白と黒の双子
訓練のあった日の翌日。
その日は、アルは迎えに来なかった。
指名依頼が入ったので、丁度いいということで休みになっているのだ。アラン達はというと、この日をどう使おうかということに現在は悩んでいる。
「あー……アルの飯が食えなくてやる気ねえ」
「そんなこと言っても、しょうがないでしょ? アルはあくまでも、私達が起きてからじゃ時間的にちょっと問題があるから作ってくれてるんだよ?」
実際は、自分の料理を食べて喜んでいる人の姿を見るのが楽しいと言うか、嬉しいと言うか、ともかくプラスの感情がたくさん湧き上がってくるのからなのだ。
それが快感となり、刺激に変わる。
自分の料理がどれだけ人を感動させられるか、喜ばせることが出来るか、それを理解しているからこそ、アラン達に食事を振舞っているのだ。
ともあれ、理由はどうあれアラン達にとってもアルの料理は歓び以外の何物でもない存在となってしまった。
「街を回ってみる?」
「……だな。何もすることがないから……」
『そうだの。ならば我がお主らを案内しよう』
「って極夜っ!?」
『む? 何故そのように驚くのだ?』
「いや、なにゆえって……」
「いきなり話しかけられたら驚くよ!」
よほど驚いたのだろう。珍しくミーシャも大きめの声を出して極夜に向かって抗議する。
『ふむ、それは申し訳ないことをしたのう。だがの、我もずっとここにおったのに、気づかないというのは主の教え子としてどうなのかの?』
「いた? ずっと? ここに?」
『うむ』
『…………』
アラン達が今座っているのは、リビングのソファ。極夜が鎮座しているのは、ダイニングにある机の上。
それなのに気づかなかったのは、アルの魔力で生まれたが故に気配を発していないという面が似ているからなのか、単純にアラン達が鈍感だったのか。
ともあれ、銀色という目立つ色をしている羽毛を持つ極夜に気づかなかったのだから、アラン達はやはりまだ鈍感なのだろう。……まだ、という言葉がつけられる辺り、そこらの才能は伸ばせるということなのだろう。
ともあれ、突如現れた――あくまでアラン達の認識だが――極夜の提案により、彼らは街をぶらつくことになった。
「……あれ、なんだ?」
街をぶらついて数時間。そろそろ昼時だろうと空いていそうな食堂を探していた頃、アランが一カ所に集まっている人込みを見てそう声を上げた。
無視できなかったのは、彼らが歩いていたのは王都で一番広く大きい中央通りを通っていたからだろう。
「極夜、空を飛んで見てきてくれないか?」
『ふん。お主が我を使うなど、千年も早いわ』
「せっ……」
『まあ、見ずともわかるがの』
「わかるのかよ」
千年早いと言われて若干固まっているアランの代わりに、とばかりにルートスが思わず突っ込む。
『あれの中心に主がおるようなのだ』
「って、アルか。……あいつも、結構騒動に好かれてるよな」
「お前が言うな」
正義感の強いアランは何度か騒動に巻き込まれている。それは、村で村人を傷つけた捨て犬を殺そうとしていた村人を止めて色々と問題になったことや、村を訪れた冒険者と臨時パーティを組んでいたカル村出身の冒険者のために前へ出て怪我をしたりといったことが多分に含まれていたりする。
「……白夜?」
不意に、こちらに近づいてくる小さな獣の姿をミーシャが捉えた。
その獣は確かに白夜……に、そっくりだった。しかし、白夜には四本の足首の辺りに青い炎が纏わりついているのだが、ミーシャが見つけたその獣――九尾の足に纏わりついているのは青ではなく赤い炎。
白夜ではない九尾の子供は、アラン達の頭上を通り過ぎ、霞のように姿を消していった。
『……おかしいの。白夜ではない』
「やっぱりそうだよね。白夜の炎は、赤じゃなくて青だもんね」
「じゃあ、今のは? 正直、九尾がそんなにいて堪るかって話なんだけど」
騒ぎは収まったのか、民衆は少しずつ、本当に少しずつ、解散していった。そしてそんな中から出てきた一人の……いや、二人の人影を見つけて、アラン達はそちらに視線を向けた。
二人のうち一人は見覚えのある顔で、アランが意外そうに叫ぶ。
「あ……アル!?」
「悪い、今は話してる時間はないから後にしてくれ!」
アルは髪の色をいつもの紺色にしており、見覚えのない黒髪の青年を伴ってそのまま走り去っていった。……先ほどの、九尾が飛び去って行った方向へ。
そして、アルの傍らには当然のように水狼と白夜の姿もあり、彼らも自分たちの主について行くだけだった。
『……主、平和的な依頼とか言っておったの』
「どう見てもそうは見えない、な」
「黒髪の男の子は、依頼主、とか?」
「そうだな。佇まいからして、かなりの腕を持ってるらしいし……それに、アルの足にしっかりとついて行ってる」
『確かに』
ルートスの言葉に、アランとミーシャが同意の声を上げる。
アルはSSランクの冒険者だ。当然、その運動神経はAランク冒険者でも、Sランク冒険者でも、比べ物にならないほど高い。
もちろん街中で本気で走るわけにはいかないだろうが、それでもそこらにいる冒険者の本気よりは圧倒的に速い。
それでも簡単について行っていたのだから、只者ではないことは明らかだろう。
「……なんか、食べる気失せた」
「俺も」
「私も」
ルートスの言葉に、またアランとミーシャが反応した。
アルはどうやらせわしなく仕事をしているらしいということをその目で見て確かめたのだから、それはある意味では当然だったのかも知れない。
*
薄暗い建物の中。
両手両足を縛られ、目隠しによって視界を塞がれ、猿轡まで噛まされ、床に転がされている少年がいた。
小柄な体型で線が細く、筋肉の類はほとんどない。
着ている服や美しい白銀の髪は泥で汚れ、気絶しているのか少年は動く気配がない。
やがて、小さく声を上げて、少年は身じろぎをする。だが、自分が拘束されていることに気がつくと、小さく眉を顰めた。
(……ここは、人気のない場所、か?)
周りの人の魔力反応を探って、内心で呟く。
(チェルノ)
内心で、自らの友であり、使い魔である者の名を呼ぶ。いつもならそれだけで駆けつけてきてくれるのだが、今回に限ってはそれがなかった。
(……駄目か。視界が塞がれてるってのは、本当に不便だな)
苛立たしげに少年は呟いた。
視界が塞がれてしまえば、彼の魔法発動体でもある目が使えないために使い魔を呼ぶこともできない。
……そう、彼は魔法使い、それも魔術師だ。普通なら魔法使いというのは魔法を発動するための媒体として杖などの魔道具を使う。だが、彼は魔術師であるためか魔法媒体を必要としない。
その代わり目が魔術の発動体となっており、周りの景色を目で見て魔素を吸い上げ、自分の魔力と合成させることで魔術を発動させるのだ。
だからこそ、目隠しをされていることで視界を塞がれ、わずかな魔素を吸い上げることはできても、周りの景色を見ることはできない。
目隠しに使われているのは透き通りにくい黒い布で、少年は気づいていなかったが周りは暗いので、布を透かすことはできない。
(兄さんが街を走り回ってるみたい、だけど……)
少年は、兄と一緒に行動をしている、膨大な魔力の持ち主について考え始める。
(……父さん。僕らの世界の、Sランク冒険者の一人。……まさか、あの人がここに……いや、協力してくれるなんて)
少年は、以前に会ったSランク冒険者の顔を思い浮かべる。
自分と唯一同じ、白銀の髪を持つ獣人の青年。彼は獣人ではないと言ってはいたが、そもそも住んでいる世界が違うため種族のことに関しての違いはわからない。
こちらの世界にも自分と同じ白銀の髪を持つ者はいなかった。いるとすれば、今、兄と共に行動をしてくれている彼くらいだろう。
(僕も、何かしないとな)
外とは完全に遮断された部屋の中で、少年は体を動かす。体中の傷が痛んだが、許容範囲だ。
だが足を縛られているせいで歩けない。人気のない場所に建てられている建物らしいということと方角からして、ここはスラム街なのだろうと予想を立てる。
(何のために僕を攫ったかはわからないけど、少なくても僕や兄さんにとっては決していいことじゃないだろうね)
呟きながら、少年は周りの音を聞く……と、いくつかの足音がこちらに向かってきているのがわかった。
咄嗟に少年は先ほどの体制……つまり、寝転がされた状態に戻る。
後ろから扉が開かれた音がして、明りがつけられる。……もっとも、少年は目隠しをされているせいで光を感じることはほとんどなかったが。
「……ほう、小柄なレイヴァじゃのう」
低く、太く、欲望に濡れた声が降ってきた。
(……レイヴァ?)
聞き覚えのない単語に、少年は内心で首を傾げた。
「はい。街の中で堂々と髪を晒していたのですよ。昨日捕らえたばかりですから、元気ですぜ」
こちらもまた欲望に濡れた声で、最初に声を上げた男に言う。
「どれ」
重い足取りでこちらに近づいてくる気配。
襟首を掴まれ、強制的に振り向かされた。その際にわずかに声を出してしまい、男に意識があると知られてしまった。
少年の襟首を掴んだ男とは別の男――少年を捕えた男が、少年の目につけられた目隠しを外す。
しばらく暗い闇を見ていたのにいきなり光を浴びせられては、目が眩むのは当たり前だ。
少年は目を細め、急に浴びた光で痛む目に顔を歪めた。
少年を掴んでいる男は、かなり太った体型の男だった。頭は髪を剃っているのか、一本も毛が生えていなかった。品定めをするように、視線で少年を舐め回す男の後ろには、細身の男がいた。
太った男とは全く逆の体型であり痩せすぎなのでは、という思いを抱かせるほどだ。
もっとも、少年にそう思う余裕はなかったのだが。
「ほう、なかなかの上物ではないか」
その言葉が何を意味しているのかは、明らかだった。少年は人買いに攫われたのだ。聡い少年にはなんとなくわかってはいたのだが、できれば違ってほしいと思っていた。
少年の顔立ちは整っていた。宝石のような……あるいはそれ以上に透き通った真っ赤な目には強い意志が存在しており、男の目をさらに欲望に染める。
レイヴァには顔立ちが整った者が多いというのは世の常識のようなものだが、残念ながらというべきか、少年は完全なレイヴァではない。
そもそも、レイヴァというのは戦闘民族の末裔なのだ。
個人差はあるものの、そこらの冒険者に負けるような軟弱者では決してない。
だからこそ、奴隷市でもレイヴァというのはなかなか出回っていない。もともと数が少ないということもあるが、それ以前に持ち前の戦闘力で敵を追い払うことが彼らにはできるからだ。
だが、少年とて負けてはいない。むしろレイヴァにも勝るだけの力を持っている。ただし彼は体が弱く運動ができないため、純粋な魔術を使っての後衛だ。
街の中で襲われれば、一人ではどうにもできないことがある。
まさか白髪というだけで襲われるとは思っておらず、完全に意表を衝かれて今の状況になっているのだ。
(……どうやら、レイヴァというのは希少な存在らしいな)
街中で堂々と髪を晒していた。
細身の男のその言葉で、レイヴァというのは白髪を持った種族だという特徴があることを悟った少年。
「ふむ、ではいくらになる?」
「へへっ、お買い上げですか?」
「当たり前だ。このような上物、放っておけるか」
「レイヴァは希少ですからね。使い道ならいくらでもありますし。……そうですねえ、金貨六百でどうですかい?」
「良いだろう。なら、取引は成立だ。……にしても、随分と安いのう」
「旦那はお得意様ですしね。それに、それの体にはいくつか傷があるでしょう?」
「……まあ、そうだが。値下げしてくれるのならこちらとしても悪くはないな。では、少し待て。用意せよ」
男は外にいるのであろう男たちへ声をかけると、数人が建物から離れていった。
(……金貨、六百? それでも随分と安いのか?)
エルフやダークエルフといった者たちが奴隷市場で売られているところは見たことないが、エルフである養母は、エルフやダークエルフを市場に出せば平均で金貨五百になると言っていた。
つまり、この世界ではレイヴァというのはそれ以上の価値があるということになる。
……ともあれ、少年も大人しく取引されるつもりは毛頭ない。
目隠しを外された瞬間から組んでいた魔術式を展開し、魔術名を口に……はできないので、内心で呟く。
(目くらまし!)
途端に光が弾け、男たちの視界が塞がれた。
『うぐっ!?』
男たちは小さく悲鳴を上げ、手で目を覆った。
だが、当然これだけではない。
(チェルノ!!)
使い魔の名を呼び、少年は傍に感じた魔力の反応に安堵した。
『お待たせいたしました、主』
落ち着いた声が聞こえ、少年はほくそ笑む。少年の背後に現れたのは、体長一メートルほどの狐の魔物だった。昼間にアラン達が見た、赤い炎を足に纏わりつかせている九尾狐だ。
少年を咥えて持ち上げ、目が痛んで涙を流している男たちをそのままに外へと出て行った。すでに外は暗くなりかけており、太陽は西に沈んでいる。
そして、少年を咥えた九尾狐が外へ出た瞬間、二つの影が建物へと近づき、内外にいる男たちを気絶させては拘束していった。
九尾狐は人の体に化けると、器用に主人の縄をほどき始める。
美しい女性に縄を解かれるというのは男にとっては幸せになるだろう光景なのだが、少年にそれを気にする様子はない。
「ふう……ありがとう、チェルノ」
『お礼を申されるのは、あちらの方がよろしいかと』
そう言われ、少年は正面の建物へ視線を向ける。その頃には、すでに全員の拘束が終わっていた。近くにいた頭巾を被った少年に後を任せると、もう一人の青年がこちらへ駆け寄ってくる。
「ハク、無事か!」
ハクと呼ばれた少年は立ち上がり、心配そうに自分の体をペタペタと触っている黒髪の青年に視線を向ける。
「兄さん、心配かけて悪かったけど……あまりペタペタしないでくれる?」
少しだけ不満そうにはしながらも苦笑を浮かべている辺り、まんざらでもないのだろう。
それを理解しているのか、兄さんと呼ばれたハクの兄は、一向にそれをやめる様子はない。
「怪我を見せろ」
そう言ったのは、ハクの兄である青年。サファイアのような青い瞳をギラギラと光らせてそう言った。
ハクは肩を竦めて再び地面に座る。外套を脱ぎ、上着を脱ぐと、そこにあったのは細かい傷、傷、傷。
中には打撲の痕もあり、ハクの兄は強く歯を食い縛る。
「コク、代われ」
「わかった」
コクと呼ばれた黒髪の青年は、自分が手当てをするよりも背後の人物に回復魔法を使ってもらって方が確実だと理解しているために素直にその場から退いた。
「……にしても、なんでお前らがここに?」
一件落着したためか、ハクに回復魔法をかけながら頭巾を被っている少年――アルが、二人に問いかける。
「わからねえよ。ハクは、ここが俺たちの住んでいる世界じゃないって言ってたんだが……そういう意味では、なんで父さんこそここに?」
「……なんでもなにも、俺は元々この世界の住民だ」
「は?」
それを聞いて、コクは間の抜けた声を出す。
「詳しい話はあとでしよう。大体の原因はわかってるから」
「……本当かよ」
思わず、といった風に呟くコク。ハクもまた、驚きで少しだけ目を見開いていた。
「下半身の方も終わった。……髪は隠せ」
「わかってる」
そう言って、ハクは衣服を身に着けると外套の頭巾を被った。顔は隠れ切らないが、それでもアルは満足げにうなずく。
「水狼、白夜、そいつらを頼む」
『御意』
『よろしければ、私も手伝いますが』
「チェルノ……とか言ったか。お前はハクの方を頼む。コク、悪いがハクとチェルノを連れてギルドまで来てくれ。俺たちは先に行ってあいつらをギルドと警備兵に引き渡してくる」
「わかった。ありがとうな」
アルはうなずき、水狼と白夜を伴ってギルドへと走り出した。




