サブリナ王国辺境
夜空にひときわ大きく宵の明星が煌めく。
西の空はまだ薄明るく、地平線にはまだ赤みが残っている。
遠くの山々が暗いシルエットで地平線に広がっている。
辺りには、見渡す限りの赤い荒野が広がり、岩がゴロゴロと転がっている。
荒野の丘の上には多数の天幕が張られていた。そこはサブリナ王国の前線陣地であった。
ここは惑星デッドストック、テラー帝国の北東の小国、サブリナ王国の辺境。隣の蛮族の国、ソブリン国と接する場所。
そこに建てられた監視塔の上では、兵士が一人、ソブリン国へ向けられた望遠鏡を覗き込んでいた。
「敵、未だ動かず!」
兵士は一言叫んだ。それを地上で聞いていた伝令兵が、並ぶ天幕を縫うように走り出した。走る先にはひときわ大きな天幕が一つ見えた。伝令兵はそこへ向かって真っ直ぐ走り続けた。
「伝令ー!」
伝令兵は長く叫ぶと、そこへ飛び込んだ。
◇
「伝令! 前方にソブリン族の敵影多数を確認! まだ動いてはいません」
伝令兵は敬礼をしながら、そう伝えた。
「うむ」
報告を受けて、大きな椅子に座る男が頷いた。
男の名は士官ドルフ。貴族の出身で、特にこれと言った能力は無い男だ。単に縁故で今の地位についたと噂される人物だった。
もっとも人格的には申し分なく、それなりに人望はあるようであった。
サブリナ王国は小規模な国で、常日頃から亜種族ソブリン族の度重なる侵攻に悩まされていた。そのため、常時国境に兵を配備しているのだった。
「失礼します」
参謀のギルが入って来た。
「おお、ギル。首尾はどうか?」
「はっ、それがドルフ閣下……」
「どうした?」
「斥候によると、敵の数は万を超えていると言う話でして、再度確認したところ、間違いでは無いとのことです」
「それは、こちらの数倍ではないか?」
「はっ」
「……どうしたものか……」
「こんな事もあろうかと、事前の手は打ってあるのですが……」
「……でかした! してその策とは?」
「援軍を呼んであります。その……傭兵です」
「なるほど。……しかし、よく軍資金が足りたな」
「買い叩きまして」
「ほう」
「しかし腕の方は確かと聞いております。ネームドです」
「それは凄い。なんという部隊だ?」
「いえ、部隊ではありません。個人です」
ドルフはギルをじっと見つめた。
「……個人が数人来たところで万の軍勢を何とか出来るとは思えんが……」
「数人でも御座いません。一人です」
ドルフは笑った。
「ははは、ギル、冗談を申すな。一人で何が出来る?」
「魔道士です。魔法を使えば十人力ぐらいにはなりましょう。その魔道士……名はシファと聞いております。」
「シファ……その名は聞いたことがある。確か……ダンジョンを崩壊させた鬼神……」
「そのような噂もありますな。真偽のほどは分かりませんが、しかし鬼神ではなく人間だと聞いております。同様に山を吹き飛ばしたとも」
「魔法でか?……まさか詐欺師ではあるまいな?」
「いえ、顔と姿が知られていまして。名のある魔道士であることは確かなようです。なんでも銀色の髪に紫の瞳、鎧がオリハルコンと。確かにそのような容姿であったとのこと」
「ほう……有名なのだな」
「はい……」
「では一度会っておこう。ここへ」
ギルは黙った。
「それが……まだ来ておりません」
「来てない? いつ来るのだ?」
「それが……途中までは連絡があったのですが、現在連絡が途切れておりまして……こちらに向かっていることは確かなのですが」
「ふーむ」
ドルフは軽くため息をついたその時。辺りが騒がしくなった。そして、もう一人の伝令兵が、息を上げて天幕にやって来た。
「敵が動き出しました!」
ドルフは少し考えた。
「どうしますか? 閣下?」
「前線には多少部隊がいたな」
「はっ、しかしそう長くは持ちますまい。敵の数が数です」
「仕方がない、ここにいる兵を増援で向かわせるしかあるまい」
「はっ」
ギルは天幕の外へ出ると声を上げた。
「迎撃の用意ーっ! 前へーっ!」
ギルの号令と共に、武器を手に各々の天幕から出て来る兵士たち。ラッパが吹かれ、兵士が次々と並んで行く。兵士たちに緊張が走る。
遠くから聞こえる小さな爆音。かすかな閃光。
その時だった。
◇
慌てふためく兵士たちの頭上を、一つのシルエットが優雅に大きく丸く弧を描いた。それは連絡用のグリフォンだった。その背には小さなシルエットがあった。
グリフォンは羽ばたき、発着場に舞い降りた。そして、小さなシルエットが地上に降りた。
マントが翻った。
「お待たせ」
青い暗闇に、彼女の紫色の目が輝き、銀色の髪が風にたなびいていた。




