屋上のあんパン
姫子は教室を出て、屋上に来ていた。屋上は金網で囲ってあり、姫子は胸元まである金網に両腕をのせて寄りかかり、外を見ていた。そこに、あやねと花がやって来る。姫子は振り返らずに、外を見続けている。
「……姫子」
「……姫子先輩」
二人は姫子に背中を向けられていて姫子の様子が分からず、控えめに話しかけた。しかし、姫子の返事はない。
あやねと花は顔を見合わせ頷き合うと、姫子の後ろ姿に思い切り頭を下げた。そして、声を合わせて大きな声で謝った。
「ごめんなさい」
「ごめんなさいです」
二人は頭を下げ続ける。
「私達は自分のことばかりだった」
「姫子先輩の気持ちも考えないで……」
「こんな大変な時だっていうのにケンカする私達がバカだった」
「本当に自分勝手でごめんなさいです!」
姫子は金網に寄りかかったまま反応しない。
あやねは頭を下げたままそれをちらりと見て確認し、その後に花と目を合わせてまた頷き合った。
「そ、それでな……。姫子にお詫びの品を持って来たんだ」
あやねは後ろ手で持っていたビニール袋を前に出した。屋上に来る前に、あやねと花はお詫びを形にと、購買でそれを買っていた。
「姫子の好きなアンパンだ」
あやねと花は黙って姫子の反応を待った。
「……もうケンカしない?」
あやねと花に背中を向けたまま姫子が聞いた。
「しない! 絶対にしない!」
「しません!」
あやねと花はすぐに答える。
「じゃあ、今度こそ皆でどうするか考えよう」
姫子は二人の方を振り返ってにっこりと笑った。
「姫子!」
「姫子先輩!」
あやねと花の顔がパアッと明るくなる。
「良かった!」
あやねが姫子の首に手を回し、バッと抱き付いた。
「あ! ずるいです!」
花も姫子の腰に抱き付く。
「ちょっと二人とも」
姫子は困った顔をしつつも、笑っているままだった。
「ほら、もう離れて。アンパンを分けて、皆で食べながらどうするか考えよう?」
二人は姫子から離れる。
姫子はあやねからビニール袋を受け取り、パッケージに入ったアンパンを取り出した。
「手でちぎっていい?」
「おう、いいぞ。それしかないしな」
姫子がアンパンの袋を開ける。
「あ、ちょっと待ってください」
「どうしたの?」
姫子はアンパンを取り出そうとしていた手を止めた。
花がゴソゴソとスカートのポケットを探る。花のポケットから小型の筆箱が出てきた。そして、花は筆箱から定規を取り出した。
「これを使いましょう」
「定規?」
姫子は首を傾げる。
「この定規でキレイにパンが分けられるんです。アンパンよろしいですか?」
花が姫子に手を差し出し、姫子は花にアンパンを渡した。
「この口が開いた状態の袋の上から、アンパンに定規を押し当てます」
花は近くにあったベンチの上に、袋に入ったままのアンパンを置き、その上から定規をギュッギュッと押し当てた。縦と横、十字になるように二回。
「これでOKです」
「これだけ?」
「はい。姫子先輩は四つのうち二つ。私とあやね先輩が一つずつです」
花によって配られたアンパンは、切り口が潰れているものの、キレイに切れていた。
「へー、中の餡は、はみ出したりしないんだな」
「定規でここまで切れるものなのね」
アンパンを四方から眺めながら、あやねと姫子が感心する。
「私、クラスの友達と菓子パンの分け合いっこをよくするんですが、その時に友達から教えてもらったんです。けっこう便利なんですよ。さあ、アンパン食べましょう」
三人は姫子を真ん中にベンチに座り、仲良くアンパンを食べだした。
「で、どうするか。先生への賄賂」
「おいしもの作れって、今の私達は家庭科室が使えませんし」
「材料を持って来ても冷蔵庫は使えないから、冷蔵庫に入れなければならないような食材は使えないわね」
問題は山積みだった。
「だとすると、使えるのはパンとかお菓子とか……」
「あ、でも、冷蔵庫に入れることは無理ですけど、取り出すことは出来ますよ」
「どういうこと?」
あやねと姫子は花を見る。
「今の一年生は家庭科で、エプロン作りをしているんです。それで、明日の放課後は、授業中に終わらなかった生徒の為に、家庭科室が開放されることになっているんですよ。だから、私が家庭科室に入って、こっそり冷蔵庫の中のものを取り出してきます」
「そんなことして大丈夫なの? 先生に怒られない?」
姫子が心配そうな表情で花に聞く。
「はい、大丈夫です。お任せください」
花がドンと胸を叩いた。
「うーん、今は手段を選んでいる状態じゃないからなぁ。ここは頼むしかないな」
「……そうね。確かに余裕はないわ」
姫子は気が進まないようだが、話は花が家庭科室を漁ることでまとまった。
「料理部の冷蔵庫に何を入れていたっけ?」
家庭科室には料理部専用の冷蔵庫がある。廃棄前の冷蔵庫を譲ってもらい、学校の許可を得て家庭科室に置いてあった。
「確か料理に使って余ったものを入れてあったはずだから……、野菜と、あとはハムとウインナーがあったと思うわ」
「野菜は人参とピーマンとレタスです」
「あと、ケチャップやマヨネーズとかも入れてあったよな」
三人はしばし黙って、何を作るか考える。しかし、良い案は出ないようだ。
「むー、思い付かないです」
「だいたい何も使えないのに、料理ってのが無理なんだよな」
「そうね、焼く、炒める、煮る、蒸す。全て出来ないわ。あと、さすがに包丁を持ち出すのは問題だから、包丁を使うような作業も無理ね」
三人の眉の間に、険しいしわが出来上がる。
「てーことは、人参は無理だな。包丁が使えないから。ピーマンとレタスはちぎればいいからOKだ」
「ワイルドな料理になりそうです……」
「しかたないわね」
三人のしわはますます深くなった。
「あ、加熱調理が出来ないなら、ウインナーもダメじゃないですか?」
「花は知らないのか? ウインナーは加熱しなくても食べられるんだぞ」
「そうなんですか?」
花は顔を姫子に向け、明らかに姫子にだけ聞いた。
「おい、花」
「あやねの言っていることは正しいわよ。一部のウインナーには加熱が必要なものもあるけど、だいたいのウインナーはそのままでも食べられるの。あとベーコンもそうね」
「へー、ベーコンもそのままで食べられるんですか。知りませんでした。姫子先輩って物知りですね」
「おい、花」
「じゃあ、ウインナーは使えますね。では、家庭科室から取って来られるものは、ウインナーとハムとピーマンとレタスと調味料類ってことですね」
「あとは、パンやお菓子を当日に持って来るぐらいだわ」
物知りと言ってもらえず、いじけたあやねはアンパンを口に放り込む。しばらくアンパンを大げさに噛んでもぐもぐさせていたが、あやねの口がピタリと止まり、目を大きく見開いた。
「むむむ!」
「は?」
何を言っているか分からないあやねを、花が冷たい目で見る。
「どうしたのあやね」
あやねは口の中のアンパンを急いで飲み込む。
「これだよこれ! これが使える!」
あやねは姫子の手にあるアンパンを指した。
「これ?」
姫子はアンパンを持ち上げる。
「まさかアンパンをそのまま出すとか言いませんよね」
花が呆れた顔をした。
「違う。それじゃあ作ったことにならないだろ」
「じゃあ、あやねの言う使えるって何のこと?」
あやねはベンチに座る二人の前に立ち、偉そうに腰に手を当てて言った。
「定規だ!」




