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半強制結婚宣言っ!~女々しき王子と花屋の少女~  作者: 歌月碧威
最終章 偽りの終わりと青薔薇が囁く始まり
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少し距離をきましょう、旦那様

――お願い別れて。貴方が別れてくれれば、みんな幸せになるの。


何度も何度も繰り返すその言葉。

そしてそれは呪詛の様に蝕んでいき、私の心の弱みを突きながら急速に症状を悪化させる。

あんなに離れたくないと思っていた旦那様との距離を取った方がいいのかもしれないと思うぐらいに。


「……ずるいよ」

ぽつりと漏らしたそれは、お風呂より上がる湯気と共に天上が受け止めてくれた。

旦那様は私室にお風呂があるけれども、私のお風呂場は別。同じ階の一番奥部屋に造られている。

大理石を組み合わせていて、人が十人以上は入れる大きなお風呂だ。

壁も浴槽も白を基調として、清潔感溢れるイメージ。


実家と違いここでは魔法具を持ちいるらしく、桶でお湯を張らなくても済み、

浴槽に備え付けられた黄金のライオン口から湯が流れてくる仕組みで便利。


最初はこんなに広い所を私専用!? って、驚いていたっけ……

でもなんだか、それが遠い昔のように感じる。


私だってわかっている。

両親が揃うのが一番だという事が――


「お兄ちゃんに言いづらいな……」

アリーさんと結婚が決まって、幸せムードまっただ中。

それなのに私が離縁するかもなんて言えない。きっと心配するのは目に見えている。


それにお兄ちゃんの事だから、「ヒスイが落ち着くまで結婚延期」なんて言い出しそうだし。

そんな事になれば、アリーさんに悪い。


「あーあ。なんでこうなっちゃったのかなぁ……?」

そんな事呟いたってわかるはずなんてない。それでも思い言葉にしてしまう。


旦那様、メサイアさんの事どう思っているのだろう?

新婚旅行ではもう吹っ切れているって感じだったけど。

でもあれ泥酔状態だったっけ。

あぁ、でもそんな状況だったから本音も漏れたって考え方も……


私の事はどう思って下さっているのかな?

少しは好きで居て欲しい。それを知る事が出来れば、この迷いも定まるのに。


「……ほんと、なんで気づいちゃったのだろう。もっと後で知ってしまえば良かった」

私は旦那様の事が好き。

まさか自分が恋愛をするなんて思ってもいなかったけれども、相手が旦那様だ。

初対面の時はなんだこの女々しい男! って印象だったけど、王子様モードだと頼れて安心する。

それに普段も優しい。

ただちょっと時々、監禁・軟禁とか危ない方向に行ってしまうけれども。

それでもとても人間的にも素敵な人。

そんな方を好きにならないわけがない。なんてのろけてしまうぐらに、私は旦那様の事が好きみたい。


――馬鹿だ。私。失うってわかっているのに気づくなんて。



このままうだうだとお風呂で考えてものぼせるだけ。だからそろそろ上がろうかなって時に、何やら廊下が騒がしくなり始めているのに気づいた。


「……さい! い…おく…入浴…う!…ま!」

「――……か! そ…は……ん!」

なんだろう? 言い争う声というか、怒号というか。

小首を傾げて目を閉じ耳に集中し何を言っているのか探ろうとしていると、バタンと扉がぶつかる音が聞こえた。かと思うと、もう一つ耳に届いてくる。

そして「ヒスイさんっ!」という私の名を呼ぶ声が、逃げていく温かい空気と入れ替わるように入ってきた冷気に便乗して浴槽に響き渡り伝わってきた。


「は?」

最初は理解出来なかった。たしかにこの声の持ち主とは、同じ屋敷に住んでいるから出会うだろう。

でも今は浴室だ。

顔を上げ開かれた扉へ視線を向ければ、やはりそれは旦那様。

肩で息をしながら、こちらを見据えている。

帰宅したばかりなのだろうか? 温かそうなコートを纏っていた。


「大丈夫ですかっ!?」

「…えーと?」

むしろ、旦那様の方が大丈夫ですか? と問いたい。

なぜ私が入浴中に入って来たのだろうか。もしかして一緒に入るとか?


「メアと……メサイアと一緒に帰宅したとアイリスに伺いました。何故そんな事に……何か言われたりしましたか? すみません、貴方とメサイアを会わせる事はしたくなかったのに、不快な思いをさせてしまいました」

大理石を踏みつけ、こちらにむかって歩いてくる旦那様。

彼は気づいているのだろうか?

私が入浴中――つまりは全裸だということに。


「旦那様。私の事やっぱり小動物扱いですか?」

それならばこんなに反応がないのも理解できる。

「何をおっしゃっているのですか。今、そんな事関係ありますか?」

「ありますよ。だからこの状況でも平気なのかなって思いますから」

「この状況ですか……? って、ええっ!?」

私に言われどうやら今気づいたらしい。

旦那様はキョロキョロと当たりを見回したかと思えば、今度は私の方へ。

数秒凝視した後、頬を染めだしこちらへその綺麗な指をさしてきた。


「なっ、な、な、何故服を着ていないのですかっ!?」

「それはお風呂に入っているからです。旦那様は入浴するのに衣服を着ますか?」

「あっ、そうですよね。脱ぎますよね」

「はい」

お湯は入浴剤なしのため、透き通っている。

そのため一応両手で胸元を隠しているのは、冷静に見える私にとて恥じらいというものがあるからだ。


「すっ、すみませんっ! ご婦人の入浴中に僕はなんて事を……っ!」

「いえ、別にたいした体でないので。どうってことないですよ」

「何をおっしゃっているのですかっ! 欲情……――っ」

「浴場ですか? たしかにここは浴場ですね」

「ち、違います! そっちの浴場ではありません。欲情するの欲情ですっ!」

「え? 旦那様、私に欲情して下さるんですか? という事は女性として見てくれているんですか?」

「当たり前です! 僕は貴方が隣に眠っていると……――って、すみません! ヒスイさん。すみません。ぼ、僕は……――っ!」

「は?」

旦那様は言葉を話すのを途中で放棄し、顔を両手で覆いながら今来た道を戻っていく。風のように。


……すみません、旦那様。扉締めていって下さい。せめて外の扉だけでも。


彼は扉を全て全開にし、逃走してしまったため廊下を通られたら困る状況に追い込まれる。

仕方がないと、私は外の世界と遮断するため湯から上がった。




「旦那様はどちらに?」

「ご案内致します」

と尋ねたアイリスさんに促がされ、私達は廊下を歩いていく。


「リビングにおりますわ。一人で寝室に居ると鼻血が出そうだからと。全く、奥様が入浴中だとあれほどお伝え致しましたのに。……まぁ、お気持ちはわからなくありませんが」

あの後夜着に着替え厚手のカーディガンを羽織り、私は旦那様の私室へ。てっきり居ると思っていたのに拍子抜け。

どこにいるのかなぁ? と小首を傾げている最中に、旦那様のコートを持ったアイリスさんと遭遇した所だ。


「……まぁ、旦那様がご心配なさるお気持ちはわからなくはありませんわ。妻と元婚約者と自分の子かもしれない子供が同じ屋根の下。これは異常な状況ですから」

アイリスさんの嘆息に、私のも重なる。


「アイリスさん。旦那様の誕生日パーティーどうしますか? あと三日ですよね」

「そうですわねぇ。遺伝子鑑定や素行調査などはさすがに三日でケリつきませんわねぇ」

「遺伝子鑑定って、メサイアさん納得して下さったのですか? この国は合意が無ければたしかして悪いはずですが」

「えぇ。それは拒絶なさいました。私の事が信じられないのと。ですが、王族には特別な法があるのはご存知ですか?」

「いいえ」

「継承権を持つ可能性がある者に関しては、国が独断で検査を行っても良いのですわ。

それを国王が内密に行使したそうです」

「国王様が……」

「えぇ。どこに火種があるのかわかりませんので、はっきりとさせなければならないのですわ。戦に利用されでもすれば大変な事になりますから。どんな結果が出るにしろ、待つしかありません。ただ少々気になるんですよね。何故いまこのタイミングでメサイアが名乗り出たのかが」

アイリスさんは顎に手を添え、何やら思案している。

もしかしたら何か引っかかる点があるのかもしれない。


「パーティー中止にした方がいいのでしょうか? あまり騒ぐという事は出来ない気分ですし」

「いいえ! 奥様、あんなに素敵なペアグラスのプレゼントを購入なさったのに、渡さないのは勿体ないですわ。手に入れるの大変だったでしょうに」

「それはアリ君が頑張ってくれました。気に入って下さると嬉しいのですが」

「絶対に大丈夫ですわ。やりましょう。旦那様の誕生日パーティー。屋敷全員で祝うなんて初めてですわ!」

その後アイリスさんと旦那様の誕生日パーティーの計画について話をしながらリビングへ向かえば、

何やら中が騒がしい。そのため扉の前に佇み、二人して顔を見合わせてしまった。



「どうしたのでしょうか?」

「何かあったのかしら……」

どくりと一度だけ心臓が嫌な動きをしたけれども、私は気づかぬ振りしつつ扉を開き、アイリスさんと共に入室しようとした。

でも、廊下と部屋を隔てるものがなくなり室内の光景が広がり視界に入ると、私は目を覆いたくなった。


中には旦那様とメサイアさん、それからリヴァン君。

あと、メイドのランさん達の姿が。


そこまでならなんら問題はない。

重大な問題は旦那様とメサイアさんが手中に収めているものにある――


「なんでそれを……」

やっと吐き出した言葉は震えていた。


「すみません、違うんです! 僕も知らなくて……今、ランたちに伺って……!」

震える旦那様の指が掴んでいるグラス。

それは私が旦那様の誕生日プレゼントとしてアリくんに注文して手に入れたワイングラスだった。

何故それを持っているのか。私は見つからないように隠していたのに!


「ごめんなさい。私ってば知らなくて。ライト様の好きなワインを頂いたから一緒に飲もうと思って……それで……」

眉を下げながら謝罪の言葉を口にするメサイアさん。

そんな彼女に対しても腹が立つ。


一体いつ見つけてきたのか、まさか部屋を漁ったのだろうか。

決してゲストルームになんて置いてない。ちゃんと別の部屋に置いていた。

こうなるのならば、見つかってもいいから自分の部屋に置けば良かった……


「本当にごめんなさいね。リヴァンとかくれんぼしていたら見つけてしまって、つい綺麗なグラスだったから持ってきちゃったの……」

「これは私の物です。勝手に触らないで! それにこの家も貴方の物じゃない!」

「ヒスイさんには本当に申し訳ない事をしたわ。まさか、ライト様の誕生日プレゼントだなんて。ラッピングされてなかったから気づかなかったの。決して悪気があってしたの事じゃないわ。ごめんなさいね」

「悪いと思っているんですか? 本当に? 思って無いくせに」

「そうね、いくら謝ってもわかって貰えないわよね。貴方の気持ちを踏みにじるような事だとは思わなかったの。お願い。許して」

「許して? ふざけないで下さい!」

私が感情的にぶちまけた怒鳴り声に、視界の端にかすめたリヴァン君の肩が大きくビクついたのが見えた。

子供の前で喧嘩なんてしてはならない事ぐらいわかっている。

それなのに止める事ができない。自分の感情を。


「本当にごめんなさい……私はなんて事を……」

両手で顔を覆う様にし、俯いてしまうメサイアさんに少しも胸が痛まないぐらいに頭も心も混沌。

そのため優しさが入る隙間なんて皆無。


「大体……――」

収まらない怒りにまた口から相手を攻撃する言葉を発しようとしたが、それを止めたのはつぶらな紫色の瞳を持つ子供だった。


「お母様をいじめるな!」

そう泣きながら私の足を叩くリヴァン君。

それを見て、はっと我に帰った。


「――っ」

母親を慕う純真無垢な子供に対して、醜い感情を表に出してしまった自分。

それが酷く情けない上に、恥ずかしい。

私は唇を噛みしめると「ごめんなさい」と言葉を残し逃げるように部屋から退出した。


「ヒスイさん!」

廊下を突き進むように歩いてる背中にぶつかるのは、追いかけて来てくれた旦那様の声。

それに足を止めたくなるけれども、堪えて先へ進む。

もう限界だった。


こちらに駆け寄る足音を、静止させるように「来ないで下さい」と叫ぶ。

それに従ってくれたのか、足音も気配も近づいてこない。


「しばらく実家にいます。少し距離を置きましょう」

私は後ろを振り返らずにそう告げた。きっと旦那様の顔を見てしまうと気持ちが弱くなってしまうから。

それにきっと呆れかえっている。こんな事ぐらいで子供の前で喧嘩するなんて大人げないって。


「旦那様。リヴァン君に伝えて貰ってもいいですか? ごめんねって」

私は足を止め、傷つけてしまった可愛い男の子を思った。

リヴァン君には悪い事をしてしまった。

子供の前で親を叱るなんて……


「あれはヒスイさんは悪くありません!」

「悪いですよ。子供の前で怒ってしまいましたから」

私はそれ以上何か言われるのが怖くて、すぐに歩き出した。




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