切り刻まれたドレス
「この短期間でこんなにいっぱい……」
私はそう呟くと室内を見回した。
旦那様に借りている部屋に配置されているテーブル等には、ゼラニウム、スノードロップ等の冬に咲く花々が生けられたグラスや花瓶、それからポインセチアの鉢が飾られている。
これらは全て旦那様からの贈り物だ。
あの日届いた謝罪の言葉が書かれた手紙と花束。
それからずっと毎日こちらを気遣う内容や、この間買ったとおっしゃっていた土地に建設している建物に関して書かれた手紙と花が届いている。
それらには、返事は出していない。
何度か用意して貰った便箋に筆を走らせようとしたけれども、どうもあのメサイアさんの件が尾を引いて腕が動かなかった。
きっとあの屋敷は、旦那様とメサイアさんの思い出がいっぱい詰め込まれた形なのだろう。
二人の好きなものをぎゅっと凝縮させたような。
そんな余計な事をあれこれ考えてしまって、頭がパンク寸前。
それで結局あっという間にパーティー当日を迎えてしまった。
「そろそろはっきりしないとならないよね……」
このままずるずるしてもしょうがない。
旦那様にちゃんと伝えて玉砕したら、この国を去ろう。
兄さんには、アリーさんがいるから安心だし。
アルの言う通り、リーベルデ国でもいいかもしれない。冬も無いから環境的には合っている。それにここから遠い。
――とりあえず昼食を食べて、ドレスに着替えるために早めに屋敷へ行こう。
+
+
+
――コンコンコン
三回いい音を鳴らしながら、獅子が上下に動いている。
その音は晴れ渡る青空に引き込まれるように、音を鳴らして来客を伝えてくれた。
けれどもそれが全くの無音の様に反応がない。
「あれ?」
私はドアノッカーを掴んだまま、小首を傾げた。
ドレスが屋敷にあるために着替えにやって来たが反応が無い。
おかしい。いつもならばすぐに玄関近くの部屋で待機している人がやってくるのに。
ドアノブに手をかければ、キィとわずかだけれども音を鳴らしながら扉が開く。
そして不審者のように隙間から顔を覗かせ、キョロキョロと左右を見回した。
静まりかえった廊下には、人が全く現れない。
もしかしたら、部屋まで届いてなかったのだろうか?
ちょっと疑問に思いながら玄関付近にある部屋をノックするけれども、全く反応がない。
「……どうしたんだろう?」
そう呟けば、ただ正面の扉が吸収しただけ。
扉を開き、中を確認するけれども、誰もいない。そのため仕方がないので、上の階へと向かった。
今日は国王様の生誕のため、祝日となっている。
そのため旦那様も外出なさっていなければ、部屋にいらっしゃるはず。
と、思って部屋へ向かう事に――
「あっ」
とんとんと階段を一歩ずつ踏み込んでいく途中で、ふと耳に入って来たのは人の声だった。しかも数人。
どうやらこの上の階にいたようだ。
それは以前ドレスを試着した部屋や、私達の寝室があるプライベートな階。
もしかしたら、パーティーの準備をしてくれているのかもしれない。
だが、どうやらその予想は違ったらしい。
階段を昇っている最中に丁度、「旦那様は奥様よりもあの女の味方なんですか!?」
という叫びが耳に届いて来てしまったから――
「な…に……?」
踏み出した足を止め、私はそう呟いてしまう。
「そんな事は誰も言っていません! ヒスイさんの方が大事です。ですが、これをメサイアがやったという証拠がないんですよ!」
あぁ、きっと何かトラブルだ。
私は重く圧し掛かる空気に、体が自然と重くなる。
それに連動するように、心も鉛のように固まってきていた。
「何かあったんですか?」
階段を昇り終え、廊下の右側へと体を向け尋ねた。
するとそこにはやっぱり声の主達の姿が。
「奥様っ!?」
「ヒスイさん……」
旦那様もアイリスさん達も皆、目を大きく見開いたままこちらを凝視している。
どうやら気づかなかったようだ。
彼等が気づかないとは、余程問題は大きな事らしい。
「何があったんですか? みんなで集まって」
聞きたくはなかったけれども、遅かれ早かれ耳に入るだろう。
だったら早めの方が良い。
「なんでもありませんよ。まだ時間もありますし、僕とお茶でもしませんか? ヒスイさんの好きなマカロン買ってありますよ」
旦那様は不自然な笑みを浮かべながらこちらにやってきた。
無理ですよ、旦那様。
さっきの会話聞いて、「そうですね!」なんて軽口叩けませんってば。
「メサイアさんがやったという証拠がない。そうおっしゃいましたよね? どういう意味ですか? 旦那様」
「……」
「旦那様。隠せませんわ。奥様に真実を――」
固く口を閉ざしている旦那様を促すように、アイリスさんがそう告げる。
それに意を決したのか、旦那様は表情を引き締め、すぐ傍にある扉を手のひらで指した。
そこは衣装室の隣にあり、メイクや着替えをする部屋だ。
ドクリと心臓が大きく跳ね、血液の流れが異常に早くなっていく。
まるでお化け屋敷に取り残されたかのように。
嫌な気分だ。
「すみません、ヒスイさん。気を付ければ良かったのですが、まさかこうなるなんて……」
旦那様は私に向けて謝罪をすると、ドアノブへと手を伸ばしそれを引いた。
そこに広がる室内の風景。それを見て、私は口元を両手で押さえた。
叫ばぬように――
「酷い……」
手の平から呟き漏れる声。
床に散らばるミントグリーンの布きれが数十枚、散った花びらのように落ちている。所々に青く輝く石の破片や、クリーム色のレースも。
いくら鈍くてもわかるだろう。これは私が身に纏うはずだったドレスだという事が。
「針子さん達が数か月かけて作ってくれたのに……」
「奥様……」
「リーチェさん。元のようなドレスには?」
「申し訳ありません。さすがにここまで切断されると不可能ですわ。奥様、お気を確かに。このドレスは無理です。ですから、衣装室にある他のドレスを着用しましょう。国王の生誕パーティーなので同じドレスでは、気が引けますので少々アレンジを加えますわ。大丈夫です。あの女の思う通りにはさせませんので」
「でも……」
私は床に無残に散っているドレスの残骸を見詰めた。
せっかくの上質なものなのに、勿体ない。
それに折角作ってくれた針子さん達やデザイナーさんに申し訳なく思う。
「これらの布もちゃんと再利用致しますわ。私にお任せ下さいませ」
「はい……」
「では、私室でお待ちく……――」
「あの女っ! やってくれたわね!」
リーチェさんの言葉を遮るように、ランさんの声が響き渡る。
その音の発生源に全員の顔が向いた。
それは左壁を越えた先――衣装室からだった。
「嘘でしょ……!?」
リーチェさんのその呟きに私は不安になり、咄嗟にすぐ隣に居た旦那様の手を握る。すると旦那様は私が不安そうにしている事を察したみたいで、腕を伸ばして私を抱きしめてくれた。
「ラン。まさか、衣装室のもですか?」
「えぇ」
「どうしよう……」
普通のパーティーではなく、国王様の生誕パーティー。
繋がりのある各国の王族や貴族などが沢山集まっているのに、旦那様の伴侶の姿が無いのは不審に思われるはずだ。今はメサイアさんも滞在している。
そのため妙な噂が独り歩きし、周りに迷惑を掛けてしまう可能性が高い。
――体調不調と言って上手く誤魔化す……?
「どっかに一着だけ無いかしら?」
「こんなことになるなら、奥様の実家に予備として置いておくんだったわ」
頭を抱えながら苦々しく顔を歪めるアイリスさん達。
そんな彼らの会話が耳に入り、私は突然実家の金庫が頭の中に浮かんだ。
「あっ……」
アルに貰ったやつ!
あのの中にはアルにプレゼントされたドレスと宝石が入っている。
「あります! ありますよ、ドレス! 実家にっ!」
「まぁ! 本当ですの?」
「はい。サイズは着てないのでわかりませんが……」
その言葉に、アイリスさん達は安堵の息を漏らした。
「リーチェ! 早速奥様のドレスを」
「わかっているわよ。さぁ、奥様参りましょう。着替えてサイズ確認し、御直しが必要なら致しますわ。それに靴等も合わせなければなりませんし」
「はい」
私は首を縦に動かし、リーチェさんに促されるまま足を進めた。




