その物語(5)
真っ白の開襟シャツがまず目に入りました。それから、清潔な笑顔。その笑みは、わたくしを通り越してお嬢様だけに向けられていました。背は低くもなく、威圧を感じる程高くもなく、少し見上げた所にその清々しい笑顔がありました。
この方もまた眩しい。
わたくしは一歩身を引き、顏を伏せました。
「あら、こんな事くらいで酷いわ」
答えるお嬢様の声も、一層明るいものになりました。
「それより、お帰りは明日だと思っていたのに」
「午後の講義が休講になったんだよ。そうなれば、上海でぐずぐずしている気にはなれなくてね」
あの方の声は、とても柔らかく、落ち着いて、耳心地良く、そう、お嬢様がよく口にするあの「知性」と言うものはこう言うものなのか、と俯いたままのわたくしは一人合点していたのです。田舎育ちで学のないわたくしでしたが、あの方が高等学校の学生である事はひとめ見てわかりました。
「三児、こちらは梁秋生さん。上海の大学に通っておられるの」
突然に紹介され、わたくしは目を丸くしました。お嬢様のご友人をわたくしのような下働きの者に紹介されるなど、通常ではありえない事でございました。通常ではないと言えば、そんな風に同年代のお友達のように連れ立ってアイスクリームを舐めているなども、家のお方たちに知られれば何とお叱りを受けるやら、わたくしなりに冷や冷やしていたのでございます。
それでも、紹介されたものを無視するわけにも行かず、わたくしは更に目を伏せ頭を下げました。
「こんにちは」
こちらの顔を覗き込むように身を屈めて梁様がおっしゃったので、わたくしも少しだけ視線を上げないではいられませんでした。分け隔てのない、明るい笑顔がわたくしに向けられていました。わたくしは恐らく耳まで赤くなっていた事でしょう。
「ねえ、三児」
お嬢様がわたくしのそばにいらして、わたくしの腕に自分の腕を絡ませました。桜の花びらのような唇をわたくしの熱を持った耳元に近づけます。
「これからは、秋生さんと一緒の時は必ずお前がそばに居て」
初め、お嬢様のおっしゃる意味がわかりませんでした。わたくしが問うようにお嬢様の顔を見詰めると、お嬢様はにっこりお笑いになりました。
ぞくっとする程に、無邪気で、この上なく妖艶な微笑でございました。
恋と言うものに疎いわたくしにも、直感的にその意味がわかったのでございます。
その日から、わたくしは若い二人の恋の庇護者であり、目撃者であり、共犯者になったのでございます。




