メサイアの目的
パーティーの翌日。
私と旦那様、それからアイリスさんはアル達の見送りするために城の前にやってきた。
翌日ともなって帰国する人も多いために、アル達は混まないうちにと早めに出立をする事にしたみたい。
そのため私だけと思っていたけれども、旦那様とアイリスさんも同行するというので、
一緒にやってきたのだ。
――あっ! 良かった、間に合ったわ!
鶏が鳴いたばかりの空は、まだ全体的に雲がかかっているため薄暗く、所々から太陽の光が零れている。
そんな時間なものだから、城の前にいるのは彼らだけ。そのため見つけやすかった。
に私はアル達に近づきながら手を上げ、声を掛ける。
「アル! リオナさんっ!」
「ヒスイ!」
アルとリオナさん達は馬に荷物を乗せていたけれども、こちらに気づくと顔を向け、
それに応えるように手を上げてくれた。だが、すぐにアルの顔は歪んだ。
その視線の先は私の隣。つまり一緒にやって来た旦那様のせいだろう。
「……と、元夫。それから、ジルド」
「現です。現夫ですよ」
と、私の肩をそっと抱き寄せた旦那様はアルに向かって微笑んでいる。
「いいのか? こんな男で」
「うん。旦那様と一緒に居たいから。だから、私はここに残るよ」
「……そうか。残念だ」
アルは苦笑いを浮かべると、私へと手を伸ばしくしゃくしゃに頭を撫でた。
だがそれもすぐに終わった。それは旦那様の手が彼の手を掴んで阻止したから。
「うちの妻が色々お世話になりました。こちらはドレスと宝石のお礼です」
そう言って旦那様は掴んでいたアルの腕を私からずらすと、手に持っていた袋を握らせた。
あれは、お返しだったのか……ずっと何か持っているなぁって思っていたけれども。
でも、どうしよう。旦那様に気を遣わせてしまった。
私もアルお土産持って来たけど、王都名産……
「別に見返りなんて求めてない。それに、俺としてはヒスイの方がいいんだけどな」
「そんなご冗談を。どうぞお納めになって下さい。素敵な音色を奏でてくれるので、癒されますよ」
そう穏やかに旦那様は口にした。
それに対しアルは、中身を出すとラッピングを剥がしていく。
すると現れた物に、リオナさんが感嘆の声を上げる。
「可愛い! オールゴールじゃないですか!」
たしかに可愛い。ウサギが彫られた木製のオルゴールで、開くと軽やかな音色が奏でられる。
「ならお前にやる」
と、アルはリオナさんへと渡した。
「え? ですが……」
「いい。どうせ俺が持っていても使わないしな」
リオナさんはちらりと旦那様へと視線を向けると、「どうぞ」とほほ笑んだ。
「ありがとうございます。大切に使いますね。ライト様もヒスイ様も是非、リーベルデへいらっしゃって下さい。案内致しますよ!」
「はい」
旦那様のプレゼントでほとんど使っちゃったから、旅費貯めないと!
リーベルデまで結構遠いから、どれぐらいかかるんだろ?
そんな事をぼんやりと考えて居ると、旦那様が「是非行きましょうね」と声をかけてくれた。
けれどもその言葉に、「元妻になってたりしてな」というアルの言葉がすぐに返ってきた。
それにはすかさずリオナさんが止めに入る。
「アルフレッド様!」
「実際わからないだろ? ……まぁ、そんな頼りない男が嫌になったら、いつでも俺の所に来い」
そう言いながらアルが腕を伸ばしたけれども、それから攫う様に旦那様は私の体を引いた。
「ヒスイさんと僕はずっと一緒です! それにメサイアの件もきちんとケリをつけますよ」
「出来るのか? あの女の狙いすら未だに気づいてないのに?」
「それは……っ!」
口ごもる旦那様に、アルの攻撃は続く。
「過去の女を美化するのは結構だが、現実をちゃんと見た方がいいぞ。そうしなければあの女の目的に気づかないままだ」
「僕はメサイアを美化しているつもりはありません」
「いや、しているね。それを証拠にお前がメサイアを屋敷に入れなければ、こんなに大きくならなかった。何故あの女を家に入れた? 話も聞かずに追い返せば良かったんだ」
「たしかにそうかもしれません。ヒスイさんが居たのに、昔の婚約者を家に入れるなんて軽率な行動をとるべきではありませんでした」
「あぁそうだ。ヒスイが居たのに、昔の女に情なんてかけるべきじゃない。だから、あの女に隙を作ってしまったんだ」
最初は旦那様も冷静に対処しようとしていたけれども、段々感情的になってきているようだ。
無理もないと思う。だって、アルの言葉は的確に旦那様の失態を責めているのだから。
「でもメサイアさんは旦那様とやり直したいから、違う方法で接触してきたんじゃないかな?」
「ヒスイには特別に教えてやる。あの女は厄介なタイプだ。頭の回転が良い。だから相手を自分の意のままに操ろうと策略を図る。それは魔法のようであり、毒のよう。知らない間に浸食し、相手の感情すらも容易く変えていく。全て計算でな」
「え? それって……」
「あぁ。どこぞの王子様とどこぞの女の出会い。それすらも意図的だったという事だ。あの女の願望のために」
語られる残酷な言葉。
それらはまだアルの推測の段階かもしれない。けれども、思い当たる事があるのだろうか?
旦那様の顔色が真っ青を通り越して、土色だ。
「まさか……初めから……?」
震える旦那様の声に、私の胸が痛む。
「兆しはあったはずだ。それをお前が見逃している。昔なら仕方が無い。盲目的な愛の前では何も見えなくなるからな。でもいま冷静に過去を振り返れば、おかしな点があったはずだ。それをお前が美化して見ていないだけだろ」
「そうかもしれません……」
弱々しい呟きに、私は咄嗟に旦那様に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
私は隣に呆然と佇む旦那様の手を握り締めた。
冷たく冷えた大きなそれは、細長い指に剣ダコが出来ている。
それに弾かれたように顔をこちらに向けた旦那様は、ただ弱々しく微笑むだけだった。
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愛情が偽りだった。
しかもそれが出会いから仕組まれていた事で、すべて計画的な事。
アルに聞いたそれが真実かは、本人の口から聞かなければわからない。
でも、どちらにせよ、旦那様がショックを受けているのは事実だ。
「旦那様……」
アルを見送り、一旦城の旦那様の部屋へとやってきたが、彼はソファに座ったまま。
しかも俯き顔色が窺えない。
両膝の上に組まれた掌が色が変わるぐらいにきつく握りしめられている。
――やっぱり、一人になりたいよね。
私はそう思い、旦那様の元へと向かうと、声を掛けた。
「旦那様。私、少し庭に出て来ますね。何か飲み物とか必要ですか? ついでに伝えておきます」
「……ヒスイさん。すみませんが、僕の傍に居てくれませんか?」
伸ばされた手が、私のワンピースを掴んだ。
その手は小刻みに震えている。
「はい」
私はその掴んでいる指を優しく包めば、自然と裾から離れ私の手を掴んだ。
「お傍におります。何かして欲しい事があったら言って下さい」
そう告げると、旦那様の隣へ腰を下ろす。
――メンタル抉られるよね……自分との恋愛は偽りで、しかも浮気されていた可能性があるなんて。
「情けないです……メサイアの事は過去の事でした。そう割り切っていたはずだったんです。ですが……」
「仕方有りませんよ。だって自分が好きになった相手ですからね。旦那様はメサイアさんの事を本気で好きだったから、衝撃が大きかったんです。なんせ結婚まで考えたんですから」
しかし、メサイアさんは一体何を考えているのだろうか? 目的は何?
頭の中にそんな事がぐるぐると回るけれども、今はそれよりも旦那様の事だ。
私は旦那様の手を解くと、少し体を斜めに移動し、ぎゅっと彼を抱えるように抱きしめた。
「私は旦那様の事が好きです。若干危ない発言をするけど。メサイアさんは勿体ないですよ。逃した魚は大きいんです」
「……ヒスイさん」
「今更旦那様の良い所に気づいたとしても渡しません」
「本当に貴方には敵わない」
旦那様は私へと腕を伸ばし抱きしめ返すと、こちらを見て微笑んだ。
「ヒスイさんのお蔭で元気出ました。ありがとうございます」
「私、何もしてませんよ?」
「いえ。してくれました。ヒスイさんのお蔭ですよ。これで、メサイアと対峙することが出来ます」
「そんなに無理して急がなくてもいいと思いますよ……?」
「いえ。はっきりさせないと。貴方を傷つけてしまった僕が言う筋合いではないかもしれませんが、これ以上ヒスイさんを傷つけたくないのです」
「旦那様……」
「ヒスイさん、愛しています」
「私もです」と告げれば、旦那様は私の頬に手を伸ばして触れてきた。
突然の出来事に「え、あっ、う」とわけのわからない声が漏れてしまったけれども、
瞳を閉じて受け入れる準備をした。けれども、唇が私に触れる事は無かった。
それはドンドンと大きく叩かれた扉の音と、「旦那様! 大変ですっ!」というアイリスさんの叫びのせい。
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「どういう事ですか? メサイアが家を出たとは?」
「えぇ。それが、いきなり友人の屋敷に滞在すると。荷物を持ってそのまま、リヴァンと共に屋敷を出ました。旦那様にはお世話になりましたと伝えてくれと」
アイリスさんは苦い表情で、旦那様へと報告している。
――どうしてこんな急に?
私は言い知れぬ不安に襲われ、アイリスさんと旦那様の話に集中した。
きっと彼女は何か考えての行動のはず。
このままで終わるなんて思ってもいない。
一体、何を考えているの……?
「探しますか?」
「えぇ、お願いします。なんだか嫌な予感しかしません……屋敷にいた方がまだ監視出来て都合よかったかもしれませんね」
「畏まりました。ですが、時間がかかるかもしれません」
「でしょうね。メサイアはきっと痕跡を消しているはずですから。狙いがわからないので、屋敷の警備を強化して下さい。不審者が居たら報告を。それから一応アクセラにその旨を伝えて下さい」
「はい。必ず」
「では、お願いしますね」
旦那様の言葉に、アイリスさんは一礼すると私にも会釈して、そのまま扉へと消えて行った。




