第十八話 さらば母なるドブ川
邪神が何を言っているのか分からなかったけれど、とにかく謝罪と誠意は必要だから、居心地の良いドブ川を出発した。
もう、ここへは帰ってこれないような気がした。
ニイの墓の辺りも、ここに負けないぐらい居心地が良いから構わないけど。
『次は煽り運転、いえ大魔王ですから、煽らせ運転とでも言ったところでしょうか』
真っ暗だけど、見えるし、怖くない。
夜明けは、まだ大分先みたいだし、のんびり歩いて行こう。
朝日を浴びて滅びる大魔王。
ちょっとカッコイイかも。
『大魔王は心臓の一つ、二つ失くしても平気ですよ』
死なないの?
まだ生きないといけないの?
困ったなあ。
あの女の子は、僕の心臓、何個、おかわりしてくれるだろう?
僕が死ぬほど食べてくれるといいなあ。
『もう帰ってるとは思わないんですか?』
え?
そうかあ。
着替えたいだろうし、お風呂にも入りたいだろうからねえ。
でも、あそこで待ってれば、また来てくれるんじゃないかな。
朝焼けを背景に滅びるのはお預けだなあ。
『二度とアナタに近寄ろうとは思わないはずですけどね』
トイレを作っておけば、きっと来てくれるよ。
嫌な思い出の場所だからダメかなあ。
あの子の雰囲気は覚えてるから、ブラブラ歩き回って探そうかなあ。
『きっと逃げ回るでしょうね』
なんだか締まらないやりとりをしている内に、ニイの墓穴に着いてしまった。
歩いてるだけのつもりだったけど、高速移動だったみたい。
女の子は居なかった。
首から上が弾け飛んだ男の人の死体だけ残っていた。
『瘴気のおかげで新鮮な状態に保たれているようですね。いけるかもしれませんよ』
うーん、ノンちゃんを怪我させた悪い子だけど、出会いがしらの事故みたいなものだったしなあ。
黙ってもらうだけのつもりだったのに握りつぶしちゃったのは、お詫びの対象かなあ。
でも、出来るかなあ。
自分の手で胸をグサっとやって心臓を取り出して、首からねじ込もうとしたのだけれど、バキバキのグチャグチャになっちゃった。
仕方がないので、自分で噛み砕いた心臓を握り込んで、お腹に突き刺してから、中にばら撒いてみた。
これで食べたことになるのかな。
男の人の死体からモクモク、煙が出て来た。
煙っていうか、炎。
黒い炎。
カッコイイ。
見惚れていたら、黒い炎の中から沢山のコウモリが飛び出してきた。
いっぱいコウモリが飛び回って、男の人の死体は燃え尽きて、黒い炎と一緒に消えてしまった。
ああ、やっぱり失敗かあ。
何をやらせても僕は駄目だなあ。
と思っていたら、コウモリが集まって一つの塊になって、男の人の姿になった。
すごい。
変形合体。
ドリルとか付いていたら、カッコ良かったのに残念。
『ドリルの付いた女の子は無いでしょう』
男の人でしょ。
変形合体したらドリルは必須でしょ。
『いいから、声をかけてください。待たせてますよ』
言われて見たら、目の前で片膝ついて頭を下げている。
大変だ。
謝ろうと思っていたのに、お詫びする態勢じゃない。
歩み寄って、手を取って話しかけた。
「さっきはゴメンね。そんなつもりは無かったんだけど、力加減が分からなくて」
「勿体ないお言葉でございます。大魔王様に名乗ることをお許しください。我が名は『リリアック公国の王女だったけれど、隣国の策略に嵌められて親兄弟が騙し討ちに遭い、以来、ドレスを捨てて男として生き、鎧を纏って戦場を駆け巡り、今際の際に加護が復讐の女神に書き換えられて、死してなお敵兵の血をすする魔物となったコウモリの化身』にございます」
長い。
長いし、名前とは思えない。
不便。
『真名ですから血統と来歴を明らかにするものです。ほら、ダビッドソンみたいに誰の息子かを明らかにする名前とか、松平次郎三郎家康という松平家の次男が興した分家の三男が立てた分家の息子の家康として血統を語るものもあるでしょう』
憶えられない。
「リリちゃんって呼んでもいいかな」
「御心のままに」
リリちゃんは覚悟ガンギマリのバッキバキの目をしていて怖かった。




