「人生に無駄なことなんてない」
気がつけば、僕は高校2年生になっていた。しかも、既に夏休みになっていた。
決断を迫られた1月からほぼ半年が経った。
個人的には、もう何年も前のような話の気はしていたが、時間は正直である。
結論からは話せば、僕はあの時「やる」と答えた。僕は、結局のところ「簿記がやりたい」のではなく、「みんなといる時間を大事にしたい」という気持ちが勝ってしまった。桜と一緒の回答になったが、やはり僕自身の感覚とみんなの感覚はずれていたように思う。みんなは「受かりたい」という気持ちがとても強く、日に日に、簿記1級の内容が身についていった。
また、1級では2級の時とは異なり、直前期には外部の専門学校に放課後と土曜に1ヶ月くらい行って、答練という模擬問題をひたすら解き続けた。この外部の専門学校費用は無料だったから驚きだ(無料のカラクリについてはよくわからないが、専門学校としては広告宣伝費のような意味合いであったようだ。)
1級の合格点は、他の級とは変わらず70点である。2級とはちょっと変わっていて、商業簿記、会計学、工業簿記、原価計算の4つの科目に分かれてそれぞれ25点満点の試験である。単純計算で、各科目17〜18点とれば合格ということになるのだが、僕らは全くといって良いほど答練の結果は芳しくなかった。ほぼ、4科目10点ずつという苦杯を舐める結果が続いた。それでも、外部の専門学校の先生は「その点数でも受かっている人はたくさんいる」と僕らに言うのであった。
「人生に無駄なことなんてない」と、よくありきたりのJ-POPの歌手は歌う。それは、自分の行いを正当化したいがための言い訳のように僕は思っていた。しかし、いざ自分がそのような立場に立った時、初めて歌詞の意味を僕は理解した。ありきたりな歌詞は、実は多くの人が経験する歌詞なのだ。だからこそ、万人に響く。渋谷の一等地に高級住宅を買うために努力したことを歌詞にする内容よりも、四畳半の上で悶々ともがき苦しみながらひねり出した、ロックスターを夢見る下積み生活の歌詞の方が響くというものだ。
そう、結果として僕の簿記1級の結果は惨敗であった。40点だった。予備校の先生の言葉を信じて勉強するも、最後の1週間あたりで「んー、これは無理だろう」と思って僕はほとんど合格を諦めたのだ。予備校の先生は嘘を言っている。そう僕は思っていた。
しかし、ここからショックなお知らせもある。
橋本と進は1級に合格したとの知らせが昨日届いたのだ。橋本も進も僕と同じで、答練は散々であったが、彼らは自らの目標に向かって一心不乱に勉強したことが功を奏したようだった。その事実を知った時、僕は自分を恥じた。謙虚でない自分を。
僕は、まだまだ子供だったのだ。




