駒
またいじめ描写があります。
苦手な方はごめんなさい。
美夜は自分を善人だとは思っていない。けれど家の教育のおかげか、法に触れるような間違ったことは嫌いで、降りかかる火の粉は払うけれど私利私欲のために人を傷つけることはしない。
“自分の行動は自分で責任を取れ”とも言われ続けてきた。だから美夜が行動する時は、自分が関わる時や自分が関わりたい時だけ。
――だからこれも、全てを考えた上で自分がやりたいこと。
*****
お昼に“俺今すげー悩んでます”といった和樹とお弁当を食べて過ごし、教室に帰って来ると机の上に小さく折り畳まれた紙片が置いてあった。
最初ゴミかと思った美夜は捨てようとしたけれど、ふと目があった女子がいた。慌てて反らされたけれど、特には気にしなかった。
――あの子は確かにお姉さんが上の階にいたっけな……。ということは……。
授業の間にこそっとあの紙片を広げてみれば、思った通り久しぶりの呼び出しだった。
――放課後ねえ……。浅羽とは今日帰る約束してないし行こうかな。
焦れてきているはずだしね、とある人物を思い浮かべ内心ほくそ笑む。
そしてそろそろ掃除に飽きてきた美夜はこれでチェックメイトに動く。
準備は完璧。けれどひとつだけ美夜は気になっていた。
――あーあ。浅羽には“自分のことだけを考えろ”って言ったけどどーすんのかなあ……。
引っ掻き回している自覚のある美夜は、先生が朗読する詩をBGMに窓の外を見上げ続けた。
放課後大体の生徒が帰った。
辺りに人がいなくなると美夜を呼び出した四人の三年生の女達に囲まれ、渡り廊下を通って人が滅多に来ない特別教室へと案内される。
最初に美夜が入らされ、次にぞろぞろ女達が入って来る。ピシャッと扉を閉めた上に四人は広がり入り口を塞ぐ。
「あのさー。あんた目障りなんだけど」
向かい合わせになると、一人が怠そうに髪の毛をいじりながら言ってきた。
「はあ」
としか美夜は答えなかった。
怯えず無表情でそう答えた美夜に、一同はイラッときたらしい。険しい表情になり荒々しく詰った。
「はあ、じゃねーよ!」
「あんたあの子が可哀相だと思わないの?」
「サイテーだね」
「クソビッチが。和樹を早くあの子に返せっつーの!」
まるでいつかの再現ように次々と美夜を汚い言葉で罵っていく。唯一違うとすれば、“あの子”という言葉があること。
美夜は内心で笑みを浮かべながら、全く分からないという顔でゆっくりと訊ねる。
「“あの子”ですか。先輩方? それは誰のことを言っているのでしょう?」
「はあ!? 和樹のおさな――」
「止めな! あの子に迷惑が掛かる!」
美夜の思惑通り一人がカッとなり口走ろうとするが、隣にいた一人が慌てて言葉を遮った。
「“和樹のおさな”ねえ。ふーん……。迷惑が掛かる、と言うとこれは先輩方の独断ってことなんですね?」
その言葉を聞いた瞬間、目を眇め同情しているような、または心底馬鹿にしたような表情を美夜は思わず女達に向ける。
「……な、なんなのよその目は……! もういいこんなヤツ! あいつらを連れて来て!」
一人がそう叫ぶと一番扉に近かった一人が扉を開け、隣の教室に向けて誰かを呼んだ。
すぐに隣からガタガタっと音がしたと思ったら、二人の柄の悪い男子生徒が入ってきた。
「おいコイツか? 痛めつけて欲しいってのは」
「カーッ! なんだよ全然色気ねーじゃん! オレちょーがっかりぃ」
入って来た途端、不愉快なダミ声の大男とチャラチャラと軽薄な声のヒョロ男が美夜のことをじろじろと舐めるように見てくる。
「そうだよ!」
「ガタガタ言ってんじゃないよ」
「誰かが気付く前に早くやっちゃいな」
「もう二度と人前に出て来れないように、ね」
女達はそう言い、それを聞いた男達にニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべ前へと出る。
「色気がなくても女には違いない」
「まっ、穴があって良い声で啼いてくれればじゅーぶんか」
美夜は顔を顰めつつ、一同の顔をしっかり見舞わす。そして女が言う“あの人”関連で覚えた人のリストから次々に該当者を弾き出していく。
「遠藤藍、藤谷莉莎子、田中由紀、草津結愛。そっちは斉藤圭吾、原田尚哉、ですね? ……ああそんな解りやすく反応したってことは当たりのようですね。頑張って覚えた甲斐がありました」
「頑張って……全員の名前を覚えたっていうの……」
美夜の言う通り全員一様に解りやすく驚愕の顔を見せ、その中の一人が呆然と呟く。
こんなストレートに動揺してまだまだ経験の浅い高校生なんだなあ、と自分も高校生のはずの美夜は思った。
「あーあー、大人数で一人を寄って集る姿って見っともないですねー。本当に高校生ですか? しかもそんなバカ面晒して恥ずかしくないんですか? ああ、バカだから恥ずかしくないんですね。ホントバカは困ります」
と肩を竦め鼻で笑う美夜。明らかに人を挑発している動きに女達は警戒するが、男達の特に大男の方が怒りを顕にした。
「調子こいてんじゃねーぞクソアマァ!!」
一気に美夜へ詰め寄り右拳を大きく振りかぶる。美夜は咄嗟に左腕を立て右手で支え防御するが相手は大男、美夜は勢い良く壁へと飛ばされた。
「ぐっ……!」
「おいおい。こんなんでへばってんじゃーぞ?」
「そーそ。お楽しみはこれから――」
バタバタバタバタッ ガガターンッ
言葉の途中廊下から駆けてくる足音が聞こえた直後、この教室の扉が壊す勢いで開かれた。
「鍵なんか付けやがって! おいお前ら何やって――ッ!」
入ってきたのは和樹。何かがぶつかる音が聞こえ急いで扉を開けてみれば、顔を顰めて壁に寄りかかり座り込む美夜と美夜を囲む男二人。
「か、和樹く――」
「美夜!!」
予想外の乱入者に全員固まっていたが、一番扉に近かった女がハッとなり和樹に手を伸ばす。しかし和樹は目もくれず押し退け美夜へと駆け寄った。
「わーお。さすがの私にも予想外だよ浅羽。帰ったんじゃないの?」
駆け寄ってきた和樹に支えられながら飄々と言う美夜。
「日誌を書いてて……って違うだろ! 何だよこれは!」
根が素直な和樹は答えようとするけど、ハッとなり美夜を問い詰める。
「んーと。リンチされてる、かな」
「美夜!」
あまりの言いように声を荒らげる和樹だが、そこへずっと黙っていた男達が怒りに体を震わせる。
「お前ら俺らのこと忘れてねーか?」
「ふざけてんじゃーねよ! ヒーロー気取りが!」
ドカシャーンッ
男は近くにあった椅子を蹴り飛ばし、椅子は美夜の近くに飛んで来る。
「危ないですねー。これだからバカと短気は嫌いなんですが、相手して上げますから待っててくださいな」
「美夜!」
「さてと」
殴られた腕をプラプラ振り手の調子を確かめると、美夜は立ち上がる。つられて一緒に立ち上がった和樹は「美夜何してんだ……?」と問いかける。
それには答えず美夜はポケットにあったお馴染みのレコーダーを和樹に渡す。黒縁の眼鏡も外し手に乗せた。
「浅羽ちょっと持ってて」
「何だこれ」
ニヤッと笑うと、振り向いて和樹を除いた全員の顔を見て言った。
「何も用意せずに来るわけがないでしょう?」
言った直後さっき一緒に取り出していた軽く結んだ砂入りの袋を、美夜を殴ったダミ声大男の顔目掛けて投げつけた。
「うわっ! 何だ、痛てえっ!」
上手く空中で結び目がほどけ砂を引っ被り慌てている間に、美夜はもう一人のヒョロ男に詰め寄り、顎目掛けて拳を振り抜く。
カツンッと当たるとヒョロ男は一瞬で昏倒した。
「ひっ!」
ドサッと女達の近くに倒れ小さく悲鳴を上げる。
美夜はその音を聞きながら今度は大男に詰め寄り、それに気付いた大男は涙をぼろぼろ溢しながら左手を振りかぶる。
しかし適当に振っただけの拳は美夜に簡単に避けられ、代わりに美夜の右膝が大男の腹にのめり込み、くの字になったところで下から思いっきり顎に掌底を叩き込まれる。
大男は気の抜いたところに叩き込まれ簡単に後ろに倒されたかと思うと、机と一緒にドカシャーンッと巻き込まながら倒れ同じく昏倒した。
「……っ!」
一瞬にして二人の男が倒され、顔を真っ青にして声も出ない様子の女達。
「す、すごいな美夜は……」
手にレコーダーと眼鏡を乗せたまま呆然と呟く和樹。
プラプラと今度は右手の調子を確かめながら美夜は口を開く。
「……この人達は調べなかったようだけど私の家は警察一家でね、簡単な格闘術、というか護身術は教え込まれたのよ」
具合を見終わるとニコッと何度目かの含み笑いをした。
それを見た女達はビクッと震え腰が抜けたようにへたり込む。
ここんとここんな似たような反応ばっかりだなあ、と内心美夜は思いつつ和樹のところへ戻り「ありがとう」と言って渡したものを受け取る。
「そんでさっきの質問に答えると、これはレコーダーでずっと会話が録音されてて、こっちの眼鏡にはカメラを仕込んであるの」
「えっ!?」
ほらここ、と指を指すところは太いブリッジの中央。良く見ると不自然に小さな丸があった。
「あ、ホントだ」
「ね」
「う、うそ……。じゃあもしかして最初から……」
カチャッと眼鏡を掛け直すと深く頷いた。
「証拠の有無は重要だと常々教わっていたもので。二つとも自動的に自宅のパソコンにデータが送られてます」
ちなみにこれ伊達なんですよー、とのんびり返す美夜。
「はははっ!」
そこで突然和樹が笑いだし、美夜がビックリして振り向くと初めて見るくらい心底楽しそうにしていた。
和樹は目尻から出た涙を拭い真っ直ぐに美夜を見る。
「本当にすごいな美夜は! 俺が来なくても大丈夫だったな!」
確かに和樹が来たのは想定外。多分来なくても結果は変わらなかった。けれど――
「ううん。来てくれて嬉しかった。ありがとう」
美夜にとって危ないときに誰かが助けに来てくれたのは初めてだった。しかも体が壁に激突したとき、思ったよりも勢いを殺せずすぐには動けない状態の時に来てくれたのだ。
嬉しくないわけがない。
頬がほんのり赤く心からの美夜の笑顔に、場所も忘れて真っ赤になった和樹。その様子を女達は一人を除いて呆然と見ていた。
美夜は黙ってしまった和樹の様子には気付かずに、すぐに笑顔を引っ込めて未だに座り込んでいる女達を振り向いた。
「さて先輩方は一蓮托生。多分暴行、脅迫、強姦未遂です。器物損壊も入れる予定だったのですが無理でしたね。……あー痣にはなったけどこれは傷害にはならないかなあ……残念」
最後の方は腕を見ながらぼそっと呟いたけれど、近くにいた和樹には耳に入りガッと美夜の腕を掴んだ。
「痣!? 見せろ!」
「いたたたた! そっと! 優しく!」
「ああごめん。ってお前さっきの言い方だとわざと殴られたようだけど?」
言えば和樹は腕を掴む力はすぐに緩めてくれたが、代わりに目を細め美夜を見詰める力は強くなってしまった。堪らなく美夜はフイッと顔を逸らした。
「……避けられなかっただけですぅ」
――ウソだ。追い詰める材料にするために絶対わざと殴られたんだ。
そう直感し和樹はジーっと美夜を見詰めるが意見は変わらないらしい。早く治療したいため仕方なく和樹が折れた。
「はあ……。保健室行くぞ」
「別にい、……はい行きます」
別にいらないと言おうとするものの、途中で和樹の眼力が強まり今度は美夜が折れる番だった。
「それでですが、私には今のところ訴える気はありませんが、もう一度私に関わろうものなら相応の覚悟をしてください。それでは“あの子”という方にも宜しくお伝えください」
早口で言いたいことを伝え二人が歩き出そうとしたとき、俯いていた一人がキッと顔を上げて美夜を睨んだ。
「……いいわ、罰は受けるわ! けど和樹を早くあの子に返してあげてよ!」
決然とした目でそう訴えると、呆けていた隣にいた一人も感化されたように同く叫んだ。
「そ、そーよ! あの子ずっと泣いてんのよ! 可哀想じゃない!」
「は? ……俺?」
突然名前を呼ばれ何が何だか分からない和樹に、はあーと深いため息を吐く美夜。
「……誰かに操られていながらそうとは気が付かない人形ほど、哀れで滑稽なことはありませんね」
「? それはどういう……」
「さあ?」
美夜は肩を竦め、これ以上話はないとばかりに戸惑う和樹の背を押して教室を出て行く。
しかし出て行く間際美夜は何かを呟く。
その誰に向けたでもない言葉が辺りにずっと響き渡っていった。
「ただ、女は怖いですね、って言う話ですよ」
書いては消して書いては消してとしていたら、考えていた構想と微妙に変わり、文章も長くなりました。
なので次が最終回です。
こんなに男が簡単に倒されるのかとか色々思うとこがあるかもしれないですが、フィクションってことでスルーしてくださいな!
でも顎にしっかり当たると脳震盪を起こすそうですね!