お値段勉強させて貰います
怒りのままに愚痴をこぼすクロリスに付き合う事1時間。やっとクロリスが落ち着いたところで、受付に向かう。基礎レベルを標準レベルに上げる手続きをする為だ。
「おはようございます」
「おはようございます、ゼフ。どのような手続きを行いますか?」
受付で対応してくれたのはミリー嬢だ。ありがたい。他の受付の人も僕の事情は察してくれているだろうけど、ミリー嬢はあの場に立ち合った人なので、手続きの進行が楽だろう。
「えっと、まずは基礎レベルを標準レベルに上げたいんですけど」
「1万M掛かるけど、お金ある?」
…………。
「お金掛かるんですか!?」
「ギルドの経営にもお金掛かるからね。こっちも慈善事業じゃないのよ」
確かに。今まではFランクダンジョンで死に戻りしながら、手に入れた薬草を売って、日銭を稼いでいたけど、1万Mなんて貯蓄はない。
「ゼフはCランクの隠しダンジョンに1週間も籠もっていたんだから、それなりにドロップアイテムを……、ああ」
そこまで言って、ミリー嬢は口を噤んだ。僕がアイテムボックスのスキルもアイテムボックスが付与されたバックなども持っていない事を思い出したからだろう。でも大丈夫だ。今はクロリスがいるからね。
「クロリスさん、お願いがあるんですが……」
「何でそんなに下手に出ているのよ? アイテムの換金でしょう? するわよ」
おお! ドロップアイテムは全てクロリスが『自動回収』で回収していたから、クロリスの『ストレージ』に全部収められている。なのでクロリスが出し渋ったら、文無しの生活を続けなければならないところだった。
「私は安全なベッドで寝たいの。ハンモックは昨日で十分よ」
寝込みを襲われた事を、まだ根に持っているようだ。件のプレイヤーの男と言い、クロリスは根に持つタイプらしい。
「じゃあ、知ってはいるでしょうけど、素材受取所は向こうだから、素材を提出してきて」
「はーい」
ミリー嬢が指し示す先では、ガタイの良いおじさんが、カウンターで腕組みしている。僕たちはそちらへ向かうと、
「素材の受取をお願い出来ますか?」
恐る恐る尋ねる。この人、基本的に無口だから、ちょっとだけ苦手なんだよねえ。
「ああ。それで、何を提出するんだ。いつもみたいに薬草や毒草か?」
「ええっと〜」
じろりと睨むように聞かれても、僕はクロリスが何をどれくらい持っているのか知らない。なので視線をおじさんからクロリスへ向ける。
「何を提出しよう?」
「そうねえ」
クロリスは自分のステータスウインドウを僕にも見えるように操作すると、「どれにする?」と聞き返してきた。
そこにはずらりと素材が並んでいた。Cランクダンジョンのラウドウルフやギリーパンサーだけでなく、ブルーミングトレントの素材や『怨霊蠱毒の壺』の素材。他にもクロリスがこれまで旅をしてきて手に入れてきた素材が、何千と言う数存在していた。ちょっと引く量なんだけど? 『ストレージ』ってこんなに収納出来るんだあ。
「どうしたの?」
首を傾げながら、僕の顔を覗き込んでくるクロリスに、引き攣った笑顔を返しながら、
「そうだねえ。『怨霊蠱毒の壺』の素材を幾つか提出すれば良いんじゃないかな?」
と僕は提案した。
「そんなもので良いの? 私が言うのも何だけど、結構良い素材が揃っているわよ?」
「それはそうだろうけど、僕が本格的にモンスターと闘い始めたのは、『怨霊蠱毒』からで、それ以前はクロリス個人が入手したアイテムだろう? それを僕のレベルアップの為に使うのは、違うと思うんだ」
「ふ〜ん? まあゼフがそう言うならそれで良いけど。で? どれをどのくらい提出するの?」
う〜ん……。クロリスにステータスウインドウに並ぶアイテムを見せて貰っても、ここでは薬草や毒草なんかの、初歩のアイテムくらいしか提出してこなかったから、何がどれくらいの価値なのか分からない。とりあえず、
「この、剣とかどうだろう?」
僕が指差したのは、『怨霊蠱毒の壺』で最初に使ったのと同型の『怨霊破壊の剣Lv1』だ。
「それだけ?」
「いや、これが幾らになるかで、どれだけ提出するか変わってくるから」
「それもそうね」
とクロリスも納得したところで、『ストレージ』から『怨霊破壊の剣Lv1』を出して貰う。
「ぬっ?」
これに無口な受取所のおじさんが僅かに反応したので、ビクッとしてしまった。
「こ、これじゃあ、駄目でしょうか?」
恐る恐るおじさんに差し出すと、剣を受け取ったおじさんは、目に『鑑定』のスキルの光を宿しながら、矯めつ眇めつ『怨霊破壊の剣Lv1』を観察し、ひとしきりそれが終わると、カウンターに剣を置いて、
「52万Mだ」
と簡潔に値段を口にした。
「52万っ!?」
その値段に驚き、僕は思わず大声を上げ、自分が馬鹿な事を口走ったと瞬時に理解して両手で己の口を塞いだが、時既に遅し。待機エリアや食堂の冒険者たちの口から、「52万?」、「マジかよ?」、「12万じゃなくて?」、「そんな高額なのか?」などと言った声が漏れ聞こえてくる。
うう。こんな事なら、スケルトンの骨でも提出すれば良かった。この剣、そんなに価値があったのか。はあ。値段が知れ渡った以上、これを売らなかったら、またこの剣目当てに襲われるかも知れない。売らない選択肢がない。
「……何でそんなに高額なんですか?」
後戻り出来ないので、値段の理由くらいは知りたいと、おじさんに尋ねる。
「この剣は、件の隠しダンジョンで手に入れた武器だろう?」
「え? ええ」
「昨日から、他の冒険者たちが血眼になって探して、または攻略に乗り出しているが、流石は隠しダンジョンというべきか、あのダンジョンは明らかにCランクと比べて、上位のダンジョンだ。それこそ、このエイトシティだとAランクダンジョン相当だろう」
そんなにレベルが高かったのか。そりゃあ、潜っていた間に、レベルがカンストする訳だよ。
「しかもこの剣はレベル付き、つまり成長武器だ。普通の成長しない武器と比べたら、それだけで値段が倍に跳ね上がる。更にアンデッド特攻まで付いている。Aランク相当のダンジョンから持ち帰られた特攻付き成長武器となれば、このくらいの値段は妥当だ」
「そうなんですねえ」
すみませんが、その剣、クロリスの『ストレージ』にまだ100本近くあるんですけど? こう言うのって、1度に多く提出すると、値段が下げられるんだっけ? そうなるとちまちま提出した方が良いのかなあ? それともこれを素材に何か作るとか? まあ、それは今後考えよう。今は、
「じゃあ、それで受取お願いします」
「おう。オーブにギルドカードを翳せ」
僕はおじさんに言われるがまま、首から提げていたギルドカードを、素材受取所のカウンターに置かれたオーブに翳す。それを見たおじさんが、何やらウインドウを操作するような動きをすれば、それだけで入金とギルド貢献度がギルドカードに記録される仕組みだ。ギルドカード便利。