走り出す若者たち
夏休みが迫ったある日、地元の新聞社から簿記1級を一発合格した高校生を取材したいとの申し込みがあって、部室でインタビューが行われることになった。
進と橋本は、生まれて初めて新聞社からのインタビューを受けるらしく、とても緊張していた。僕は、緊張する二人を部室の入り口あたりに座って眺めていた。
新聞記者の一人のカメラマンが、大きな一眼レフで、1級の合格証書を持って立っている二人を撮っていた。小刻みにシャッターが切られ。シャッターが切られるたびに二人ははにかんだ笑顔を作った。
桜は羨ましそうな顔をし、鮎川は特に何も感じていないようだった(特にインタビューというものに興味はないらしかった)。僕は、喜びが全身を駆け巡ることはなかった。ただただ最後の最後で手を抜いた自分が悔しくてたまらなかった。
「1級を合格した気持ちをお聞かせください」
新聞記者の方が、二人に質問をした。二人は、「まさか一発合格できるとは思いませんでした」や「勉強は辛かったですけど、簿記部の仲間や顧問の先生が助けてくれたおかげです」と驚きや感謝の気持ちを正直に述べた。
「将来の目標はなんですか」
という問いに進は、迷うことなく「公認会計士」と言った。橋本は「良い会社に就職できたら」と、早くも就活に有利になるような発言をした。笑顔の下に隠れているしたたかさに僕は、鳥肌が少したった。
しばらく、たわいもない会話や質問が続き、取材は終わった。
新聞記事も近々載るということで、楽しみにしておいて欲しいということだった。
その後の僕はといえば、順調に高校三年生となり、簿記大会の団体戦で全国9位になった実力と簿記2級を武器に大学の推薦入試に合格した。(1級については、65点くらいまで取れるようになったものの、合格まではあと一歩届かなかった)進と同じ大学に合格したのだが、進は学費免除が約束されたコースで合格し、僕は普通の一般受験生と同じ扱いで合格した。ただ、大学のレベルとしては結構良いレベルの大学で、推薦で入った結果両親は大喜びしていた。ちなみに、橋本は宣言通り地元の超優良企業に就職した。鮎川は、「自分を見つめ直す」といって、なぜかアメリカに留学した。桜は、簿記1級講座を受講した縁で、専門学校に進学して、公認会計士を目指すとのことだった。
卒業式の帰り道、僕は進に後ろから声をかけられた。
「イチロー、お前大学で一緒に俺と公認会計士の勉強するよな」
帰り際一番の発言が、これだった。
「いや、合コンとかテニサーとか入る」
「無理すんなよ。おまえ、運動神経そんなないし、別に女の子とか橋本以外興味ないだろ」
「ちょ、なにを……」
「橋本が言ってたぞ。彼が、立派な大人になるまで、私は待ってるつもりだから。時間は限られてるけど、大学生のうちに何か成し遂げたら付き合ってもいいんだけどなー、ってな」
橋本の気持ちは、橋本から聞きたかったが、僕は進から聞く形になってしまった。しかし、改めて橋本の気持ちを聞くとなんだか、胸の奥が熱くなってきた。
「橋本って進のことが好きなんだと思ってたけど」
「なにを言いますか。俺のことなって全然だよ。俺は、隣のクラスのめぐみちゃんに夢中だったしな」
進がめぐみちゃんなる可愛らしいバトン部の女の子と付き合っていることを知ったのは、大学2年の終わり頃だ。簿記1級を嗅ぎつけためぐみちゃんは、進に猛烈なアタックをした結果、付き合うことになったらしい。めぐみちゃんは相当な金の匂いを嗅ぎ分ける女の子とだと僕は批判したが、進はそれを一蹴した。
「お前と橋本をしっかりと繋げられるよう俺は頑張りますよ」
進は、前髪を右手でかき分けながら言った。めぐみちゃんがいちばん好きな仕草ということを風の噂で聞いていた。公私ともに余裕の男に僕はなんだか腹が立ってきて、彼に言ってやったのだった。
「おまえより、先に公認会計士試験に合格してやるわ」
「お。いい調子じゃん。負けないけどな」
「あとで、泣くなよ。ふふふ」
僕は、進の肩を叩いて、目の前の道を猛ダッシュで駆け抜けていったのだった。
僕は、大学1年の6月に結局簿記1級に合格した。その後、公認会計士の試験勉強に奮闘するのだが、これはまた別のお話。僕の楽しいような辛かったような、充実した商業高校生活はこれにて終わりとなったのだった。




