家庭科室の安寧
料理部の部活申請書類が通り、料理部は無事、活動を再開することが出来た。家庭科室も取り戻し、居残りの一年生がいなくなった家庭科室に、三人は来ていた。
「ああ、戻って来られた……」
家庭科室のイスに座り、作業台に頬をべったりとくっ付けてあやねが呟く。
「顧問もいるし、もう安泰です」
「一時はどうなることかと思ったわ」
作業台を挟んだあやねの向かい側で、花と姫子が安心しきった顔をしていた。
「はぅあ……」
花が目を細めて、ゆるりと息を吐き出した。
夕方の暖かな日差しが窓から家庭科室に入り込み、あやね達三人がいる場所を包み込む。外からは微かに部活に励む生徒達の声が聞こえてきて、あやね達はまったりとした流れの中に身を置いていた。
「さて……。どうしましょうか。これからの料理部の方針」
「方針ですか?」
花が暖かさでとろんとした目を姫子に向ける。完全に気が抜けていた。
「家庭科室が戻って来ても、コンロが使えないのは変わらないし、これからのことを考えないといけないわ」
「ああ、それについてなんだが、昨日一晩、考えて決めた」
姫子がきょとんとした顔をあやねに向ける。
「……決めたって何を?」
「料理部の方針」
あやねは得意げな顔で立ち上がった。
「どうせなら縛りプレイ料理部にしてしまうことにした!」
「はぁ?」
花が変なものでも見るかのような目であやねを見た。だが、あやねはかまわず続ける。
「縛りプレイってしっているか? ゲームで遊ぶ時にわざと制限を付けて遊ぶことなんだが、それを料理部にも取り入れる」
あやねは手を上げてグッとこぶしを握った。
「縛り内容はもちろんコンロ使用禁止。そこに水使用制限を追加する。水使用はスープなど水が使い切れる場合と野菜を洗う場合のみで、それ以外の使用は一切禁止とする。もちろん食器を洗う為の水使用は禁止なので、洗わなければならないものを使うのも禁止となる」
「はあぁぁ?」
花の視線がますます冷たくなった。
「今回、ホットドッグを作って思ったんだ。料理って制限があっても意外と作れてしまうものなのだなと。だから、いっそのこと料理部は制限を前提として料理に挑戦する部にしようと考えた」
「それなら、コンロ禁止だけでいいじゃないですか。何でわざわざ水まで制限付けるんですか」
「どうせ制限があるなら、他にも制限を付けた方が楽しいだろ。それに、水の制限は節水に繋がるからな。水が自由に使えない環境におちいった時に役に立つぞ」
「いやいやいやいや。私達は料理が得意ってわけではないんですから、まずは普通に料理しましょうよ」
「コンロが使えない時点で普通ではないだろ?」
「いや、そうですけど。けど……。姫子先輩! 何か言ってやって下さい!」
うまく言い返せず、花は姫子に助けを求めた。
「……無理ね。あやねの目がキラキラしてしまっているもの。こうなると何も聞かないのよ」
姫子の言う通り、縛りプレイについて語るあやねの目はランランとしていて、さらにかなり熱のこもった喋り方をしていた。
姫子の援護を得られなかった花は、一人であやねに立ち向かう。
「とにかく、そんなこと勝手に決めないで下さい!」
「いいや決めた。縛りプレイ料理部としてこれからは活動していく」
「やめて下さい!」
「あれ? そんなに否定するということは、もしかして制限のある料理を思いつく自信が、花にはないのか?」
「そういうことではなくてですね……」
「まあ、そうだよな。ホットドッグを思いついたのも私だったしな。花には無理か」
あやねの言葉に、花がムッとした顔をする。
「そんなことないです」
「いや、無理するなって。花にとって無茶なことを強要して悪かった」
「そんなことありません。私だって思いつけます」
「じゃあ、今後の縛りプレイ料理部の活動で、証明してもらおうか」
「いいですよ。望むところです」
「よし、じゃあ決まりだな」
満面の笑みで、あやねが宣言した。
「我々料理部は、新たに縛りプレイ料理部として活動を開始する!」
期待に満ちた顔をするあやねと闘志を燃やす花。そして、全てを諦めた表情であやねと花を見つめる姫子。
この日、三人の新たな料理部が始動した。
ちなみに、うっかり同意してしまった花が、盛大に後悔することになるのは、もう少しあとの話である。




