訓練の日々……
「右!」
「ぐっ……!?」
アルの黒刃に、ルートスの槍が弾かれる。……そう、空中に。
普通なら、剣が長柄である槍を弾き飛ばすなどということはあり得ない。だが、槍の天才に育てられた――一時的に、だが――経験のあるアルとしては、たとえ短い間だったとしても槍の使い手を相手にこのような真似をするのは容易い事だった。
もともと戦闘に特化しすぎているというのもあるのか、アルは一度戦った相手の動きは忘れず、しっかりと覚えている。……まあ、その相手が全ての力を出し切っていない時に限り、新手にはカウンターを掛けられないといったところもあるのだが。
逆に言えば一度見ればどうとでも対処できるということなのだが、ここ数日訓練をしているルートスは、多少の変化はあれど大きな動きの変化はない。
別の場所ではアランと、アルの長男であるユア。ミーシャと、アルの長女であるリアがそれぞれ同じようなやり取りをしていた。
アルはまだ左手が完治していないが、訓練をする程度ならハンデとして右手の黒刃だけで戦うことは全く問題なかった。
「ふう……」
短く息を吐いたルートスは、少し離れた場所に突き刺さった槍を抜き、アルの下へ戻ってくる。
「手を診せろ」
アルに言われ、ルートスは右手を差し出す。
するとアルはさっと回復魔法を放ち、軽く痛めた右手を回復してやる。
「ありがとう」
礼を言ってくるルートスに対し、アルは笑みを浮かべてうなずく。
「反射神経がだいぶ鋭くなってきたな。あとは、槍を持つ手に力を入れ過ぎないことだな。今回のように、力のある相手と戦う時は武器を弾かれると手首を痛める。そこらは慣れだが、槍みたいに長柄の物を使っているんだから、受け流すという選択肢が最善だろ」
アルの言葉に、ルートスもなるほど、とうなずく。
長物の武器というのはどうしても間合いが大事になる。特に短剣や棒手裏剣、あるいは格闘などといった短い間合いが得意な武器を持った相手に詰められれば、確実に不利になる。
そういったことを防ぐための方法として、相手の攻撃を……正確には、攻撃に使われる力の流れを流すといった行為が重要になる。
もちろん、この技術は慣れと経験がものを言ってくる。
失敗すれば手を痛めるし、下手な者は自分の胴体や足へと攻撃を受け流してしまったりすることもあるのだ。
間合いを詰めるには、ただ突っ込んでくるだけでは駄目だ。それでは普通の状態で戦うのとほとんど変わらないからだ。
素早さで圧倒するのはいい。だが、柄の長い武器というのは、取り回しは難しいが、ルートスの才能があればそれこそ数か月もかからずにマスターはできるだろう。
ただし、それはあくまで取り回しの使いこなし。
実際の技術を磨くには、まだまだ時間が要る。だからこうして訓練や実戦投入をして反省会をしたりと色々やっているのだが、対魔物戦では対人戦の技術はほとんど磨かれない。
知能が――個体によるが――低く、本能で戦っている魔物と、経験と戦闘の勘、更に多くは流派の戦い方などを行使して戦ってくる人とでは、その難しさも大きく違ってくるからだ。
対人戦を行うには、技術と経験を積むことが大切だ。
当然対人戦にしか慣れていない者が対魔物戦を行えば、円滑に進まないことは明らかなのだが。
ともあれ、今回アル達がアラン達に訓練をつけているのは、ある程度知能があり、人より戦闘の経験がある人型の相手だ。
人型ではあっても魔物の要素はいくらかあるが、それでもどちらかと言えば人に近いのは間違いのない事実だった。
「そういうわけだから、ほら」
「っと。……これは?」
アルが異空間から取り出してルートスに放り投げたのは、長さ一メートルほどの棒。ただし、重い金属でできた槍ではなく、軽い木製の棒。
「闇族は光が苦手で、暗ければ暗いほど戦闘力が増すだけじゃない。名前の通り闇の種族だ。闇属性の魔術は大の得意だ。そんな闇属性の対策として、ルートスの命属性を使おうかと思ってな」
「命? 俺の適性がわかるのか?」
ルートスも、今までに自分の魔力の適性を調べたことなどない。それだけに、アルの言葉は少し衝撃があったのだろう。
「ああ。結構珍しい槍を手に入れてな。ま、それは合格点を越えたら与えることにするさ。そういうわけで、軽くて細い棒を使った訓練をしようと思う。俺は闇族と同じように……と言っても数段レベルを下げるが、だいたいこんな感じで攻めてくるというのがわかればいい」
「わかった」
ルートスが真剣な表情でうなずいたのを見て、アルも一つうなずいてから追加で口を開く。
「じゃあ、俺は武器を使わない。一般の闇族のレベルを少し下げた程度のものでいってみようか」
そう言ってアルは黒刃を鞘にしまってから、力を制御するための魔道具の制限をいくらか強くする。つまり、今のアルは普段のアルよりも弱くなったということだ。
何十年も封じている力とは違って、ある程度の力を数分間封じるだけなら全く問題ないのだろう。
「……行くぞ」
ルートスも少し離れた所に自分の槍を置き、木製の棒を構えてアルを見据える。
アルは正面に立っているだけだ。これが、闇族の構えなのだろう。
彼は実際に闇族と戦ったことがある経験者だ。そんな人物に、今回の暗黒大戦で戦う相手と同じような戦法で戦ってもらえるのだ。これ以上の幸運は普通ならないだろう。
ルートスは、徐々に体に怪しく黒い霧を纏いはじめたアルへと向かって走り出す。
ただ正面を向いている相手に対して、突きは下策だ。一歩足を引かれては簡単に躱され、それどころかカウンターすら食らうことになるからだ。
今のルートスにできるのは、木製の棒を横薙ぎに振るうということだった。
普通より近めの間合いを詰めることで、後ろにも、横にも躱しにくくする。そう思ってのルートスの攻撃だった。思ったより軽くていくらか力が余ったが、それでもルートスにとって許容範囲だった。
だが、いくらか弱くなっているとはいえ、闇属性の特性を戦闘開始前にアルへと確認するべきだった。
闇属性の主な効果は……人を、獣を、魔物を、生きとし生ける者を惑わすこと、脳へ魔力による直接の刺激を与えることができるということだ。
木製の棒が自分の体に当たりそうになっても全く動かないアルに違和感を覚えるルートスだったが、それでも攻撃を止めるという選択肢はなく、そのまま棒を振るった。が、しかし……
「なっ!?」
驚愕の声を上げたのは、ルートス。誰が見ても明らかな理由だ。
木製の棒がアルの体に触れたと思ったら、それは霞となって消え去ってしまったからだ。
完全に空振りとなり、棒が軽いこともあって勢い余ってしまうが、それでも周囲の気配……は無理なので、目を使ってアルの姿を探す。
だが……気がついた時には背後から、黒く先の尖った魔力の塊を手に生み出したアルが、ルートスの首にそれを突きつけていた。
「……参った」
その言葉を聞いて、アルは特に何も言わずに手にある闇属性の魔力を引っ込める。そして、体に纏っていた可視化された魔力も解除する。
振り返ったルートスに対し、アルはただ微笑を向けるだけだった。
「……随分とご挨拶だな」
「そうか」
「まさか、囮を使ってくるとは思ってなかった」
「違うぞ」
「は?」
淡々と短く返された言葉に、ルートスは呆然と返す。
「今の戦いでお前の最大のミスは、戦闘開始前に闇属性魔法の主な効果に関して質問をしなかったことだ。今は訓練なんだから、俺が駄目と言わない限りなんでも教えてやる。相手は闇属性しか使えない代わりに、魔術師並みの強力なものを使ってくるんだ。俺が今回その戦い方を真似して戦うって言ったのに、お前はその効果を尋ねてこなかった。……失点」
「うわあ……」
最後に短く告げられたその言葉に、ルートスは手で目を覆う。
少しの間じっとしているルートスを眺めていたアルだったが、小さくため息を吐くと視線でルートスへ促す。
「アル、教えてくれ。……闇属性の効果を」
「わかった。まあ、今度からは気を付けてくれるだけでいい。じゃあ、闇属性についてだけど……」
そこから、アルは闇属性についての説明を始める。
それも、人間……通常の魔法師が使う闇属性の物ではなく、より範囲が広い魔術師の知識を。
闇族は魔術師並みの魔力を使ってくるのだ。エルフやダークエルフといった者たちよりもよっぽど魔力との親和性がある……というより体の大半は魔力でできているだけあって彼らは特に知識を持たなくても強力な魔法……いや、魔術を使える。
だが、知識がないからこそ、新しい技というのを生み出すことがない闇族だ。それは、強力な魔術を使ってくるのだから人間側にとって有利になる点の一つだろう。
「……相手を惑わす、か。脳に攻撃して相手を殺せるってのは、正直どうなんだ?」
「それがかなり厄介だ。まあ、厄介だからこそ扱いの難しさもリスクもある。闇族とてそう簡単には使ってこない。……全く使わないといったことは決してないが」
「怖いぞ、それ」
少し嫌そうな顔をしながら、ルートスはそう答える。だが、それに対するアルの答えは、安心しろ、だった。
「こっちにだってそれくらいの対策はあるよ。闇族の魔術は魔法術というものを生み出した某種族の劣化版でしかない。どうしても、弱点ってのは出やすいものだ」
「そ、そう、か。なら、ちょっと安心した」
ほっ、と息を吐くルートス。
脳を刺激して相手を絶命させるといった魔術は、厄介以外の何物でもない。下手をすれば、相手との間合いを詰める前に殺される可能性があるのだ。
それを防ぐ方法があるというのだから、ルートスが信頼しないはずがない。
「で、その対策ってのは?」
「残念ながら今はまだ言えない。大戦が近くなったら、教える」
「……そうか、わかった」
ルートスも、アルを信頼していないわけでは決してないのだ。
そんな相手がまだ教えられないというのなら、自分が我慢するべきだった。
「じゃ。質問は他にないな?」
「あ、いや、ある」
「なんだ?」
「……何で、わざわざ槍よりもずっと軽い木製の棒なんだ? 横薙ぎに振った時、力が有り余って使いにくかったんだが」
「その使いにくさが良いんだよ。それで、再び重い槍を使った時に多少スピードが落ちることで、また慣れない部分が出てくる。けど、軽いのを使っている時にペースアップで振り回していれば、本来の武器に戻した時の調節が幾分かやりやすくなる」
そういうわけで、さっそくペースアップだ。とそう告げるアル。もともと素早さという面では他の二人に劣っているルートスだけに、少し自信がないのだろう。
「……そう、だな。まあ、とりあえず繰り返していれば慣れるさ。そうすれば、自然とスピードも上がるだろ」
ルートスの才能は決して低いものではない。むしろ、アランほどではないのだが高いと言ってもいいだろう。
そういう理由もあり、ルートスは軽い木製の棒を使った訓練を繰り返しやらされることになるのだった。
*
「つ、疲れたあー!」
そう言いながらソファに座り込んだアラン。そしてその隣でも、ルートスが同じようにしてため息を吐いていた。
「……うん、疲れた」
男子には厳しい二人にそれぞれ訓練されたため。体力はほとんど残っていなかった。
これから王都の宿――アルの別荘だが――に歩いて帰れというなら、この家に一晩泊めてくれと頼んだだろう。
だが、訓練をした帰りはアルが転移魔法でしっかりと送ってくれるのだ。それは、わざわざ送っていくのも面倒だし、だからと言ってそのまま帰らせれば人避けの各界の影響で迷子になりかねない。
術者やそれに連なる者には全く影響しないのだが、血筋的な意味でもアラン達はアルにとってはまだ他人でしかない。
命の恩人ではあるが、それだけで術に影響はしない。
少し弄れば問題はないだろうが、その場合は一旦結界を解除しなくてはならなくなり、その間に人や魔物が迷い込んできては切りがない。
そういった理由もあり、アルはここからは転移で送り返すといったことをするようにしていた。……朝はアルが迎えに行って戻ってくるのだが。
そして何より、しっかりと休息は必要だと考えているからだろう。
疲れた体に無理をさせて歩かせるというのは、体にも戦闘の成長にも良くない。
一瞬で宿に戻れるという訓練のご褒美的なことをしてやることで、アラン達もリラックスできるので効果的だ。
「ほら、忘れないうちに反省会だ。ユアとリアに注意された点を話し合って、次の改善に繋げないと」
机にクッキーの入った籠を置きながら、アルはそう注意する。
「食べろ」
「うおっ、ありがとう」
「いただきます」
「いただきまーす!」
訓練の後に食べるアル手作りの菓子は最高だった。
運動をした後なので少し塩を入れているのだが、激しく動いた後にはそれがちょうどいいのだ。甘さを控えめにした方が、運動後の人間にとっては満足できるものだった。
「ほら、食べながら話せ」
促すようにアルが言うと、それぞれクッキーを一つ、二つと食べてからうなずく。
「アラン、アランはどうだったの?」
「……簡単に言えば、突きがうまくいかない」
「あー……剣は振るだけじゃないしな」
剣術というのは、ただ振るだけの物ではない。その中に突きやカウンター、時には守りとして使うことも稀ではない。
突きを得意としている者もいるし、もちろん剣を振るうことを得意としている者もいる。
しかし、状況によって戦い方を変えた方が少しでも有利に戦いを進められるので、技術は持っていて損はない。……もちろん、中途半端な技術はアルが許さないだろうが。
ともあれ、アランは薙ぎ払いの戦い方が得意分野であり、突きに関しては今までほとんどやったことがなかった。
「ユアには、肘を上げすぎるなって言われたんだけど……どうも、上げちゃうんだよなあ……」
「どんなふうに?」
「こう、やって」
アランは、剣の突きを構える姿勢を取る。
確かに、本人の言う通り肘が上に行き過ぎてしまい、剣の切っ先は若干下を向いている状態になってしまっている。
武器というのは、必ず一番威力が高い部分という場所が存在する。
剣や槍なら刃の先端、バトルアックスやハルバードなら腹の部分、鈍器ならヘッド、といった風に。
剣の突きはその一番威力のある切っ先を相手にぶつける技であり、その先端が下を向いていてしまっては威力が格段に落ちる。
高い威力の攻撃をしたいのなら、しっかり、まっすぐに突きを放つべきなのだ。
力が入りやすい高さは胸の辺りであり、まっすぐに突きやすいのも胸の高さだ。だが、アランの場合は肘が耳の高さ、剣の切っ先は腹の高さまで落ちている。
中途半端中の中途半端であり、この状態のまま高い威力など出せるはずもない。
(……一体、どこの誰だ。アランにこんな突きの仕方を教えたのは)
アルは彼らの会話を聞きながら、内心で呟く。
せっかくの戦闘の才能なのに、剣術の中でも基本技の一つにも数えられる突きがこんなにも酷かったら非常に勿体ない。
人というのは初めての経験をする際、最初が重要になってくる。何にでも第一印象が大事なように、武術やスポーツといった体を動かすことというのも最初に学ぶ時の形がどうしても後々付きまとってくる。
アランは幼い頃祖父に武術を習ってはいたのだが、剣術はほぼ完全にアランの自己流である。
アルファとの模擬戦では突きで攻められる側だったため、本人が突きを放ったことはほとんどなかった。だからこそ、アルファもアランの苦手技に気づかなかったのかも知れない。
……その中でも、時間がなかったために得意分野を伸ばしていたというのが大きいのだろうが。
その後もアルが一切介入しない三人の話し合いは続くが、しばらくたった後でアランが代表してアルへと話しかける。
「アル、明日はどんな訓練をするんだ?」
「ん、明日は休みだ」
『は?』
突然告げられた休みという言葉に、アラン達は呆然と声を上げる。
当然だろう。アルファ達には、アルの訓練はかなり厳しいから覚悟しとけとまで言われていたために、休みなどないと思っていたのだから。
「たまにはいいだろ。……それに、明日は指名依頼が入ったからな」
その言葉を聞いて、三人は頬を引き攣らせた。
アルに対する指名依頼。
それは、SSランク冒険者としてのアルへなのか、Aランク冒険者としてのアルへなのか。
いずれにしても、Aランク以上の冒険者に対する指名依頼など、碌な事ではないことがほとんどなのは間違いないのだ。
そう思っての表情だったのだが……それを見たアルは面白そうに小さく笑みを浮かべる。
「討伐系や厄介ごとの調査の依頼だと思うか?」
アラン達は答えなかったが、アルには彼らが何を考えているのかくらいわかる。
「安心しろ。それらに比べればまだ平和的な依頼だからさ」
「な、なんだ」
アルの言葉を聞き、ルートスが安堵の域を吐くとともにそう呟く。
「ともあれ、明日は休みだ。アルファ達にもその辺のこと、よろしく言っといてくれよ」
「わかった」
そうして、アルはアラン達を王都の家へと送り込んだ。




