告白
辿り着いた先は、当初の私の予定通り旦那様の部屋だった。
私を抱きかかえたまま、室内へと入ると器用に片手で鍵を閉め密室に。
さすがにいつもはメイド達が快適に過ごせるようにと温めてくれているここも、パーティーの最中だからということもあり、肌に突き刺すとまではいかないがひんやりとしている。
「旦那様……?」
明かりを付けなくていいのかな? という事をふと思ったけれども、窓から零れる月明かりにより、室内はほんのりとした明るさが灯っていた。
そのため、このままでも十分問題がないように感じる。
旦那様は無言のまま私を寝具のある方向へ運ぶと、ゆっくりと私をそこへと下ろし、そのまま自分はその前へと佇んだ。
「脱いで下さい」
「はぁ?」
冬の氷点下以下の冷え冷えとした声音。そこには苛立ちも含まれているらしく、棘も感じる。
それにいつもの旦那様らしさは感じられない。
けれどもそれよりも何よりも、「脱げ」と言われた事に全て攫われてしまい、私の頭は真っ白になった。
――ここで!? 旦那様が居るのに?
「それともアルフレッド様に頂いたので、脱ぎたくないですか? 具合が悪いと言っていたのに、どうやら彼に会って体調が治ったようですし。もしかして、初めから彼と会う約束を?」
「そこでどうしてアルが出てくるのかわかりません。そもそもどうしてそんなに苛ついてらっしゃるのですか?」
なんだか、こっちまでそれが伝線してしまう。
それもそのはずだ。この短時間で、いろいろ私だって溜まっているのだから。
それなのに一方的に攻撃的になられても……
メサイアさんはやたら絡んでくるし、ドレスは引き裂かれるし。
旦那様は無駄な所で優しいで散々。
あぁっ! もう思い出しただけで、心のやさぐれ度が上がって来た。
そしてついに沸点を越えてしまい――私の中で何かが綺麗に吹き飛んだ。
「なんで私だけ怒られなきゃならないんですか!? 私だって苛々しているんですよ! メサイアさんには嫌みったらしい事言われるし、旦那様はグラスをメサイアさんと使っちゃうし。あれ、なかなか手に入らないのをアリ君にお願いして取り寄せたんですよ? 時間かかった上に、旦那様のために奮発したのに……それにせっかくアイリスさん達と誕生日パーティーを準備しようとしていたのに、全部流れてしまったじゃないですか。みんなで時間かけていろいろ考えていたのに! それにドレス。あんなに切り刻まれて。針子さん達一生懸命仕事してくれていたのに!」
気が付けば、つい頭に血が昇ってそう叫ぶように怒鳴ってしまっていた。
早口でまくし立てるようにしゃべる様に、旦那様は一瞬目を大きく見開かせたかと思えば、段々とその肩を落としていく。
「それはその……すみません……」
「すみませんじゃないですよ! 旦那様の優しい所は長所だと思いますが、そういう優しさは嫌いです」
「嫌い……」
項垂れる旦那様に、私はちょっと言い過ぎたのかと思った。
ワイングラスをメサイアさんと使ったのは、旦那様知らずに使っていたんだし。
「そうですよね……こんな僕よりも、やっぱり頼れるアルフレッド様を選びますよ…」
「え?」
「ヒスイさんがアルフレッド様の元へ行ってしまうのも納得出来ます」
「いや、ちょっと旦那様?」
俯いているため、旦那様の顔が見えない。
それが余計怖い。紡がれる言葉が、淡々としているせいもあるかもしれない。
「もし貴方がアルフレッド様と共にリーベルデに行ってしまったら、僕はヒスイさんを追いかけます」
旦那様は顔を上げると、真っ直ぐこちらを見据えた。
エメラルドの瞳は揺らぐことはなく、ただ力が強かった。
それがいつもの旦那様と違って、胸がときめいてしまう。
「あの……」
何か言おうと思っても、急激に流れていく血液に私はただその場の流れに身を任せるだけしか出来ない。
旦那様が王子様に見える。いや、実際そうなんだけれども……
メサイアさんの時は追いかけなかったけど、追いかけて来てくれるということは脈があるのかもしれない。
きっとそれに今から告げられる言葉は、もしかしたら子供の頃にあこがれていた、あの青薔薇絵本のような台詞だろう。
高鳴る期待と胸の鼓動に、私はぎゅっと掌を握り締めた。
「そして、貴方を――」
言葉が紡がれるたびに、時間の経過が遅く感じていく。
その続きがもうすぐ耳に届くはずだ。
「拉致して監禁します」
「はぁ!?」
全然ロマンチックじゃない。むしろ、それは対照的な犯罪予告。
しかも危ないフレーズが一つ増えたしっ!
そもそもこういうのは絶世の美女等が対象であって、私みたいな平凡な花屋の娘は範囲外だと思うのに――
「僕は貴方とずっと一緒に居たいんです。死が二人を分かつときまで。いいえ、魂となり、また再び生まれ変わってもずっと……」
旦那様はこちらに手を伸ばすと、少し屈み込んで私の頬に手を伸ばしなぞるように触れた。
「あのですね、その犯罪予告は駄目です。でも……旦那様が生まれ変わっても一緒に居たいと言って下さって嬉しいですよ。私もまた旦那様と一緒に暮らしたいですし。でも、リヴァン君の事が気になって仕方がないんです」
「リヴァンの事ですか……?」
「はい。私には両親がいません。捨て子だったんです。ですからメサイアさんの言う通りに、両親が揃うのが一番だと思ってしまうんです。私も子供の頃、両親に憧れていましたから。ですから子供から親を取り上げるのは、するべきではないと思うんですよ」
「僕はそうは思いませんよ。たしかに血の繋がりが大事なのはわかりますが、それ以上に大切な事もあります。それはヒスイさんとお兄さんが教えて下さいしました」
「私と兄さんですか?」
「えぇ」
「貴方とお兄さんは血の繋がりが無くても、ちゃんと家族じゃないですか。
それは愛情という根本的なものがあるからですよ。両親が揃っていても愛情が必要です。勿論、リヴァンが僕の子だという鑑定結果が出れば、ちゃんと責任は果たしますが……それでも、メサイアとは愛してませんので再婚しませんよ」
たしかに、言われてみればそうかもしれない。
兄さんと私は血の繋がりが無くてもちゃんと家族だ。
ぎゅっと濃い時間を私と兄さんは過ごして来ていたし、いろいろと乗り越えてきた事も多々ある。
だから本当の家族というものがわからないけれども、私にとっては兄さんとの関係がそれに該当するように思う。
「……それに、どうも可笑しいんですよね」
「可笑しい?」
「えぇ」
旦那様は頷くような仕草をしてみせた。
「全てにおいてタイミングが良すぎます。メサイアの夫である伯爵は、いま王族に対する謀反の疑いにより軟禁状態なんですよ」
「そんな……」
「それから、アリさんからも情報を頂きました」
「アリ君が?」
「えぇ。行商という職業から、多岐に渡る情報網があるようですね。ヒスイさんを心配してこの間屋敷にいらっしゃいました。その時に伺ったのが、どうやら僕と交際中もメサイアは他の男性達とお付き合いをしていたそうです。その中に伯爵も居たそうですよ」
「え!? それ、うわ……」
私はそこまで出かかって両手で口を押さえた。
さすがに浮気ですか? と最後まで言うには、出来なかった。旦那様の心情を考えると……
――元婚約者に逃げられ、その上浮気されたなんて。
なんて言えばいいのだろうか? 見る目無かったんですよって?
それでも、人を好きになるのは理屈じゃないってわかっているけれども。
それが顔に出ていたのか、旦那様は苦笑いを浮かべると私の隣に座り込んだ。
私の心臓の音のように、ギシリと一度大きく寝具のスプリングが軋む。
「僕にはヒスイさんが居るから問題ありません。それらは過去の事ですからね」
旦那様は私の手を握りながら、苦笑いを浮かべている。
「今回のメサイアの件は本当に申し訳ありませんでした。ヒスイさんをいっぱい傷つけてしまいましたね。僕が弱いばかりに、貴方には辛いめにばかり合わせてしまいました。傷つけてしまった僕は、ヒスイさんの傍にいるのを許されるべき人間ではないのかもしれません。ですが、貴方の傍に居させて欲しいのです。どうかチャンスを僕に頂けませんか?」
私も帰りたい。でも、不安だ……
戻ってもまた同じ事の繰り返しなら? そんな悪魔の囁きが私の返事を邪魔する。
「ヒスイさんを愛しています。貴方が居ないと僕の世界は色が失われたように、温かみも何も感じられない、灰色で塗り尽くしたようなんです」
「旦那様!?」
今、愛しているって……?
突然の旦那様の告白に、私は心も頭もついていけない。
そのため私は何も返事が出来なかった。
「すみません。驚かれてしまいましたね。最初は契約結婚でした。でも、僕は小さくて正義感溢れる可愛い貴方に惹かれてしまったんです」
「ほ、本当ですか……? その事は信じていいのでしょうか? メサイアさんより?」
「えぇ。愛しています。メサイアは過去ですよ。それに僕はヒスイさんの事を愛しすぎてしまうぐらいに深く想っています」
その言葉に、私は旦那様へと抱き付いた。
「ヒスイさん……?」
「私、旦那様の元に帰りたいです。お城の生活は快適です。みなさん、良くして下さいますし。旦那様のお手紙とお花は毎日届いていますが、旦那様とお会いしていません。旦那様が好きだから、毎日顔を見たいし声を聴きたいです」
「好き? アルフレッド様ではなく、僕をですか?」
「はい。私が好きなのは旦那様です。だから、メサイアさんに嫉妬しました」
「ヒスイさんっ!」
「は?」
がしっと旦那様の腕が体に回されたかと思えば、そのまま押し倒され寝具へと二人で沈んでしまう。
驚きで固まる私の体をさらに硬直させたのは、唇に降り注いだ口づけだった。
でもその熱を含んだキスが深まる事がないうちにそれが離れ、「やはり魔性です」と叫びながら旦那様が身を起こししてしまう。
そして今度は寝具から離れ、左壁側にある応接セットのテーブル上にあった、ウォーターピッチャーへと手を伸ばすと、それをそのまま頭から被ってしまった。
そのせいで水が衣服や絨毯へと染み込み、色を変えていく。
それにはさすがに「旦那様っ!?」という悲鳴を上げてしまったのは、仕方のない事だ。
――床! いや、それより旦那様の髪を乾かさなきゃ!
雪がまだ地上に降らないと言えども、季節は冬。
暖炉に火がくべられてないため、飲み水は冷えているはず。
「どうなさったのですか!?」
「すみません……危うく暴走してしまいそうになり、ヒスイさんを襲おうとしてしました。メサイアの件が決着をついてからではないと、けじめがつかないのに……」
「あぁ、そういう事ですか。でも水を被るのは駄目ですよ? 風邪をひいてしまいます。とにかくタオルで髪を拭きましょう!」
私は旦那様の髪を乾かすために、タオルを取りにクローゼットに向かった。




