第一話 魔王教習所
『技能試験免除だかーら♪ あなたも魔王教習所へ~今なら入学金、事務手数料免除~』
「意味が分からん」
古臭くて懐かしい昭和風味のメロディラインで歌われる女性のコーラスが脳内に流れて、ケイ・サトロは起き上がった。
死んだはずなんだがなと思った。
農家の五男に生まれたケイには加護が無かった。
魅惑の神の加護があれば容姿に恵まれ、言動は魅力的になる。
豊穣の神の加護があれば勤勉な精神を得て、豊かな実りを得る。
知恵の神の加護があれば明晰な思考を得て、役人や学者に成れる。
戦神の加護があれば頑強な肉体を得て、勇敢に戦う。
何の加護も無かったケイは転生しても、キモくて、堪え性が無くて、物分かりが悪くて、臆病だった。
枯らす、腐らせる、壊す、失くすしか出来なくて15歳になった年に家を追い出された。
流民になって王都の貧民街に辿り着いて、手配師にもらった仕事はドブさらいだった。
一日中、汚物とヘドロにまみれて得る報酬は、カビたパンと何の肉か分からないカチカチの干し肉を買えば無くなってしまう。
宿屋に泊まる金など残らないし、あったとしても臭くて汚い自分を受け入れたりはしなかっただろう。
道端で寝て、起きて、ドブさらいをして、腐りかけの何かを食べて泥水を啜って腹を下す毎日だった。
そんな生活を春から始めて夏が過ぎて冬が来て、道端で凍え死んだ。
寒くて、眠くて、このまま寝たら死ぬなと思ったのだけれど、やっと楽になれるという気持ちが強くて、痛みも苦しみもなく眠るようにして息を引き取るのだったら、まあ、いいかと思って、死んだはずだった。
前世の記憶は曖昧だった。
自分に悪意は無いのだが、他人は悪意を向けてくる。
キモい、クサい、視界に入って来ないで欲しい。
一軍女子達から、そう言われて、そんな言い様を咎める者も居なくて、自室から一歩も出ないと決めたことだけは覚えている。
どうして転生したのかは分からない。
でも転生してからも何ひとつ良いことはなくて、前世の記憶がある分だけ苦痛は倍だった。
やっと死ねたと思ったのに。
辺りを見回すと死体だらけだった。
ドブ川の淀みの中だった。
飢え死にした者、凍え死んだ者、わずかな金や食い物を奪い合って殺された者、そんな骸が折り重なった岸辺に這い上がった。
道端で気を失っていた自分は死体と間違えられてドブ川に放り込まれて、そして目が覚めたのだろうかと思った。
いや、そんなワケない。
真冬にドブ川に放り込まれて生き延びるぐらいに逞しかったら、こんな生き方はしてない。
まだ、生きないといけないのか?
周りの死体は、靴や衣服を剥ぎ取られて全裸に近い状態だったが、ケイは何も奪われていないようだった。
奪う価値もない襤褸切れの服と、板を襤褸布で縛り付けただけの靴。
なんだか笑えた。
途方に暮れていたら、また声が聞こえた。
『どうも。魔王免許教習所、所長の邪神です。入学申し込みをしてください。名前を書くだけでOK』
とりあえず、言われたことに従ってみた。
邪神というからには、言いなりになれば悲惨な結末が待っているのだろう。
こういう時、仕掛けられた罠を見抜き、システムの裏をかくような冴えたやり方をしてザマあするところなのだろうけれど、そんな立ち回りが出来るぐらいなら、こんな生き方はしてない。
ヘドロが堆積した地面に指で名前を書いた。
『……えーっと、驚きました。ウチは名前が書けたら合格の底辺校なんですけど、書けてないですね』
そうなのかと思って、地面に書いた名前を見直した。
この世界での識字率は低くて、それでも自分の名前だけは記号として覚えて書けるのが一般的で、ケイも、それぐらいはクリアしていたはずなのだけれど、間違えていると言われて暗い気持ちになった。
『……特別に教えてあげますね。あなたの名前は三十路兄です。さあ、書いてください』
どうして世界は、自分を追い詰めるのだろう。
そんな名前、叩かれまくるに決まっている。
精一杯の抵抗で、ニイ・ミソジと書き直した。




