逆転の発想ですね!
「旦那様、大丈夫ですか?」
私は暖炉の調整を行うと、後ろへと視線を向ける。
すると旦那様が少し離れた場所にある応接セットのソファに座りながら、タオルで髪を拭いている所だった。
パーティー用の衣装から普段の衣装へ着替えを済ませ、濡れた服は畳んでテーブルの上へ。
ここが旦那様の部屋で良かった。
そう思いながら、私は足を進め旦那様の元へと向かう。
「えぇ、タオルありがとうございます。ヒスイさん、こちらへ」
手で促されるまま、私は旦那様の隣へと腰を落とした。
「新しい家が完成したら貴方を迎えに来ようと思っていましたが、やはり今すぐ一緒に暮らしませんか?気持ちが通じ合ったと思ったのに、また離ればなれだなんて耐えられません」
「先ほどもおっしゃっていましたね。それはメサイアさんがあの屋敷に残り、旦那様と暮らすという事でしょうか……? 私は違う屋敷に移り、一人でそこで生活すると……」
「とんでもない! ヒスイさんと離れるなんて考えられません。僕とヒスイさんが一緒に住む家ですよ。手紙に書いていませんでしたか? 購入した土地に建てていると」
「えぇ。それは存じていますよ。ですが、それは別荘だと思っていました」
「そうですね。元々別荘用でしたが、僕とヒスイさんの新しい家にしようと。
ヒスイさんを誰かにとられたくないので、二人っきりで森の中で暮らしていこうと新居建設中です。
あの周辺一帯も僕の土地ですので、建物も立ちませんし。それに近くに湖がありますよ」
「もしかして翡翠の原石はそこに使うおつもりなんですか? たしか格子を作るためっておっしゃってましたけど」
「……え」
旦那様は、私の言葉にさっと視線を逸らした。
――あぁ、この反応は。本当にわかりやすい人だ。
「もしかしてまた監禁とかそういう方向じゃないですよね?」
「違います」
「なら私の目を見て否定して下さいっ!!」
そう告げたが、旦那様はこちらを見ない。
本当にこの人は……
でも、そんな旦那様も、好きなのは惚れた弱みだ。
「ほら! やっぱり。まさか窓に嵌める格子とか?」
ここまでくると予想が出来てしまう。
それが正解とばかりに、びくりと旦那様の体が大きくびくついた。
――そんなにわかりやすい反応は、肯定しているのと同じですよ? 旦那様。
私は嘆息一つ漏らすと、手を伸ばしその綺麗な顔を両手で触れた。
そして無理やり旦那様の視線を私へと向ける。
「そんな事のためにあんなに大きな翡翠の原石買ったんですか?」
「だって鉄の柵ですと、なんだか牢獄みたいじゃないですか。ですので、翡翠を。少し華やかになりますよ。絶対に」
「危ない発言を堂々としないで下さい。住みませんから。そんな格子の嵌められた家なんて。軟禁・監禁は犯罪だって言ったじゃないですか。もし逆だったらどうですか? 旦那様が私に軟禁・監禁されたら嬉しいですか?」
「……ヒスイさんに?」
旦那様は顎に手を添え、神妙な表情を浮かべて思案中。
かと思えば、何故か、ぱあっと明るい表情を浮かべて両手を叩いた。
「逆転の発想ですね。さすがヒスイさんです。それも素敵ですね! 僕が首輪を付けられるのも!」
「……だ、旦那様」
何故そっちにいってしまうのだろうか。
頭良いはずですよね? 日頃難しい本を読んだり、異国の本を読んでいるのに。
わからない。旦那様がわからない。
首輪付けられて喜ぶなんて、旦那様はエム……?
「今あるのはヒスイさん用の三点セットだけなんですよね。僕用の首輪は、作るしかないです」
「作らなくていいです! というか、ちょっと待って下さい。私用ってなんですか!? しかも三点も!? 出して下さい。そんな物騒なもの預かりますから」
「構いませんよ。ちょっと待っていて下さいね」
そう言って旦那様は、部屋の奥――ベッドの隣にある鉄の金庫へ。
そして鼻歌交じりでロックを外すと、何やらケースを三つ程手に持ち、スキップ気味にこちらへとやってきた。
――待って。そんなところに入っていたの!? 全然気づかなかったんですけどっ!
「これです。ヒスイさんの髪が綺麗な金なので、青にしました」
「……」
旦那様の手によりそのケースが封を切られた。その現れた現物を見て、私は絶句。
それもそのはず。
中身は鮮やかな海色の宝石が数十個、それぞれプラチナに繋がれて作られた首輪だったから。
しかも中央には鈴の代わりにとばかりに、キラキラと輝く大粒のダイヤが。
「まさか残りの二つもですかっ!?」
「はい。お揃いの手枷と足枷もです。三点セット、いかがですか?」
もうツッコミどころがありすぎる。
そんな物騒なものをオーダーしていた事もさる事ながら、宝石と技術の無駄使いだ。
「サファイアの無駄使いです!」
他の箱を開けると、同じデザインで長さだけ違うものが入っている。
この長さは、足枷か……しかも、金色の半円の金具が付けられているのが嫌だ。
これ、絶対に鎖に繋ぐパーツだし。
「ヒスイさん。違いますよ。それブルーダイヤです」
「……は?」
私は危うく手にしていたそれを落としそうになった。
ブルーダイヤぐらい私でも知っている。
結婚指輪を作るときにいろいろなダイヤを見せられたから。
その時に宝石商の人から、ブルーダイヤは希少品でなかなか取れないため価格が高騰していると伺った。
そのため、たった一粒でも目が飛び出るぐらいのレベルだ。
ここにあるのは、世界中のブルーダイヤを集めたのかというぐらいの数だし。
「嘘ですよね? それか旦那様騙されていますよ。これがダイヤなんて」
「本物ですよ。正真正銘のブルーダイヤです。鑑定書ありますよ」
「こっ、鉱山でも買ったんですか!?」
「考えましたが、ブルーダイヤがタイミング良く掘られる可能性が低かったので……なんとか集められないかと思って居ると、タイミング良くキッドオークションから手紙が届きましてね」
「そういえば旦那様、会員でしたね」
キッドオークションとは、会員制のオークション。
これが年会費!? という金額のお金を出して会員になると、参加権が貰える。
これは紹介制度。そのため、会員の紹介が無いと難しい。
つまりは金持ち限定のオークション。
そんなものがある事を、旦那様と結婚して初めて知った事の一つだ。
「ブルーダイヤの原石が出品するので是非お越し下さいという、朗報でした。ヒスイさんの三点セットのために発掘されたものだ! そう思いまして参加し、無事競り落とせたんですよ」
「待って下さい。原石? 研磨される部分を考えてもかなりの大きさですよ」
「はい。世界最大ブルーダイヤの原石です。200カラット。しかも、幸運な事に100カラットのも発掘されて、合計二つ。あと、ダイヤも50カラットのやつも買いました。それがこれですよ」
額が……家購入出来るというレベルではない。
加工賃や技術料等も合わせると、恐らく国の年間予算までいかないけれども、王都の予算に届くか届かないかだろう。その脳裏に浮かんでくる値段に、私は頭がくらっとした。
「禁止! 禁止です。お金を使うのは結構ですよ。経済が回りますからね。でも、箪笥の肥やしになるものは駄目です! 勿体ない」
「実用性ありますよ。首輪モチーフのネックレスと腕輪モチーフのブレスレット、足枷モチーフのアンクレット」
「……言われて見れば」
たしかにそう言われてみればみえなくはない。
でも、そんなのは屁理屈だっ!
「屋敷にある金色の鎖を結ばなければ、そのまま使える実用的なものですよ」
金色の鎖って、やっぱりそっちなのか!
さわやかな笑顔で言ってのける旦那様に、私はツッコミをしようとしたら、「姉上! ご無事ですか!」という悲痛な叫びにも似た声と共に、扉が激しくノックされた。
「え? 何事……?」
と小首を傾げていると、「アクセラですねぇ」と旦那様が呑気に言った。
「姉上! 返事をなさって下さい! 部下から兄上と姉上の姿が会場にない事を伺いました」
扉越しにその焦りが伝わってくるので、私は急いで立ち上がるとそちらへと足を進めた。
もしかしたら、緊急なのかもしれない! そのため、返事だけでも先にと思い、口を開こうとした時だった。ガンッと何か壁を叩く音が室内を伝ったのは。
「まさか、もう兄上に拉致された後なのか!?」
「……」
どれだけ危険実物扱いされているんですか、旦那様は。
でも、それちょっとだけ当たっているけど。




