ランク1
クリスマスの後の僕はといえば、いたって普通の日常が続いた。
年越しを実家の居間で、バラエティ番組をコタツに入りながら見た。年が明けた翌朝には、餅を食べながら元旦番組を見た。三ヶ日は近所のお寺に行って初詣をした。おみくじは、中吉。まずまずだった。
学校が始まってもやはりいつもどおりだった。担任の先生は、年末にハワイに行ったらしく、しばらく季節外れの全身真っ黒であった。噂によれば、美人の広川先生と一緒に行ったらしかった。先生は、日焼け止めをしっかり塗ったのか、やや黒いだけであった。
僕は、今後の簿記部の方向性を考えた。僕らは、高校一年生で2級を取ったわけだが、特段すごいとは思っていなかった。簿記部の連中といえば、試験も終わり、のほほんと部室でお茶とお煎餅を片手に冬休みにしたことを自慢しあっていた。一番印象的だったのは、鮎川が、真冬の山奥で、ラフティングで勢いよく川下りをしたことだった。鮎川はみかけによらずアクティブだった。
部室にせんべいが、ぱりぱりと気持ちの良い音を立てながら割れている音が響いていたが、その音はすぐに収まった。
部室の扉が勢い良く開いた。相変わらずの開けにくい押しドアだったが、少しのためのあと一気に開いた。
「きみたちが簿記部の生徒か」
目の前には見たこともない人間が現れた。身長は日本人の平均よりやや高く、髪の毛はもっさもさの無造作ヘア。死んだような目をしているが、眼光は鋭く、見つめられるとなんだか自分の心を見透かされているような人であった。年齢的にはパッと見40歳だ。
「諸星先生はまだ来てないのか」
進は、来てないっすよと軽い感じで返事を返した。すると、その男は、扉を閉めて、上着を脱ぎ、部室の隅っこにあったパイプ椅子に、前から来ているかのように座った。
鮎川は、「不審者じゃないのか」と小さい声で僕らに話をしてきた。僕は、その通りだと思った。死んだような目つき、もさもさの無造作ヘア。少々猫背。不審者じゃない理由が見当たらなかった。
僕らが、携帯を取り出して、男に見つからないように警察を呼ぼうとした瞬間、諸星先生はやってきた。
「あれ、もう来ちゃってたの」
「ひさしぶり」
僕らは、驚いた。不審者ではなく、先生の知り合いだったようだ。
「えっと、先生。どちら様ですか」
橋本は、恐る恐る先生に質問をした。
「ああ、こいつね、こいつは俺の予備校時代の同級生。簿記の神童とかって言われていたやつ。つい昨年末まで、大手監査法人で監査をやっていて。んで、仕事が辛くて、一年間くらい休息の後、独立する予定なんだっていってたから、呼んできた。これから5ヶ月くらいかな。6月の1級試験まで、こいつが1級を教えるからな」
僕らは、もはや開いた口が塞がらなかった。
「放課後、毎日学校に来てくる。なんか午前中は、自分の創作活動に打ち込むんだってさ。よくわからんが」
先生が、勝手に話していたが、肝心なことを忘れている気がした。
「先生、その人ちなみにお名前はなんていうんですか」
無造作ヘアのもさもさ男は口を開いて自己紹介をし始めた。
「灰原……、灰原ケイジです。みんなよろしく」
この時、諸星光一に続いて、またしもて僕らの人生を変える人間であることを誰一人として知らなかった。そして、死んだ目をしたその奥に潜む熱い情熱を。




