彗星崩落《コメットフォール》
「来たか!」
士官ドルフは顔面に喜色をあらわにし、そそくさとシファの前へ出る。
「貴方が! 鬼神シファ殿か!」
ドルフは両手でシファの手を取り、激しく握手した。シファは少し驚いた顔をした。横から参謀ギルが、気まずそうに、その様子を見ている。
「……ああ、そう呼ばれる事もあるわね。あなたがここの大将さんね。よろしく!」
シファの様子を見ながら、横からギルが恭しくシファに語りかける。
「シファ殿。遠路はるばる良くお越し下さいました! 参謀のギルです」
「あ、あなたが契約者の人ね。ごめーん、途中でちょっとしたトラブルがあって。まだ間に合う? 終わっちゃった?」
シファは居並ぶ兵士と、遠くから聞こえる音に気がついた。地平線に炎が煌めき、時間差で低い音がドンと響いた。
「ああ、ちょうど良いタイミングみたいね」
シファは地平線の様子をじっと見つめた。
ギルが笑みを浮かべながら、シファを招く。
「それでは、シファ殿には後衛として、こちらの支援部隊に入っていただき……」
シファが言った。
「あの炎の上がってる所が前線だろうから、その向こう側を攻撃すればオーケーよね?」
「はぁ……まぁ、そうですが」
「一発撃ってみる。多分終わるわ」
「……一発? 終わる?」
ギルは次の言葉が続かなかった。
そして、シファは目を瞑り、聞き慣れない奇妙な言語で、呪文の詠唱を始めた。
◇
シファたちの遥か先には、塹壕があった。そこでは、兵士達が号令を待っていた。
一人のヒゲの生えた上級兵が、煙草を咥え、もう一人のひょろ長い新入りに、小声で講義をしている。
「いいか、奴らソブリンはもうすぐ来る。号令が出るはずだ。用意をしておけ」
「……分かりました!」
新入りは緊張しているらしく、オドオドと落ち着かない。二人とも長剣を体の前に構えた。
「笛だ。笛の音が鳴る! それが合図だ! そしたら動く! いいな!」
「……はいっ! 笛ですね!」
すると、夜空が一瞬白く光った。
「ひいっ!」
新入りは、手から剣を落とし、頭を抱えて怯えた。ヒゲ男は冷静に空を見つめた。空に巨大な光球があった。
「何だありゃ? 彗星? いや、方角からすると……味方の魔法か? ……にしてもデカい!」
白い巨大な光が、音を立てて敵陣目指して空を走って行く。光は塹壕の上に光の粉を降り注いだ。光の粉は地面に落ちるとチリチリと小さな音を立てた。
「思い出した!」
「はい?」
「参謀殿が大魔道士が来るとか言ってた……つまりあれは魔法で間違い無い……そしてあの大きさ……まずいぞ……!」
「何がでありますか?」
「衝撃だ!」
光は敵陣深くに落ち、ひときわ明るく閃光を放った。周りが一瞬昼のようになり、青空さえも見えた。
「やばいっ! 伏せろっ!」
「えっ」
ヒゲの男はバッとその場に伏せた。新入りは理由が分からず、呆然と突っ立ったままだった。そして激しい振動がドンと駆け抜けた。
「うわァ!」
新入りは宙に浮いて尻もちをついた。
「だから伏せろって。今回の味方の魔道士は超級だと聞いている。普通とは違う。立ってらんねぇぞ」
「……超?」
「次、音と風が来るぞ。伏せろ!」
「えっ?」
耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。そして一陣の突風が塹壕の上を走り抜けた。ひょろ男は風に煽られながらも、塹壕の柱にしがみついて止まった。
「うわあああぁぁあぁっ、助けてーっ!」
「だから言ったろう。普通じゃ無いんだよ」
ヒゲ男は新入りを掴んで地面に下ろした。爆風は徐々に収まった。新入りも落ち着きを取り戻した。
「ふう、出番は? 出番まだですか?」
「だから、笛だ。笛が来る! しばし待て!」
塹壕の中で兵士たちは出番を待ちに待った。しかし笛は鳴らなかった。そしてヤケに静かだった。
「どうなってんだ? ……いや、とうなった?」
ヒゲ男は塹壕からそっと頭を出し、様子を伺った。遠くに燃え盛る炎が見えた。
◇
丘の上では将軍の傍らに、シファが全身から紫色の光を放っていた。上げた右手の先に紫の稲妻が迸っている。
その後ろには口をあんぐりと開けた側近達が並んでいた。
「こんなもんでいい?」
「か、観測兵ーっ! 状況はーっ?」
観測兵は望遠鏡を前に、何度も望遠鏡を覗き、あたふたとしている。
「暫くお待ちを! 煙があり、状況が良く分かりません」
「大丈夫よ。ソブリン共は今頃揃って消し炭になってるわ」
暫く後、風で煙が晴れた。
「見えました!」
観測兵が見たそこには何も無く、ただ炎が燃えて揺らめいているだけだった。
「報告! ……動く敵影は見当たりません!」
「でしょ」
「何と言う威力……」
「じゃあお仕事はお終いね。報酬……ちょうだい!」
「は、はい……」
参謀ギルが合図をすると、側近の一人が小さな革袋を手に持ってきた。
「まさかと思うけど、一応中身確認するわね」
シファは革袋の中身を確かめた。ジャラジャラと金貨が見えた。
「毎度あり! また何かあったらギルド経由か、伝書バトでも飛ばして。テレパシーでもいいわよ。あ……デバイスは持ってないわ」
「素晴らしい! 鬼神シファ殿!」
ドルフがまたブンブンと両手を握って振った。
「鬼神はやめといて? 大魔道士シファと呼んで……」
「おっと」
そう言うと、シファは少しフラついた。ドルフはそれを支えた。




