謝罪の花束とメッセージカード
「珍しいな。こんなに早く店に来るなんて」
「別に。ただ兄さんと朝食が食べたかっただけよ」
私はテーブルの上に並べられた卵焼きやサラダへとフォークを伸ばし、
義務的に口の中に放り込んでいく。他にもテーブルには布を敷いたバスケットに入った白パンなんかもある。
あの後「店に行く」と言い残し、私は旦那様達と別れようとした。
それは勿論、メサイアさんとの思い出の場所を旦那様の口から伺ったのが理由。
そんな話を訊かされて、面白いわけがない。
私は旦那様とお気に入りの共通のお店なんてないのに! という嫉妬心もあったけど。
勿論、優しい旦那様は必死で謝りながら追いかけて来てくれてたんだけど、「しばらく顔見たくない」と告げ、私は逃走。幸いな事に追いかけて来なかったから、ほっと一安心。
そんなこんなで、いつもよりもかなり早い時間帯に店に着いてしまったので、
こうして二階の住居スペースにて兄さんと一緒に朝食を摂っている。
「……なぁ、ヒスイ。ここはお前の実家だ。だからいつでも戻って来い」
兄さんがお茶のお替りを入れてくれながら、そんな事をぽつりと漏らした。
それに思わず口元まで運んでいたミニトマトがテーブルへと落ち、転がって床へと流れていく。
――もしかして知っているのだろうか? メサイアさんの事。
濁しながらその件を尋ねようとしたけれども、もし知らなかった時の事も考えて私は口を閉ざした。
けれども次に放たれた兄さんの言葉に、私は「あぁ……」と項垂れてしまう。
「でもな。ちゃんとライト様と話をしてからでないと駄目だ。そしてお前の気持ちにも蓋をしない事も条件だ」
「……知っていたんだ」
心配かけたくなかったのに。
「噂というものは、早いからな」
そう言いながら、兄さんは眉を下げながら肩を竦めている。
「元婚約者とその子供が屋敷に滞在しているんだろ?」
「うん……」
「居にくいよな」
「居心地は良くないよね。でも、旦那様優しいから、メサイアさんには……それに……」
もしかしたらメサイアさんの子供――リヴァン君はライト様の子供なのかもしれない。
そう喉元まで出かかったけれども、それは口を閉ざさなければならない不確定な話。
そのため私は呑み込んだ。
「それに?」
「なんでもない。大丈夫。心配しないで。それよりも兄さんの方よ! アリーさんとの結婚式挙げるのよね? ブーケ、私が作ってもいい?」
「小さいが挙げるつもりだが。いや、俺の事よりもお前の事の方が……」
「何言っているのよ。兄さんの方が重要。こんなにお目出度い事なんだから! それにブーケ用の花も、アリーさんに伺ってアレンジ考えなければならないし」
私は無理やり話を反対側の明るい話題へと変更させる。
現実逃避とういうわけではないが、兄さんの幸せも大事だ。
今まで私の事を面倒見てくれたから、その分いっぱい幸せになって貰わないと!
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しかし、いつ来ても大きいな……――
見上げる城は天高くそびえている。そして横にも大きく端が見えない。
毎回思うけれども、ただの花屋の私では身分不相応。従って、気おくれしてしまう。
きっと旦那様と結婚しなければ、一生来ることは無かったはず。
しかも私の今の私服は、店から直帰なので着慣れた庶民服。
一度屋敷に戻ろうかと思ったけれども、帰りにくいためそのまま来てしまった。
「やっぱ、マズイかな? この格好」
いつもここへ来る時はドレスだったりきちんとした正装で尋ねているから、今更ながら不安が押し寄せてきている。
一応、門では止められなかったけれども。
中で不審者として止められたらどうしようと思っていると、前方から「姉上!」と声をかけられた。
そのため顔を上げ誰なのか確認すれば、そこには見慣れた人物が手を振りながらこちらへやって来ていた。
「ニクス!」
それはニクスだった。
しかもまた逃走中なのか、護衛の姿が見えない。
「アクセラ兄様に姉上が暫く城へ泊ると伺って、迎えに参りました。さぁ、行きましょう。
部屋の準備も出来ていますよ」
「ニクス。護衛は?」
一応尋ねれば、ニクスは天使のような微笑みを浮かべるだけ。
やっぱり、逃げて来たな。
私は今頃探しているであろう、騎士に対して同情した。
「危ないから、勝手に外出ては駄目だって言っているでしょ?」
「大丈夫ですよ。城の中ですから。それよりも、今日は一緒に寝ましょう。本を読んで下さい」
ぐいぐいと私の手をひっぱりながら、ニクスは急かすように中へと促す。
「いいよ。でも、貸して頂ける部屋を見てからね。ベッドが狭いと、落っこちて危ないから」
「そういった心配は必要ありません」
「ニクス、私が借りられる部屋を知っているの?」
「えぇ、ライト兄様の部屋なので。右がアクセラ兄様の隣で、左がイレイザ兄様の部屋ですよ」
「……え?」
その台詞に思わず足が止まった。
「ライト兄様が言い出した事なんです。なんでもヒスイ姉様と夫婦だからって。自分の部屋は好きに使って頂きたいと」
「でも……」
「大丈夫ですよ。盗聴器なんて付いていませんから」
「は?」
「ちゃんとイレイザ兄様とアクセラ兄様達がチェックしました。なので、安心安全です」
「……」
そんな事は心配してなかった。
というか、考えてもみなかったわ。
旦那様。一体、貴方は兄弟間でどのような危険人物に思われているんですか……?
「ですが兄様は頭が切れるので、もしかしたら何か反応が出にくいような機器を使用しているかも。
そんな可能性も無きにしもあらずですけどね。それか、盗撮とか」
「……ニクス。旦那様はそんな事しないってば」
ちょっと可哀想になってきた。
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「ここが旦那様の部屋……?」
私が見慣れている屋敷の私室とは趣きが違い、ここは本当に王子様の部屋って感じがする。
広いし、絢爛豪華。寝具なんかも刺繍が拘っているし、テーブルセットも金具が純金製で細かい。
花が活けられている花瓶なんて、美術品のようだ。
でも、ここには生活感が全くと言っていいほどない。
あちらでは私と旦那様の写真を飾ったりしているけれども、ここにはそういった生活感が皆無。
「えぇ、そうです。と言っても、城を出てからはほとんど泊まる事なんて無いですけどね。いかがでしょうか?」
辺りをキョロキョロと見回す私を余所に、ニクスは窓辺にあるソファへと座っている。
その傍には天体望遠鏡があり、そこは旦那様っぽいって思った。
あと、本棚。難しい本がいっぱい入っていたから。
「如何って……私、本当にここに泊めて貰っていいの? 空き部屋で構わないのに……」
「ここも一応空き部屋ですよ? 兄様が城を出てからは」
「そうだけど……でも……」
一応夫婦だけれども、さすがに旦那様が居ないのに好き勝手に使うには忍びないわ……
やっぱり、部屋変えて貰おうかな? と考えていると、部屋をノックする音が耳に触れた。
「はい」
「姉上。アクセラです」
「どうぞ」
なんだろう? と首を傾げながら扉の方へ足を進めると、そこが開きアクセラ様の姿が現れた。
手には花束を持っている。
「アクセラ兄様、それどうしたんですか?」
「あぁ、これはライト兄上から姉上へだそうです。先ほど届けられました。恐らく、朝のお詫びでしょう」
どうぞと渡されたそれを見て、小首を傾げた。
――これ、もしかしてうちのアレンジ……?
オレンジガーベラ等をメインに、その周りにはブルースターとプバリラが散らされている。
そしてそれはピンクと白を組み合わせブーケ用の紙で包まれ、リボンの代わりにパールを通したゴムテグスで結ばれていた。
「あれ……? 何か花の間に……?」
花と花の間に何か挟まっているのに気づき、私は手を伸ばしてそれを取れば封筒だった。
「姉上。花は僕が持ちましょう」
「ありがとうございます」
私は花束をアクセラ様へと渡すと、その封筒を開き中身を取り出す。
するとそれはメッセージカードだった。
綺麗な字で綴られているのは、謝罪の言葉。
朝のお詫びとして花を贈りますと。
そして――『見捨てないで下さい。僕はヒスイさんと共に一生を過ごしたいです』と、そう書かれている。
「旦那様……」
好きだとか愛しているとか言われた事はないけれども、そのフレーズに心が温かくなった。
私もです。そう伝えたいのに、旦那様が傍に居ないのがもどかしい。
――どうしよう。泣きそうに嬉しい。
でも、ニクスやアクセラ様の前で泣くなんて恥ずかしい。
私はぐっと堪えてカードを眺め、残りの文へと目で追っていく。
けれども、最後の文章で「あれ?」と思わず首を傾げてしまう事態になる。
「『貴方と同じ名前の翡翠の原石を購入しました。これで格子も華やかになります』って、どういう意味?」
「なんですか? 格子って」
「わかんない。そう書いてあるの。ほら」
屈んでニクスに見せれば、彼は顔を盛大に顰めた。
「暗号等ではないですよね? アクセラ兄様。兄様は何か……って、どうなされたのですか?」
「え?」
私は視線をアクセラ様の方へ向ければ、彼は青ざめていた。
「すみません、ちょっと俺は席を外します」
「えぇ、その方がいいのかもしれません。顔色が悪いですよ」
もしかして、働きすぎなんじゃないのだろうか?
昨日も夜遅かったし、それに今朝も早かったし。
「アクセラ様。お仕事大変かと思いますが、あまりご無理なさらないで下さいね」
「仕事では……いえ、仕事ですね。この国に住む全ての人々の平和を守るのが、騎士の務めですから……そうです。たとえそれが実の兄……いえ、なんでもありません。姉上、ごゆっくりなさって下さい。ニクス。いいか、絶対に何かあったら姉上を守って差し上げるように。面会許可の無い者は通すな。いいか、誰でもだ。何かあったら叫べ」
「わかっていますよ。それより、翡翠の原石と格子ってなんの関係が?」
「お前は知らなくてもいい」
「また僕を子供扱いですかー?」
「いや、違う。世の中には知らない事の方がいい事もあるんだというだけだ」
「はぁ……?」
アクセラ様はそう告げると、一礼して扉の外へと消えていってしまった。




