24.自分の知らないこと
出来れば今すぐにでもお帰り願いたい。
何が悲しくて、トラウマの相手を女装して相手しないといけないんだ⋯⋯。オマケに女装した時の方が好感度が高くて心にくる。
どんな冗談だよ。
親が友達同士だったのもあり俺と幼なじみ───和葉は赤ちゃんの時から一緒だった。10年以上、友好を育んだつもりだった。
けど、結果は既に知っての通り。俺の一方的な好意で終わり⋯⋯和葉はむしろ俺の事を嫌ってすらいた。
それはもう、仕方ないことだと諦めはついた。
筈だった。
女装して、見た目が女の子になり⋯⋯メイドさんとして和葉に出会った。当然、あちらからすれば初対面だ。なのに、この好感度の高さ⋯⋯。
俺の10年の好意は男ってだけで、無下にされるのか? ここまで清々しいと腹も立たないな。流石は妹に告白した同性愛者だ。
「あれ、反応ないけど⋯⋯変な事いったかな私?」
俺が反応しなかった事で、和葉が不安そうにしている。変な事を言ったんじゃないかと、自分の発言を今頃振り返っていることだろう。
このまま無視してやりたい気分だが、残念ながら今の俺の立場上それはできない。
ため息をグッと堪え、心を殺して笑顔を作る。
「申し訳ございません、お嬢様。あまり可愛いと言われることがなくて⋯⋯慣れていなくて」
実際、慣れてはいない。
可愛いと言われても嬉しくないし、キッドさんやマリアさんならともかく⋯⋯お客さんからの言葉は下心が感じ取れて気持ち悪かった。
「えー、こんなに可愛いのに!みんな見る目がないんだね!」
和葉も、また気持ち悪かった。発言の節々に下心が透けてみえる。お前⋯⋯女だよな?
「お褒めいただきありがとうございます」
「えへへ、笑顔が可愛いね!新人ちゃん可愛くていいね!」
顔がニヤケている。こんな幼なじみを見たのは生まれて初めてだ。大変失礼なことを言うが、女子高生の皮を被ったおっさんか何かか?
俺、こんな奴が好きだったのか?
───見る目ないな⋯⋯ほんと。
「ありがとうございます。⋯⋯お嬢様はお屋敷の鍵はお持ちでしょうか?」
「持ってるよ!はい!」
お客さんを案内する前の確認で、和葉がカバンから会員証となる鍵を取り出した。
初見のお客さんではないという事か⋯⋯はいはい。和葉から鍵を受け取り、その際に裏面を確認する。スタンプの数は24個⋯⋯結構きてるな。
となると尚更、失礼な対応ができないわけか。
「それではお屋敷の中にご案内させて頂きます」
「はーい!!」
和葉、このお店の常連客らしい。
そのため、お店の仕組みをよく理解しているので対応は楽で助かる。
「こちらに段差にありますのでご注意ください」
「ドジっ子ゾーンだね!知ってるから大丈夫!?」
ただの段差だ。
メイドカフェだからって何でもそれっぽく命名すればいいものじゃないと俺は思う。俺は意地でもドジっ子ゾーンなどとは言うまい。
「こちらのお席になります」
「はーい!」
和葉を席まで案内すると、慣れた様子で腰掛けて俺の事をジッと見ている。なんか⋯⋯やりにくいな。
「メニューとお水はマリにゃんが持ってきてくれるよね?」
「はい。ご用意でき次第マリ⋯⋯にゃんがお持ちいたします」
少し離れた位置で俺たちのやり取りを聞いていたマリアさんが俺の代わりにメニューと水を取りにいった。本来なら、俺がやる仕事なんだが⋯⋯仕方ない。
「改めてまして、本日のご案内をさせていただきます、新人メイドのツバサと申します。気軽にツバサちゃんっとお呼びください」
「ツバサちゃん⋯⋯ね」
何か言いたげな表情。
「ツバサ⋯⋯」
もう一度、名前を噛み締めるように口すると、一瞬苦虫を噛み潰したような顔に変わり、俺の視線に気付いて直ぐに笑顔に変わる。
まるで七変化だな。
「どうかなさいましたか?」
「ううん!なんでもないよ!ツバサちゃんはまったくもって悪くないんだけど⋯⋯知り合いに同じ名前の奴がいてね」
多分、そいつ目の前にいるぞ。
「同じ名前のご知り合いが?」
「知り合いっていうか腐れ縁というか⋯⋯金魚のフンというか⋯⋯花につく虫というか」
遠回しに俺の事を貶している事だけは、よく分かった。腐れ縁までは和葉と俺を指す言葉、金魚のフンと花につく虫は妹の傍にいる俺を邪魔者扱いしてるだろ、これ。
「えっと⋯⋯」
「ごめんごめん!ツバサちゃんには全く関係ないんだけどね⋯⋯幼なじみが同じ名前でさ」
お前の接客をしているツバサちゃんが、その幼なじみだぞ和葉。
「私と同名の幼なじみの方が?」
「そうそう!ツバサちゃんと違って全く可愛くないんだけどね⋯⋯昔は男の癖に可愛かったのに急に男臭くなって⋯⋯」
本当に小さく⋯⋯気持ち悪いと、和葉が呟いた。
「お嬢様⋯⋯」
なんだ今の発言は⋯⋯。
昔の俺ならまだ可愛いと感じていた?男臭くなって気持ち悪い? ⋯⋯和葉はただ、女の子が好きなだけじゃないないな。
多分、相当の男嫌いだ。
「ひひ!ツバサちゃんは凄い可愛いね!私が通う高校にツバサちゃんレベルの女の子はまったくいないよ!」
「ありがとうございます」
感情の切り替えの速さには敬服する。俺は話題の当事者なのもあって、直ぐには切り替えられそうにないぞ⋯⋯。
「ツバサちゃんは今日が初めてだよね?お客さんは私が初めて?」
「お嬢様で二人目でございます」
「ちぇー!学校終わりに来たからツバサちゃんの一番にはなれなかったか!残念!」
悔しそうに指を鳴らした後、俺を見て笑顔になる。⋯⋯こんな笑顔、一度も見たことないんだよな。
「あっ、マリにゃん来たみたいだよツバサちゃん」
和葉の声に反応して振り返ると、グラスの乗ったトレーとメニューを持ったマリアさんが席まで歩いてきた。
「お待たせいたしました。こちらお口を潤すためのお飲み物です」
慣れた動作でトレーを和葉の前に置く。マリアさんを見た和葉は、先程のお客さんと違い嬉しそうに頬を緩めている。
「ありがとうマリにゃん!!」
「連日のお帰り心より嬉しく思います和葉お嬢様!」
連日? ⋯⋯和葉のやつ昨日も来てたのか。知りたくもない情報だ。
「マリにゃんに会いたかったし、昨日言ってた新人メイドちゃんも一目見たかったからね!うんうん!来てよかった!」
「ありがとうございます」
マリアさんのお礼の言葉に合わせて俺も頭を下げる。
「それでは本日のメニューをご案内させていただきたいのですが⋯⋯」
「いつもので!」
「かしこまりました。『メイドさんの愛情たっぷりみっくすじゅーちゅ』と『妖精のパンケーキ、メイドのお絵描き付き』でよろしいでしょうか?」
「お願いします!」
───いつもので、注文が通るくらい同じものを頼んでいるのか⋯⋯こいつは?
俺が思っている以上の常連客だな⋯⋯。
というより、メイドカフェで『いつもの!』って注文する奴がいるのか? それは居酒屋とかでしか聞かないフレーズじゃないか?
「ツバサちゃんお願いしてもいいかしら」
「かしこまりました。お嬢様、少々お待ちくださいませ」
「はーい!」
和葉の接客はマリアさんが対応してくれるようなので、お言葉に甘えて席を外れてカウンターまで移動する。
注文の確認の際にマリアさんが店内無線を飛ばしているから、既にキッドさんが調理を開始している筈だ。俺は注文の商品ができるまで、待つだけ⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯」
10分くらい待っただろうか?
みっくすじゅーちゅだけなら出来上がるまで早いのだが、パンケーキもって少しばかり時間がかかる。
この待ち時間の間、和葉の接客をしないで済んで良かったと心から思う。気にしないようにしても、やはり和葉が相手だと色々と心にくる。
「ガール!注文の商品、出来上がったよ」
ガラッと窓が開いてキッドさんがトレーをカウンターに置いた。注文の商品を受け取って後はそのまま運ぶだけなんだが⋯⋯、キッドさんが近くに寄れと手招きしている。
「どうかしました?」
「今、マリアが接客しているお客さんいるでしょ?」
「はい。常連のお客さんですよね?」
「そうネ。あの子、マリアに懐いて色々話してくれてね⋯⋯ちょっと訳ありなのよ」
男嫌いとか、同性愛者とか、そういうことだろうか。
「訳あり、ですか」
「そうネ!色々あってあの子は男が大嫌いネ!だからボーイの性別がバレる訳にはいかないネ」
やっぱり男嫌いなのか。それも大嫌いときた。
「気をつけろと?」
「違うよ。あの子の接客はマリアに任せて戻ってきたらいいよって事ネ。マリアも分かってくれると思うよ」
「分かりました」
キッドさんの助言の通り、商品を届けた後はマリアさんに任せて席を離れた。和葉は俺と話したそうにしていたが、マリアさんからやむ得ない事情があると説明され、渋々受け入れていたな。
そんなやむ得ない事情の為、店内に残る訳にもいかずキッドさんのいるキッチンまで足を運んだ。
「お疲れ様ネ」
「お疲れ様です」
時間を見てもおそらく今のが最後の接客だろう。だからこそこんな中途半端でいいのかと、自問してしまう。
いや、和葉の相手はキツイな。初日だし、これくらいでいいだろう!
そうやって自分を納得させていると、キッドさんが俺の為に紅茶を入れてくれた。ありがたくいただく事にした。
「基本的には今日のような接客でいいと思うよ」
「そうですか?」
「やっぱり素質があるネ!マリアも褒めてたよ」
「ありがとうございます」
お世辞と分かっていても嬉しい言葉だ。人生初めての仕事だったから、正直心配ばかりだった。上手くできるか不安だった。
だからこそ無事にこなせて良かった。一つだけ心残りあるとすれば、和葉のことだな。
和葉が常連客であるならばこれから先も接客する機会はやってくる。なら、今のうちに俺も慣れておきたいし⋯⋯今回みたいにやむ得ない事情も何度も通用しないだろう。
その事をキッドさんに伝えると、困ったような表情をしていた。
「あの子の接客はボーイはしない方がいいと思うよ」
「どうしてですか?
「ボーイの為⋯⋯それとあの子の為ネ」
自分用に入れていた紅茶を一口飲んでから、キッドさんが真剣な表情をこちら見る。
「⋯⋯あんまりお客さん個人の事だから話すべきではないんだけどネ」
「はい」
「あの子の男嫌いは、訳ありでネ」
正直、和葉との付き合いは間違いなくキッドさんやマリアさんより長い。
なのに、俺の知らない和葉のことを二人が知っている。それが、何故か知らないが⋯⋯苦しかった。
「トラウマを抱えているんだよ、あの子は」
「トラウマ?」
「そうネ。男が大嫌いになる大きなトラウマ」
俺にトラウマを植え付けた張本人が?
「あの子は10歳の時に⋯⋯実のお兄さんに襲われたそうよ」
───は?




