賄賂の真実
次の日、姫子がロールパンを家から持ち寄り、花が放課後の家庭科室から材料の持ち出しに成功した。
そして、とあるものを作った三人は、飯島先生に連れられて、社会科準備室に来ていた。
賄賂を贈る相手は、生徒達の間で怠け者として名高い天宮先生だった。今も、準備室の中にあるソファーに、すっぴんでだらりと寝そべっている。
「と、言うわけで、この子達は部活の顧問を探しているんだ」
ソファーの正面に立った飯島先生が、今までの経緯を天宮先生に説明した。あやね達三人は成り行きを見守りながら、その後ろに黙って立っている。
「で?」
「お前にこの子達の顧問になってほしい」
飯島先生がきっぱり言うと、天宮先生があからさまに嫌な顔をした。
「えー、めんどくさい」
「そういうと思ったよ……」
飯島先生がため息を吐く。
「例のものを出せ」
飯島先生があやね達三人に指を振って合図を出してきた。あやね達はソファーの前に置かれたローテーブルに、持っていたものをさっとのせる。
テーブルに並んだのは、長方形のお弁当箱と真四角のお弁当箱とフォーク。それにケチャップとドレッシングだ。あやねと花がお弁当の箱を開ける。お弁当の中には、ホットドックとサラダが入っていた。
ホットドッグのパンは、姫子が持って来たロールパンを使っている。定規で袋の外からパンの中央に切れ目を入れて開き、そこにレタスとウインナーを挟んだ。パンの切れ目は若干潰れているが、それでもホットドッグといえる形にはなっている。
サラダはレタスとピーマンとハムをちぎり混ぜた。見た目は雑だが、サラダはサラダだ。
この二品があやねと姫子と花が作った料理だった。
「これ食べていいの?」
天宮先生が食いついた。ガバリと起き上がり、料理と飯島先生の間を何度も視線を往復させて、そわそわと飯島先生を窺っている。手はすでにケチャップを掴んでいた。
「いいぞ。ただし、顧問を受けたらだが」
「顧問を受けたらもっと食べられる?」
「この三人は部の活動で料理を作るからな。顧問として監督すれば、食べられるチャンスも増えるだろう」
「やる。顧問やる」
即答だった。天宮先生はケチャップをホットドッグにいそいそとかけ始める。
「よかったな。三人とも」
飯島先生があやね達を見てにっこりと笑った。
「……飯島先生。賄賂って必要でしたか?」
姫子が飯島先生を怪訝そうな顔で見ている。
「料理部で何か作ったらおすそ分けしますよ、でよかった気がします」
花も姫子と同意見のようだ。
「そうだな。いらなかったかもな」
「じゃあ、何で私らにこれ作らせたんですか?」
飯島先生の分かっていたような口ぶりに、あやねが眉を寄せながら聞く。
「大変だったんですよ」
「だが、仲直りのいいきっかけになっただろう?」
「ぐっ。そ、それは……」
飯島先生の言葉に、あやねが口ごもる。花はさっと視線を逸らした。
「道具や材料が少ない中で料理をするには、三人で考えるしかない。ケンカをしている場合じゃなかっただろ?」
「……その通りです」
「これにこりたらもう少し仲良くするんだな」
「……はい」
あやねはしょぼんとした。
「お前もだ」
飯島先生は花の頭に手をポンと置く。
「はーい……」
花も渋々返事をした。
「うむ。ごちそうさまでした」
天宮先生はいつの間にか弁当箱の中身を、キレイに食べ終わっていた。
「じゃあ、ちょっと一眠り……」
天宮先生はソファーにゴロリと横になる。
「おい、ちょっと待て。寝る前に提出書類へサインしろ」
飯島先生が部活申請書類をローテーブルの上に置いた。
「えー、めんどくさい。書いておいて」
もう目を閉じている天宮先生を、飯島先生は揺すり起こす。
「そんなわけにいくか。さっさと書け」
「じゃあ、明日」
「こいつらは今日、必要なんだよ!」
飯島先生は天宮先生に無理やりペンを持たせ、書類の必要な場所にサインを書かせた。
こうして、あやね達三人は料理部に顧問を得ることが出来た。




