森のおともだちと王子様
月夜の明かりにより浮かび上がるシルエット。
それは小さくて大きなしっぽを持ったあの動物――旦那様曰く、森のお友達のものだった。
「……何故っ!?」
瞼を擦りもう一度見るけれども、やはり格子の隙間から顔を覗かせたリスや、こちらを見下ろしているリス達と目がかち合う。
小首を傾げる間もなくリス達は器用にそこから木箱へと伝って降りると、こちらへとやってきた。
そして私の前へと佇むと、「キィ」と鳴きながら心なしか心配そうな顔をしている。
「どうして?」
この時期はそろそろ冬眠の季節。
しかもリスって夜行性だっけ? リス科のムササビなら夜行性だけど。
いや、そもそもどうして助けに来てくれたのだろうか?
まさか、本当に私の前世はリス……
疑問に頭を埋め尽くされかけていると、リス達はそんな私を置いて行動に出た。
両手を拘束してくれている縄を前歯で削ってくれはじめたのだ。
ガリガリとまるで胡桃でも割るかのように、縄を次々に切ってくれている。
未だに理由はわからない。けれども、これで一先ず助かったのは確か。
「みんな、ありがとう」
自由になった腕をさすりながら、私は視線を床へと移した。
そこにはあのリス達の姿が。全員一列になって、「キィ。キィ」と鳴き返事をしてくれている。
先ほど、施錠の音は聞いてない。だからあの扉を抜け、そのまま逃げるだけだ。
「後は大丈夫。君達は危ないから、もう逃げて。あとで、またね」
「キィキィ! キュ!」
リス達は首を振るような仕草をしながら、それには高めの鳴き声を上げた。
「大丈夫。私なら。きっと旦那様達も探してくれていると思うから」
そう囁くように告げながらリスの頭を撫でるように触ると、私は意を決すると立ち上がった。
――早く逃げ出さなきゃ!
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ゆっくりと足音を立てぬように忍び足で回廊を歩いていく。
幸いな事に誰にも遭遇することなく順調に進んでいる。
けれども床に張ってある板は所々に腐敗し痛んでいるため、ギシリという嫌な音を奏でてしまっているような状態だ。
でも、そんな事を気にしている場合ではない。
どうしたって歩けば軋む。だからなるべく素早く逃げていく方が先決だ。
「しかし、出口どこ……?」
閉じ込められている場所から倉庫かと思ったけれども、あれは備蓄庫だったらしい。
扉を開けて外に出た私に飛び込んできたのは、目を背けたくなるような長い廊下に多数の扉。
視界に広がったそれに対して、私は頭を抱えた。
――大きな屋敷すぎる!
こんな場所で出口を探すなんて余計時間がかかってしまう。
壁には名のある作者のと思われる、埃の被った絵画。
元は高価な代物なのだろう。そんな事が彫りの深い金の額縁から推測出来る。
それを裏付けるように、廊下の窓から覗けるのは、今は姿形も栄華を残していない荒れ果てた庭。
女神像の施された噴水は、無造作に生えた蔓により浸食されて見る面影すらない。
もしかしたら、貴族が別荘として使っていたのかもしれない。
「……なんでこんな目に」
愚痴ってもこの状況は変えられない。そんな事はわかっている。
けれども、どうしても口が勝手に開いてしまう。
いや、言葉にしているだけマシなのかも。
恐怖で心臓が不自然なぐらいに早鐘のような動きをしているのだから。
張りつめた糸を切らぬように、私は自分に「大丈夫」と言い聞かせながら先へと進んでいく。
すると目の前には、曲がり角が。
――こんな時って、よく敵がその先にいるパターンがあるよね。
ホラー小説では、角を曲がれば幽霊が佇んでいたり。
誰もいませんように……そう願いながら近づいていくと、その先からギシリと大きく軋む音と話し声が近づいてくるのが耳に届いた。
――嘘でしょ!?
マズイ。このままだと、ばっちりと遭遇してしまう。
そう判断し、すぐに緊急回避として傍にある扉へと入ろうとドアノブを掴んだ。
けれども、最悪な事にそれがするりと手をすり抜け床にごろりと落ちてしまう。
どうやら長い月日の経過のせいで、螺子が錆びて緩んでいたようだ。
しかもドアノブは鉄製のため、床に敷かれた絨毯は音を吸収しきれず、そのまま。
無慈悲にも、あたり一体に音が波紋のように広がってしまった。
「おい。なんかいま、物音しなかったか?」
「したな」
そんな絶望的な台詞が耳に入ってきた。
「ヤバい……」
他の扉に逃げるにしても、また開かなかったら意味がない。
屋敷を塀が囲んでいるが、そんな悠長な事を言っている場合ではないっ!
ここは逃げるのが最良の選択だろう。それ以外道は無い。
私は躊躇わずに、すぐにその場から逃げる選択を取った。
「おいあれって……」
「おい、待て!」
破落戸達が角を曲がり終わったらしい。
見たくないからそちらは一切視界に入れていないが、あいつらがこっちにやって来ているのは音で分かった。ただがむしゃらに走り、私は距離をとるために必死。
「待てないってば!」
窓から逃げるか――
けれどもぐるりと敷地内を囲む塀がそれを止めてしまい、なかなか行動が出来ずにいる。
だが、そんな事を考えている間もない。後ろから人が追いってかけて来ているのだ。
「仕方ない! なるようになるっ!」
と、窓から逃げようと決断した時だった。前方に嫌なものが視界に入ってしまったのは――
そこには破落戸……先ほどの仲間がこちらに歩いてきていたのだ。
しかも運悪くこちらに気づいたらしく、「お前、どうやって逃げたんだ!」と叫びながら駆け出している。
「やばい、挟まれる……」
慌てて後方を見れば、あと十五メートルぐらい。
前方は三十メートルぐらいだろうか。
なんとか間に合って!と、私は最後のあがきとして、廊下の窓へと手を伸ばした。
このまま取り囲まれるぐらいならば、塀があろうと外に逃げる方が無難だ。
けれどもなかなか上手くいかないらしい。
「どうして鍵なんてかけているのっ!?」
廃墟なのに鍵がかかっているらしく、手が震えてなかなか外れない。
左右をみれば、もう追いつかれるのは時間の問題だろう。
何か窓を壊せそうな物は? と辺りを見回すが壁にかけている絵画ぐらいしかない。
そんな絶対絶命の中でも相手との距離は縮まってくる。
十メートル、五メートル……――だんだんと大きくなる敵の存在に、私はもう駄目だと堅く瞳を閉じた。
――旦那様、ごめんなさい。
その時だった。ミシリと天井部分が大きく軋む音が耳に届いたのは。
そしてドンッと地を揺らすような音が響き渡り、床に響いた衝撃が足へと伝わってきた。
それから奇跡のような声も。
夢だと思った。だってそれが私が望んでいた相手の声が、この身を包んだのだから。
「遅くなってすみません、ヒスイさん」




