まさかの再会
私が生まれた国は冬なんてなかった。
季節的にはあったのかもしれないけれども、いつも夏のような場所。
だからこのヴァン王国にて初めて迎えた冬は、店の手伝いをしなけれればならないのに部屋からなかなか出られずじまい。それは肌を刺すような寒さに耐えられない為。
今でもそれにはなかなか慣れない。それでも日中はまだ太陽の光が私を支えてくれているお蔭で仕事が何とか出来る。
ただ、夜になると気温はぐんと下がるため寝る時に辛い。
それでも旦那様と一緒に眠るようになって、大分楽になった。
旦那様の体温が温かくて落ち着くから。
――でもそれもしばらく……いや、もしかしたらばもう完全にその体温を感じる事は出来ないのかもしれない。
コートのポケットに手を突っ込みながら、そんな事を考えている私を、寒さのためか空は澄んだ星々が見下ろしている。
私はそんなキラキラと見惚れるぐらいに輝く天を一瞥すると、後方を振り返った。
そこには自宅からずっと後を追ってきているアイリスさんの姿が。
「アイリスさん。着いて来なくても大丈夫ですよ。帰って下さい」
「いいえ。旦那様よりのご命令です。自分は追うのを止められたからと。それにこんな時間に女性一人では危険ですわ」
日中は子供達の遊ぶ声で賑わっている噴水前広場。
でも今は時間も時間のため、支配しているのは飲みに歩く大人たちの陽気な声ばかり。
もう肌寒い季節になっているためか凍結防止に水も止まっていた。
そのため、左手にある噴水はオブジェ化している。
「本当に旦那様は優しいですよね。でも、今はその優しすぎるのが嫌いです」
「奥様……」
「お願いですから一人にして下さい。頭を冷やしたいんです」
少し距離を置いて冷静になりたい。
考えなきゃならない事が沢山ある。これからどうするのか、自分がどうしたいのかを。
それに――
旦那様に実家に戻るって言ったけど、私は実家に戻るつもりはない。
やっと結婚が決まって幸せな兄さんに心配かけるのが嫌だから。
そのためどこか空いている宿に泊まるつもりでいた。
だからアイリスさんについて来られると困る。
「なりません。何かあったら私の責任です」
「何かなんてありませんよ。もう戻って下さい。今夜は冷えますから」
こうしてアイリスさんと会話している間の吐息も真っ白。
そのまま凍ってしまうかのように、濃い。
「奥様。実家に帰るなんて嘘ですわよね……?」
「なんですか? 急に」
「どっか適当に宿借りて泊るおつもりでしょう?」
「……」
何故バレたのだろうか?
顔に出ているとかではないだろう。今はそんな些細な事よりも大きな問題に押しつぶされているから。
「当たりですわね」
無言を肯定として捉えたアイリスさんは、苦笑いを浮かべた。
「どれぐらいご一緒に過ごしてきたとお思いですの? 奥様の事ちゃんと見て来ましたわ。奥様の事ですから、今回の件イファン様に何も話さないおつもりなのでしょう? 心配かけたくないから」
「アイリスさん……」
「宿、ちゃんとした所を探しましょう。この国は治安がいいですが、中には曰くつきの輩が出入りしている場所もございますから」
「あの……安い所で……旦那様のプレゼント買ったので、所持金が……」
アル君にお願いしたあのペアグラス、あれで結構お金を使ってしまった。
旦那様に日頃の感謝を込めてと奮発したから。
まさかあれを購入した時は、アレが切っ掛けで家出するなんて思っても見なかったけど……
「なりません! 後で旦那様に支払わせるので、高くても構いませんわ。安全な場所に泊って下さいませ。この国のホテルごと買い占めても有り余る資産があるから、ご心配する必要も遠慮する必要もございません」
「ですが……」
「構いませんわ。せっかくなのでパラディーゾに泊りましょう! そうですわねぇ、なんなら問題が解決するまで住みましょうか?」
「え。すみません、それってこの国で一番高いホテルですよ? 宿じゃなくて」
パラディーゾの一番グレードが低い部屋でも私の年収ぐらい。
高い部屋ならば、考えたくもない。
それを連泊……頭の中に浮かんだ額に私は震えあがる。
――払え! って言われても無理っ!
「だ、大丈夫です。私は素泊まりの安い宿で。それにそういう所は予約必須ですし、もうお客さんで埋まっていると思いますし」
「あら大丈夫ですわ。旦那様は王族ですから。ゴリ押しゴリ押し」
「権力振りかざすのは駄目ですっ! お店のご迷惑になりますから!」
「ですが、警備が……」
アイリスさんは頬に手を当て、「ふぅ」と嘆息を漏らす。
その時だった。
「ヒスイにジルド?」
と、信じられない声が私とアイリスさんを包んだ。
それはここでは……いや、もう聞くことはないだろうと思っていた人物の声。
二人して弾かれたように声の方向――噴水とは正面にある酒場等の建物がある方向。
そこを見れば、彼らはこちらを見て佇んでいた。
それはあの新婚旅行先ニイゲルで出会ったアルだった。
そして彼のすぐ傍にはリオナさんと他の人達の姿もある。
彼らはいつぞやの騎士服ではなく、旅人のような恰好をしていた。勿論、腰には剣を携えて。
「どうしてここに!?」
「アルフレッド!?」
同時に上げた声。それにアイリスさんと私がお互い顔を見合わせてしまう。
「アイリスさん、彼の事を知っているんですか?」
そう言えば、ニイゲルでアルはアイリスさんの事を知っていたみたいだった。
だから知り合いでも不思議はないのかも。
「奥様こそ、アルフレッドの事をご存じですの?」
「えっ? アルってアルフレッドという名前なんですか?」
「アル……? それって新婚旅行のあの謎の騎士――って、まさかっ!?」
「はい。彼がそのアルです」
と告げれば、アイリスさんは頭を抱えてしまう。
そして「マジかよっ!」と叫んだ。
「奥様、アルフレッドは騎士ではありません。いえ、騎士ですが彼は王族です。リーベルデ国王の弟ですわ」
「えっ!? アルが王弟殿下!?」
「何故よりにもよって、そんな大物を釣り上げてしまうのかしら……? しかもこんな旦那様と奥様が修羅場中に現れるなんて……ん? いや違う!」
ぶつぶつと何か口にしていたアイリスさんは、顔を上げるとアルへと向かって指を指す。
「アルフレッド! お前こうなる可能性を知っていただろ!」
それに対しアルは口角を上げると、肩を竦めてみせた。
「久しぶりだな、ヒスイ」
そんなアイリスさんを気にもとめずにアルは、片手を上げるとこちらに足を進めてくる。
あいからわず大きい。やっぱりうちの旦那様より少し背が高めかも。
ガタイは兄さんやアイリスさん達のように鍛え抜かれているのが、衣服の上からでもわかる。
「うん。アルも……じゃないね、アルフレッド様も」
「いいよ、アルで。そう呼んでくれた方が俺は嬉しい。口調も親しい人にしているように砕けて構わない」
「なら、アルで。元気そうだね。リオナさん達も」
「ご無沙汰しております、ヒスイ様。それよりもこんな所でどうなされたのですか?」
「……ちょっとね」
まさか言えない。ちょっと屋敷で揉め事あって、旦那様と距離を置きたくて家を出たなんて。
引き攣る顔を無理矢理押さえ込み、私はこれ以上聞かないでと言葉を濁した。
「なぁ、久しぶりに逢ったんだ。立ち話もなんだし、俺達が借りている家に来ないか?」
「家?」
「あぁ。そのまま人の手が加えられずに朽ち果てさせるよりは、宿泊施設として人に使わせている所もあるんだ」
「そうなの?」
「あぁ、来るか?」
「でも時間が時間だから、今度また日を改めて……」
「なら泊って行け。男ばかりで心配なら、リオナの部屋がある」
「えっ!?」
突然の誘い。それはこちらには有り難い。
なんと言ってもこれから宿を探さねばならないのだから。
私としては是非受けたい。
でも……
「ニイゲルではヒスイ様とあまりお話できなかったので、お話したいです」
他の人はどうだろう? と思えば、リオナさん達もそう言ってくれた。
「アイリスさん。アル達の所なら大丈夫ですよね? 騎士ですし。宿よりは安全です」
これならば警備面でも問題ない。
それに私も助かる。ホテルに宿泊しても金銭的な心配するよりは全然メンタル的に楽だ。
しかも高級ホテルだと肩肘はっちゃうけど、宿泊用の民家ならばいつもの日常と変わらないだろうし。
「奥様、違う意味で危ないです。お忘れになったのですか? アルフレッドに求婚された事を」
「大丈夫ですよ。私、結婚しているんですよ? 今の所まだ離縁されていませんから。それにリオナさんもいてくれます」
「縁起でもない事おっしゃらないで下さいませ」
「心配ならジルドも泊って行けよ。ただ寝具がないから、狭いベッドでむさ苦しい野郎と添い寝は決定だがな」
「断る」
心底嫌そうな顔をして、アイリスさんはアルを睨んだ。




