文化祭7
私は、お母さんに手を繋がれながら歩いていた。
「今日はとっても楽しい所に行くのよ」
お母さんは、嬉しそうに私に教えてくれた。あの頃の保育園に通う私にとって、楽しい場所とは、カラフルな飴がいっぱい売ってる、 キャンディショップか、動物園だった。緑や青のカラフルなら飴を眺めて、味を想像するのは好きだったし、遠くの方を見て、野生感がゼロになった猫のような大きなライオンを見るのが好きでだった。
お母さんが「ついたよ」と教えてくれると、おっきな門が目の前にあって、その先にはいっぱいテントが沢山置いてあった。
漢字が読めない私には、その門に掲げてある布に書かれている文字は読めなかった。お母さん曰く「お祭りだよお祭り」と言っていた。
もはや、お祭りの意味すら分からない私であったが、沢山の人がいっぱい居て、大きな声で「いらっしゃいませ」が飛び交っている場所で、沢山の笑顔が溢れる場所であるということは小さい子供ながらに感じていた。
お祭りというのは、きっと心が躍る場所なのだと私は学んだ。私も興奮してきて、飛び跳ねていたような気がする。
入り口のテントには、ペンやノート、カバンなどが売られていた。どれにも「M」のロゴが入っていて、とても可愛かった。お母さんに手を引かれてあるいてると、女の子たちに囲まれてしまった。
「かわいい!君はいくつ?」
と、聞かれた。私は、「3つ」と手で3の形を作って答えた。そのあと、しばらく女の子たちに頭を撫でられたりして、女の子たちは「じゃあね」と言って去っていった。
お母さんは、野菜の売っているテントの前で立ち止まった。茶色いレンガのような形をした入れ物が沢山置いてあって、なんだか見たこともないような雰囲気だったのを覚えてる。お母さんは、男の子と女の子と話しをしていた。色々な野菜やら果物を買って、小さな布の袋をもらっていた。
「これ、君にあげるね」と、女の子からその小さな布の袋を貰った。かわいい猫がMのマークを持っていた。私はその猫の可愛いさが嬉しくて「ありがとおねいちゃん!」と大きな声で挨拶をした。
「お母さん、ありがと!」
お母さんは、私からの感謝の言葉が嬉しかったようだった。
その後、私は次の年には引越しをして、同じ県の別の地域に行ってしまった。でも、そのお祭りで貰った布袋は小学校を卒業するまで、大切に使った。結局最後は手提げの部分が破れてしまって、泣く泣く処分した。
中学生に上がった私はお母さんに、あの布袋はどこで買ったんだけと聞くと、「南商業の文化祭でしょー。忘れたの?」と言われた。
私の中で、お祭りといえば、あの雰囲気だった。
もう、10年も前の話だけど、私も南商業を受験してみようかと思った。そして、私も南商業の文化祭で、今度は迎える側になりたいと思った。




