「……なんで?」
「いや……昼、人込みからアルと一緒に出てきたのを見たから、さ」
「あー……なるほど。アルが話しかけていたのは、お前だったのか」
「正確には俺とルートス、ミーシャなんだけどな」
黒髪を持つ者は少ない。だからこそ、アランの中ではコクのことがかなり印象的に残っていた。アルと一緒にいたということもあるのだろうが、ともあれ曖昧な記憶でも黒髪というだけでコクの顔を思い出すことができた。
「ここだ。広いから、二人でも全然入れると思う」
「そうか。ありがとう。後は僕らでやるから、アランは戻ってもらって構わないよ」
「……帰りの道、わかるか?」
「大丈夫。もう覚えた」
知性に溢れた瞳を輝かせ、ハクは自身を持ってうなずく。
アランも、そんなハクを見て安心だと思ったのだろう、彼もまたうなずく。
「そうか。なら、俺は行くぜ。何か困ったことがあったら呼んでくれ」
そう言って、アランはその場を去っていった。その後ろ姿を見送り、コクとハクの二人は風呂場に入っていった。
「……すごいな」
「何が?」
「兄さんはわからないだろうけど、このお湯、魔力を感じる。魔力が籠ってるんだ」
「……湯に、魔力?」
そんなことは聞いたことがない、と、好奇心旺盛な性格をしているコクは呟く。
「とにかく、体を洗ってからだね。僕なんか、髪がこんな状態だし」
男子にしては長めの前髪に視線を向ける。彼の視界の中に入っている中でも、わずかに泥がついているのが見えた。
「洗ってやるよ、久々にさ」
「あー……うん」
止めても意味はないと悟ったハクは、素直にコクの申し出を受けた。自分が人買いなどに攫われたせいで、コクはそれなりに精神的な体力を消耗していた。
それを癒すには、自分がコクの要望に応えるしかない。それを断ったりなどしたら、逆に彼は若干ではあるが落ち込んでしまう。
それはハクにとっても面白いことではないので、ここは自分が譲歩すべき時だと判断してうなずいた。
すると、コクは嬉しそうに笑みを浮かべて、弟を椅子に座らせる。
「シャワーはこっちにもあるんだな」
「仕組みは少し違うみたいだけど」
面白そうに笑みを浮かべたコクは、シャワーを手に取ってハクの頭から水……ではなく、湯をかける。
「うわ、湯が出るのかよ」
「気持ちいな……」
しみじみと呟かれるハクの言葉。今まで……というよりは、彼らが住んでいた世界でのシャワーは湯が出ることはなかった。そのため、体が弱く風を引きやすいハクは滅多なことでは風呂には入れなかったし、シャワーで体を洗った後はすぐに湯船に入って体を温めなければならなかった。
だが、この世界では……いや、正確には一部の金持ちは、だが、温かい湯の出るシャワーが使える。
この別荘はもともとアルの友人であり一国の国王であるトロフィが用意しただけあって、設備は当然豪華なものだった。
それ故にこの別荘もそれなりに広いし、シャワーも温かい湯を使える。
そんなことは知らない二人だったが、今の彼らには関係ない事だろう。ともあれ、初めて湯を頭から浴びたハクは、コクに頭を洗われながら内心でこれからのことを考えていた。
(……父さんは、僕らがこの世界に飛んできた……いや、飛ばされた原因をわかっていると言った。ここは彼に任せるべきなのだろうけど……元の世界に帰れるのかな)
普段はコクと同じく弱音を吐かないハクだったが、やはり別の世界にいきなり放り出されて不安にならない方がおかしかった。
もともとハクはコクほどに精神力が強くはない。
大きな街……いや、都市に来れたと思ったらいきなり人買いに攫われたのだから、それは仕方ないのかも知れない。
もしアルが、別の世界の住人ではなかったら。もしアルが、この世界の住人ではなかったら。もしアルが、王都に偶然帰ってきていなかったら。
そんなもしもの話が、いくつも浮かんでは、消えていった。今は信頼のできるアルに助けてもらって命を繋ぐことができた。
……いや、二人の実力があればこの世界で冒険者として活動することで生きてはいけるだろう。だが、この世界の常識は彼らの住んでいた世界とは大きく違う。
それに慣れないといけないし、何よりも誰かに教えてもらわなければならない。更にそのためには、世間知らずになるための理由が必要になる。
幼いころから独立地で育てられ、世間については全く知らなかった。自分たちを育ててくれた人はすでにこの世を去っている……わけではないが、自分たちの実力を見てどのような人かと好奇心に目を光らせた者に問い詰められるかもしれないので、そういうことにしてもいい。
実際、コクとハクを育てた者は隠居しており、住んでいる世界そのものが違うので、あながち間違ってはいない……かも、知れない。
だが、自分たちをここまで育ててくれた相手を勝手に殺したくはないし、そもそもこの世界では航海技術が非常に発達していて、世界中を探検しつくされている。
独立地などという単語すら、ない。
かといって、自分たちはこことは別の世界から来ました、というわけにはいかない。
明らかに怪しまれるし、変な人たちだと思われては教えてもらうどころか遠ざけられてしまう。
そうなれば本末転倒だ、とハクが指摘したので、コクもそれをやめたのだ。
だが、ここにアルがいるという奇跡が起こった。
もともとアルが異世界の者だということは聞いていなかったので驚きは大きかったが、まさかこうも奇跡的に友人……いや、実の父親に会えるとは思ってもみなかった。
Sランクということで初めて会った時もそれなりに……いや、それなり以下であっても信用してはいたのだが、その後付き合ってみれば情の深い性格であり、コクとハクを仲間と認識した瞬間に色々と話をしてくれるようになったのだ。
世界でたった三人しかおらず、そのうちの一人であるアル――向こうの世界ではスイという名前――はどこの国にも属しておらず、普段はどこにいるのかわからない放浪者だ。
そんな存在が自分たちの住んでいる場所に来たと知れば、誰もが話しかけたいと思うのは当然だった。
もう一人、パトロスというSランク冒険者がいるのだが、彼は普段街へ降りることはほとんどなく、コクとハクのように友人となった者でなければ気軽に話をすることなどないだろう。
だが、″放浪魔術剣士″の異名を持つスイの顔を知る者などほとんどおらず、結局当時は噂だけで終わった。
「スイ……じゃなかった。アルに話しかけておいて、良かったよな」
唐突に、コクが呟く。
「まあ、あの時は結構突然の出会いだったよね。女の子だと思ってたら、小柄な少年だったんだから、びっくりだよ」
「いや、お前が言うな?」
思わず、といった感じでコクが突っ込む。
おかしそうにハクが笑うと、アル――父親――としてではなくスイとしての彼に初めて出会った時のことを思い出していた。
『一人の子供相手に、集団ってどうなんだ? なあ、ハク?』
『そうだね。卑怯者って言うんだよ。……ああ、集団で一人の人を襲うのって、弱い者がするんだって知ってる?』
『なっ! んだとガキ!?』
ハクが、そう襲撃者たちに挑発をかける。
犬や狼が群れて狩りをするように、弱い者は群れて力を得る。それと同じように、実力のない人間ほど、集団で人を襲おうとするものだ。
冒険者のパーティだってそうだ。一人ではすべてをこなすことができないから、それぞれの能力を持った人を集めてパーティを結成し、日々戦っているのだから。
『…………』
急に、小柄な少年を襲おうとしていた男たちが動きを止める。
『うるせえな。塵も積もれば山となるってよく言うけどな、ゴミはいくら集まってもゴミなんだよ』
男達が固まっていた理由は、少年の発している強烈な殺気だった。




