真紅のドレスに旦那様は不安
――なんだか私じゃないみたい。
いつも私が身に纏っているドレスはレースがふんだんに使用されていたり、
明るめのふんわりとした色だったりと、どちらかと言えば可愛らしい仕立てになっている。
でも、いま姿見に映し出されている私は違う。
ワンショルダーの体のラインに沿った真紅のマーメイドドレス。
でもスリットが入っているため、歩きやすい。
――背中がスースーするわ。
上質な絹を使用してるようで、肌に馴染むそれは背中の半分までしか布は覆われてない。
フリルも何もないシンプルなそれをカバーするように、首元には大粒のダイヤの粒で作られた蝶が舞う。
髪は毛先をカールして貰い、アップにして左側に寄せて流して貰っている。
そのため露わになっている両耳には、ダイヤとプラチナで作られた花が輝いていた。
「いつもの可愛らしいドレスも素敵ですが、このドレスも似合いますわね。今度からもう少しドレスの幅を増やしましょう」
ドレスの上に羽織るコートを持っているリーチェさんは、鏡越しに微笑んだ。
「あの……大丈夫でしょうか?」
そう不安になり尋ねれば、
「あらやだ。奥様ったらー。あたしがメイクとヘア担当したのよぉ。完璧よ。奥様いつもより二割増!」
と、私の隣でメイク道具を片付けていたムーンさんに言われてしまった。
それに同意するようにリーチェさんが首を縦に振っている。
「さぁ旦那様もアイリス達もみんな、首を長くして待っておりますわ。下へ参りましょうか」
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「ど、ど、どっ、どういう事ですかっ!? これは!」
「いたって普通に私達は仕事をしましたわよねぇ、ムーン」
「えぇ、そうね」
目の前では旦那様とムーンさん、それにリーチェさんが口論中。
それを他のメイド達が、「あーあ」という表情で眺めている。
つい先ほど私とリーチェさん達は、旦那様が待つここ――リビングへとやって来たばかり。
廊下は寒かったので、防寒用に身につけていたコートを脱ぎドレスをお披露目。
……だったのだけど、それを目で捉えた旦那様に異変が。
何故かものすごい勢いでこちらにやってきて、すぐさま上着を脱ぐと私へと羽織らせた。
しかも無理くりと。きっちりボタンまで閉めて。
たしかにむき出しの肌だけど、室内は暖炉に火が灯されているから温かいのに――
「背中! 丸見えじゃないですか!」
「大げさな。半分だけですわ。それにお綺麗だから問題ないかと。それとも何ですか? 汚いから見せるなということでしょうか?」
鋭い眼差しでリーチェさんは旦那様を攻め込んだ。
それを受け、旦那様は何故か胸を張って口を開いた。
「そういう問題ではありません。ヒスイさんは背中だけではなく、前も綺麗です。
左鎖骨にほくろがあるのですが、それもまた誘うと言いますか……こうあどけなさに残る色気と申しますか……」
「え? 旦那様どうして私のほくろ……って、ああっ!」
お風呂か!
以前入浴中に旦那様が乱入してきた時に見た事を思い出した。
というか、視力いいですね。
「その事は忘れて下さい!」
取り乱していたから、覚えてないと思ったのに!
私はそう旦那様に叫んだ。
「それは出来ない相談です。むしろ、見せ……――って、それも重要ですが今はドレスが先ですよ。とにかく、駄目ですから。こんなに官能的なヒスイさんを連れて行くの。どうするんですか? ヒスイさんに求婚者が殺到したら。それに何より、他の男に見せたくありません」
「お気持ちはわかりますが、今回だけは目を瞑って下さいませ。他にドレスがありません」
「だったらこのまま連れて行きます」
「ふざけた事言わないでくれませんか? このドレスは最高級の絹で仕立てられているのですよ。デザインはシンプルですが、マーメイドのシルエットを綺麗に見せるために無駄な装飾はしていないんです。それなのに、こんな上着を着させてドレス全否定じゃないですか。そんなことは私が許しません」
「リーチェ。貴方の服に対する熱意はわかります。ですが、僕も引けません。
そもそもどうしてヒスイさんはこのようなデザインのドレスをえらんだのですか!?」
「あら? これドレスも宝飾品も全て頂き物って、おっしゃっていましたわよ? 旦那様が奥様にプレゼントなさったのでは? 個人的にこういうドレス楽しむために」
「え? 頂き物?」
「あら?」
リーチェさんと旦那様はお互いの視線を絡ませたまま数秒固まったかと思うと、今度は同時に私の方へと視線を向けてきた。
それに一瞬体がびくっと大きく動いてしまう。
――どうしよう。アルに頂いたって言った方が良かったかな?
「ヒスイさん。これ一体どなたから……?」
「あの、これは……――」
と、口を開きかけた瞬間だった。
扉の開く音と共に、
「あら? 良かったわ。まだいらっしゃって」
という鈴の音のような声音が室内へと流れ込んで来た。
そこへ視線を向け目を見開いたのは、私だけではないはずだ。
それはつい先ほどまでドレスの件で疑惑をもたれていた人だったから――
「メサイアさん……」
それはメサイアさんだった。
どこかで舞踏会でも開かれるのか、いつものドレス姿ではなく、パーティー等で身に纏うような華やかな姿。髪や首元などに付けている宝飾品も煌びやかだ。
「こんにちは。ヒスイさん」
メサイアさんはこちらに向かって微笑んでいるけれども、アイリスさん達の視線に気づいているのだろうか?
いや、気づいているだろう。見ていないけれども、後方から突き刺さるような視線と凄まじい敵意がひしひしと……
「メサイア。何か?」
「私も城まで乗せていって下さらないかしら? 私もパーティーに参加するの」
「何をおっしゃっているんですか? 父上のパーティーは招待状が無い者は入れませんよ?」
「友人に誘われたの。パートナーとしてね」
「だったらそちらの方とご一緒したらどうですか?」
「会場前で待ち合わせなの。ねぇ、いいでしょ? あぁ、そう。アイリス達にリヴァンの面倒をお願いしたいのだけれども。いいわよね? 部屋で本を読んでいるわ」
辞めて下さい。
後ろから冷たい空気が流れて来ているんです。
メサイアさん、お願いだから空気読んで!
「はぁ? なんで私達があんたのお願い聞かなきゃいけないわけ?」
「だってリヴァンはライト様の子なのよ? だったら、面倒見るのが普通よね?」
「そんな事はまだわからないじゃない」
もう怖い。
メサイアさんはいつも通りの笑みを崩さず、こちらへ視線を向けて来ているし、後ろからは氷のような空気を感じる。マッチョメイド達の殺気がひしひしと感じて仕方がない。
け、喧嘩とかしないで下さいね……リヴァン君、上に居るんですから……
「……わかりました。アイリス達、リヴァンの面倒をお願いします」
「旦那様っ!」
「見知らぬ屋敷で子供が一人でいるのは心配です。それから、メサイア。馬車はお貸ししますので、貴方一人で向かって下さい。僕達は違う馬車で向かいますので」
「あらどうして? どうせ同じ場所に向かうのよ? だったら一緒がいいわ。ねぇ、ヒスイさん」
「え?」
とんでもない流れ弾だ。
どうしてその矛先がいつも私に来るの!?
ここから城まで馬車で十分。
その間は、きっと馬車の空気はどんよりとして重苦しいのは容易く想像出来る。
絶対に嫌だ。
「僕とヒスイさんは、お兄さんの所に寄る用事があるんです」
「あら、そうなの?」
「えぇ、ですからすみませんが一人で行って下さい。僕は妻と参りますので」
そう断ってくれた旦那様の言葉に、自然と安堵の息が漏れた。




