13. 猫大福さんの話
俺の話が重たいのは自分でも分かっているが、猫大福さんの方が家が由緒正しい家系というのもあり、関係が複雑でそれ相応に重たいと思うのは俺だけか?
『父様に引き取られた後について話すと長くなるし、聞いてていい気分はしないだろうから省くよ』
「ご配慮ありがとうございます」
色々あったんだろうなって、窺える声だった。
『ウイングさんのところの妹ちゃんと違って、ボクの妹は可愛げがなくてね。愛人の子供って事でボクの事を見下してくるし、何かと対抗意識を持ってボクにぶつかってきた』
猫大福さんがため息を吐く。
『本当に、本当に鬱陶しかったよ』
「今の感情がこもってましたね」
ものすごく溜めて言ってた。これまで溜め込んできた不満を吐き出すような感じだったな。
『鬱陶しいよー。ボクの事を目の敵にしてる父様の本妻と一緒になってバカにしてくるんだ。テストの点数が一点、妹より下だっただけでだよ?ウザくない?そもそも学年が違うからテストのレベルも違うのにさ』
「それは確かにウザイですね」
猫大福さんよりも歳下であろう妹がするのは百歩譲ってまだ、可愛げがあるが。最低でも30は超えてるであろう成人の女性が子供も一緒にするのは如何なものか?
由緒正しい家系の出身だろ? モラルはどうしたモラルは⋯⋯。
『家の使用人も妹とボクを直ぐに比べる!もちろんボクを下げて妹を上げるんだ。気分は良くないね』
「立場の違いとはいえ、腹が立ちますね」
『いや、露骨すぎてね。腹も立たないよ』
家族だけじゃなくて、使用人も敵か。
『けど、妹には同情はするよ』
「なぜ?」
『愛人の子供のボクと違って、本妻の子供である妹には親族から重たすぎる期待と後継者としての責任が押し付けられていたんだ』
サラッと猫大福さんに説明されたが、妹さんを出産した後に本妻の女性は子宮頸がんを発症。命に別状はないが子宮を全摘出する事になった。
猫大福さんの親族の人間───特に御祖父様は後継者となる男児の誕生を望んでいたが、本妻の女性に起きた不幸によりその望みは潰えた。
それから、これまで蝶よ花よと大切に育てられていた妹さんに、後継者として育てるための教育も始まった。
『ボクや両親に見せないように泣きながら努力する姿はボクを嫌っている相手とはいえ可哀想でね⋯⋯』
「猫大福は何か強要されたりは?」
『なかったね。愛人の子供だから政略結婚にも使いにくいって御祖父様が愚痴ってた。それに父様がボクの事を護ってたからね。妹と違ってかなり自由にやれたよ』
猫大福さんは愛人の子供として、冷遇されてはいたが妹さんと違って自由ではあった。
敷かれたレールの上を正確に走らないといけない妹さんと、自由気ままにレールを敷いて好きなように走る猫大福さん。
扱いの違いで幸せだったのはどちらだろうな。
一般人の俺からすると、どちらも辛そうに見えて仕方ない。
『ボクから見ると妹の人生は押し付けられたものだ。期待を押し付けられて失敗したら叱責が飛ぶ。成功しても当たり前だと言われて褒められない。ストレスが溜まるよ。それをボクにぶつけたい気持ちもよく分かる』
また、猫大福さんがため息を吐いた。
『でもさ、そんな事されたらボクもいい気はしないでしょ?』
「それはまぁ⋯⋯」
『家族って事で仲良くしようって考えも、ぶっ飛んでいったよ。参ったね』
ハッハッハッと猫大福さんは笑っているが、聞いてる側からすると話が重たくてまるで笑えない。
『妹はね、ボクの事を愛人の子供って見下しながらも、自由に生きているボクを妬んでた。ボクを見てなんで自分だけがこんなに辛い思いをしないといけないんだって⋯⋯』
「⋯⋯⋯⋯」
『それが持ってる側の意見だって妹は分からないんだろうね。ボクがどれだけ欲しても手に入らないものを持ってる癖にさ⋯⋯強欲だよ、本当』
妹さんは縛りつけられた人生に嫌気がさしている。だから、猫大福さんのような自由な生活を羨んでしまった。
猫大福さんは、何を欲しがったんだろうか?妹さんが、持っているもので猫大福さんが持っていないもの?
パッと思いつくのは後継者としての資格。それと自分の事を認める家族の存在。家族からの期待と責任を猫大福さんは背負いたかった?
「猫大福さんは妹さんのようになりたかったんですか?」
『そうだねー。変われるなら変わりたかったのかもしれない』
「妹さんに同情するって言ってたのに?」
『⋯⋯何も期待されないよりはさ、重圧がある方が人生にやりがいがあるんだよ。どうでもいい存在として扱われるのは結構キツイんだよ、ウイングさん⋯⋯』
互いに互いを羨んでる。互いに妬んでいる。そして、互いの環境を憎んでいる。
『結局、ボクは諦めた。どれだけ結果を出しても父様以外の人間は愛人の子供ってだけで評価しない。バカらしくなって全部投げ出したよ』
「頭が相当硬かったみたいですね」
『カッチカチだね。石よりもずっと硬い』
期待される事を諦めた猫大福さんは、お父さんからの支援を受けているのもあり、より一層自由気ままに生活した。
妹さんが名門大学に受かる為に必死に勉強している横で、猫大福さんはアイドルの追っかけをしていた。
妹さんが猫大福さんのお父さんの会社に入り、後継者として仕事を教わっている横で猫大福さんは一人旅をしていた。
妹さんが御祖父様が決めた相手とお見合いをしている横で、猫大福さんは友達と遊んでいた。
『ボクが欲しいものを妹は持っていて、妹が欲しいものをボクが持っていた。互いに妬んでいるせいで一向に仲は縮まらなかったね』
二人の仲を広げていったのは生まれ持った環境。こればかりは個人の努力じゃどうする事も出来ない。
『ボクからすると妹って感じがしないんだよね。⋯⋯なんだろう、ピッタリな言葉があるんだけど浮かび上がらない⋯⋯』
「妹じゃないなら、他人?」
『他人ではないね。ボクも妹も意識してるから⋯⋯。なんだろう?⋯⋯目の上のたん瘤?』
「そこまでいったら、敵じゃないですか?」
何気なしに言った言葉に猫大福さんが強く反応する。イヤホン越しに『それだぁ!』って叫び声が聞こえてきたけど、ちょっと声のボリューム高いです猫大福さん。
『あー、スッキリした!喉に魚の骨が刺さったみたいな感覚だったからねー。ウイングさんに指摘されると納得しちゃったし』
「妹を持つ身からすると凄い複雑なんですけど⋯⋯」
俺からすると仲が良くはないとはいえ、妹と認識していた相手が俺の不用意な発言のせいでこれから敵として扱われるわけだ。
やっちまった感が否めない。妹さんに頭を下げて謝りたい気分だよ、本当。
『よーし、これからは妹じゃなくて敵って呼ぼう。凄いしっくりくるね!』
「俺からは何も言えないです、はい」
流石に同意は出来ないので俺には猫大福さんの発言を流すくらいしか出来ない。
よし、少しでもこの空気を軽くするためにここは小粋なジョークを一つ挟んでみよう。
「敵は敵でも、妹さんは恋敵かも⋯⋯なんちゃって」
空気が凍る音がした。
『は───?』
猫大福さんの聞いた事もない圧のある声に失敗を悟った。
なんだろうか⋯⋯ジョークがつまらなかったとかではない、猫大福さんの地雷を踏んだ。そんな感じだ。
『ボクが欲しいものを何でも持ってる癖に、ボクのウイングさんを敵が狙う?』
「あの、ナチュラルに妹さんを敵って呼ぶのやめてくれません?」
『そんな事、許せないよ。ボクのウイングさんに手を出すなら敵は排除しなきゃ⋯⋯』
めちゃくちゃ物騒な事を言ってる。聞かなかった事にしようかな? その方が心労は少ない気がする。
何やらブツブツと呟いている猫大福さんにはあえて触れず、机の上に置いていたペットボトルを手に取り口にする。
甘いフルーツの味が口の中に広がる。
これは飛鳥が買ってきてくれたミックスジュースなのだが、重たい話を聞いた後だと口の中に広がる糖分が有難く感じる。
『ところでさ、今のやり取り聞いて何か思うことない?』
あの、切り替え早くないですか? 急に話を振られたから言葉に詰まる。
今のやり取りを聞いて思うこと?
「友達に犯罪者になって欲しくないから、物騒な事はしないでください?とか」
流石にないとは思うけど、さっきの圧のある声を聞くと、ね? 脳裏に過ぎってしまう。
そんな訳で釘を刺す感覚で思った事を伝えると、返事は深い深いため息だった。
なんで?
『ウイングさんってさ』
「はい?」
『鈍いってよく言われない?』
「言われた事はないですけど」
女性経験が少ないのもあるとは思うが、一度も言われたことはないな。
また、猫大福さんがため息を吐いた。
『まぁ、いいや。ボクの話聞いてくれてありがと』
「いえ、俺も聞いて貰った立場なんで」
『うん。お陰でボクもスッキリした。さてと、ボクはそろそろ落ちようかな』
「そうですね、もういい時間ですし」
画面端の時間を見るともうすぐ日付が変わろうとしている。長時間話していることに全く気づかなかった。
『それじゃあ、また明日ー』
「はい、また明日!」
それから間もなくして猫大福さんがボイスチャットから抜けた。続くように俺もボイスチャットから抜ける。そのままパソコンを操作して諸々を閉じてからシャットダウンする。
「鈍い⋯⋯か」
椅子の背もたれに寄りかかりながら、天井を見上げる。
───別に鈍くはないんだよな。流しただけだ。
猫大福さんには申し訳ないけど、俺には今の関係がちょうどいい。友達としての距離近が心地よい。
「恋ってなんだろうな」
好感度が見えるようになってから、余計に分からなくなってしまった。
恋ってなんだ?
好きって、なんなんだろうな。




