我慢しているって何を?
「さぁ、どうぞ」
先に馬車を降りている旦那様にエスコートされ、私はドレスの裾を踏まないように慎重に段を移動。
普段は動きやすい格好をするけれども、旦那様と一緒の時にはちゃんとした格好をするようにしている。
さすがにキラキラと王子様オーラを溢れさせている人の隣に普段着では並べないし、
それに旦那様に恥をかかせるわけにはいかないから。
私達が降り立ったのは、駅前広場。
赤煉瓦造の建物――駅の前にはメインストリート沿いに半円を描くように広場があり、私達はそこの乗り降り場にいる。
辺りは乗客を待つ馬車や人々によって結構込み入っていたが、その中に見知った青年を発見。
駅の入り口に付近にて、人を避けるように壁際できょろきょろと忙しなく辺りを見て回っていた。
さすがに店のエプロンは外しているけれども、遠くからでもそれが誰なのかわかるぐらいの体格にその存在感。
「兄さん!? なんで? お店あるから見送りに来なくてもいいって言ったのに……」
そう呟けば、すぐ傍で馬車から荷物を下ろしていたアイリスさんが口を開いた。
「あら~、本当ね。イファン様だわ! きっと奥様が心配だったんでしょう。ほら、行ってらっしゃいな!」
「でも荷物……」
「荷物なら私が運ぶわよ。この筋肉見せかけじゃないわよぉ」
「でも、結構量ありますよ?」
荷物といっても、三人分の荷物。
本当はもっと付き人を連れてくるべきだったんだろうけれども、今回の旅はあまり大きくせず、
ゆっくりとくつろぎたいからお忍びでと、アイリスさんだけになった。
「大丈夫ですよ。僕もいますので。お兄さんの元へ行っていて下さい」
「あっ、なら兄さん連れてきます」
そうすれば行き違いにもならないし。
私は早速とばかりに、「ちょっと待っていて下さい」と言ってイファン兄さんの元へと向かった。
その後兄さんと合流し、みんなで三番ホームへ。
なんだけれども……――
「「……え!?」」
私と旦那様は目の前に広がる光景に、思わずそんな驚きの声が漏れた。
これが驚かずにはいられない。
無事みんなで三番ホームへ着いたのはいいんだけれども、何故か駅長をはじめとする関係者と、これまた何故かここにいるイレイザ様とニクスの姿が待ち構えていたのだ。
全員、カラフルな花がいっぱい入った篭を持っている。
彼らは私達が到着するのを見るや否や、
「ライト様、ヒスイ様! 新婚旅行おめでとうございます」
「おめでとうございます」
と疑問に思う時間も与えず、弾んだ声と共に花吹雪がこちらへ振り掛けてきた。
お忍びであまり目立たないように来たのに!?
どうやら周りの乗客も気づいたらしく、拍手やおめでとうございますという声を沢山掛けられてしまう。
――は、恥ずかしい!
「どういう事ですか! 兄上! ニクス!」
同じように羞恥心のせいで旦那様が顔を真っ赤に染め、イレイザ様達に食ってかかっている。
だが、相手が悪かった。
旦那様と結婚して気づいた事がある。それは旦那様の家族の中で、イレイザ様とニクスは似ているということ。あのテンション高めな王族達の中でも頭一つ抜いているのだ。
やることがぶっ飛んでいるんだよね……
「あれ? 僕とイレイザ兄様では見送り不足ですか? せっかく駅長さん達も協力してくれたのに」
「余所の方を巻き込まないで下さい!」
「巻き込んでないですよ? 兄上達の新婚旅行という記念すべきの出立点がこの駅で光栄だとおっしゃっていたので、それなら一緒にお見送りしませんかとお誘いしたまでです。ねぇ、皆さん」
天使の微笑みを向けられた駅員の方達は、頬を緩め個々に頷く。
それに対し水色の髪を一つに束ね、エメラルドの瞳を持つ青年が拍手をし口を開く。
「なんて素晴らしい! そうは思わないかい? こんなに祝福を貰って君達も嬉しいだろ」
「……イレイザ兄さん、さっさと帰って仕事して下さい」
まだ旅が始まってもいないというのに、旦那様は憔悴。
がくりと肩を落としている。
「なんて冷酷な弟なんだ。せっかく見送りと忠告に来てあげたのに」
「忠告ですか?」
「そうだよ。水上楽園は君達のようにお忍びでやってくる王族や貴族が多いんだよ。だから、
見初められないように気をつけてってね。特にヒスイ」
「私ですか? 私より旦那様の方が……」
旦那様格好いいから声をかけられるなら、旦那様の方。
王子様モードだとすごくしっかりしているし頼れるし。
「君はあちらの言葉もわからないし、小さいからすぐにはぐれてしまうだろ? その隙を狙って変な男につけ込まれるかもしれない。それに妙に正義感が強いから、また余計な事件に首を突っ込んでしまうかもしれないしね」
「兄さん! ヒスイさんに小さいとか身長系の話題は禁句だって言ったじゃないですか!
僕だってその件に関していろいろとやりたい事とか、言いたい事とか我慢しているんですよ!」
旦那様。ちょっと待って。
たしかに身長系は気にしているけれども、別に禁句とか周りに注意するほど気にしてないんですよ?
むしろ今そんな話を訊いた方が気にするというか……
しかも――
「あの……旦那様。何をいろいろ我慢しているんですか?」
「えっ!?」
旦那様は目を大きく見開き私を見下ろすと、今度はさっと視線を反らした。
不自然すぎるその言動に、私は眉間に力が入る。
――気になるじゃん!
「旦那様?」
少し強めに言えば、返って来たのは「あの……」「その……」という濁った言葉。
「言って下さい。我慢するのは良くありません。これから長く生活を共にするんですよ?」
「なんでもありませんよ」
「あー。そいつ酔っ払うと心の枷取れて、弄舌になるぞ。酔わせれば一発だ!」
へー。そうなんだ。旦那様が酔っ払った所なんて見た事ないわ。
いつも適量しか飲まれないし。
じゃあ、早速今日の夕食時に葡萄酒でもアイリスさんに選んで貰おうっと。
アイリスさんお酒に詳しいし。
私はイレイザ様のアドバイスを元に悪巧み。
「これ以上うちの事に首を突っ込まないで下さい!」
「ライトが怒ったー」
「怒ったー」
イレイザ様とニクスの合唱に、珍しくライト様が米神を痙攣させている。
兄弟仲がいいなーと思ってそれを見ていると、ぽんと頭に何か乗った。
それは大きな兄さんの手。
「まぁ、異国だから気をつけるに越した事はないぞ?」
と言いながら、兄さんが頭を撫できた。
すると、「あっ」という旦那様が漏らした声が耳朶に触れてきた。
それに対し視線をそちらに向ければ、旦那様とばっちりと目がかち合う。
だけれどもすぐにさっと反らされてしまった。
そんな旦那様にニクスとイレイザ様が肘でつついている。
「お二方!」
そんな空気の中、アイリスさんの声が割って入ってきた。
「荷物はもう部屋へ運びましたわ。そろそろお乗り下さい。出発の時刻が迫っています」
「はい」
返事をし、私は旦那様にエスコートして頂きながら汽車へと乗り込む。
「ヒスイ! 楽しんで来いよ」
「うん! 兄さんも仕事無理しないでね」
と私と兄さんがしばしの別れの挨拶をしている隣では、旦那様とご兄弟のご挨拶。
「お土産宜しくお願いしますね」
「えぇ。ニクスも良い子にしているんですよ。勝手に城を抜け出さないように。兄さんは早く帰って下さい」
「酷っ! あぁ、そうだ。部屋、ちゃんと一番良いところ取ったぞ!」
「待って下さい。取ったってどういう事ですか? 部屋は僕が……」
「お前新婚なのに、二部屋は無いだろ。無粋だ。無粋。だから変えてやった。新婚仕様に」
「何を勝手な事をしているんですかっ! 貴方は!」
「心配するな。部屋のクオリティーは同じで一等特別室だ。やはり新婚たるもの、寝具は一つだろ。
ハネムーンベイビー頑張れ!」
「イレイザ兄さんっ!」
旦那様達の挨拶は相変わらずみたい。
今にも汽車から飛び出しそうな旦那様をアイリスさんが羽交い締め。
扉しまっちゃうもんね。
「旦那様。もうすぐ出発しますから、危ないですよ。それに周りの方に迷惑が掛かります」
そう口にすれば、ぴたりと止んだ。渋々だったけれども。
先ほど一回目の汽笛が鳴ったので、あと一回鳴れば出発の合図。
そうこうしているうちに、
――ピーッ
という甲高い笛の音がホームへ響き渡り、目の前で扉が閉まった。
+
+
+
汽車の中だというので狭いと思っていた部屋だったけれども、以外と広い。
大きく切り抜かれた窓からは外の景色がよく見える。
その風景を眺めながらゆっくりとお茶を楽しめるように、窓へ向かってテーブルや椅子が配置されていた。そしてその上には、シャンパンと祝いのお花。それからカードが。
どうやら新婚ということで、用意してくれていたようだ。
他にもクローゼットや寝具等の家具も配置され、移動するホテルみたい。
――それになんとお風呂もあるの!
使用したお湯はどうなるのかなぁ? って仕組みが気になってアイリスさんに聞いたけれども、難しくて理解出来なかった。
どうやら動力源は全て魔力と機械の融合らしい。
汽車は石炭で動くのは知っていたんだけれども……
「バスソルトがいっぱい。あっ、こっちはバブル!」
両手に持つ香水のような瓶を眺めながら、私は早くお風呂に入りたくなった。
白地にゴールドの縁が入ったバスタブの上には、まだまだいろいろな種類の入浴剤が用意されている。
――コンコン
観察していると、突然ノックの音が耳に届けられ、顔を後ろへと向ければアイリスさんの姿が。
そしてそれから「荷物の収納が終わりましたわ」というくぐもった声が聞こえて来た。
彼はこれ以上こちらにはこれない。なぜなら透明な壁が私達の間にあるからだ。
……スケルトンなんだよね。バスルーム。
そのため、お風呂場は部屋から丸見え。
見ないようにすればいいって私は楽観的なんだけれども、旦那様が心配。
だって現に……――アイリスさんの後方には、呆然と何かを見詰めている旦那様。
その視線はとあるものへと釘付け。それは寝具だ。
私にとっては二人で寝るには十分だと思うけれども、旦那様的には頭を悩ませる案件らしい。
――まぁ、なんとかなるよね。もし無理なら、私が床で寝ればいいもん。絨毯ふかふかだし。
私はそう結論づけると、「今、行きます」とアイリスさんに声をかけ、バスルームを出た。




